復讐鬼と少女
妹を殺したのは神野 刃金。
それを知ったとき、俺は友人に別れの言葉も告げずに身を隠した。
別に、それだけ急いでいたわけではなかった。
ただ自分がこれからすることを知られたくなかっただけだった。
非情になり、復讐の為ならなんだってする。
そのぐらいの覚悟はあった。
なのに、なんだこの体たらくは。
俺がアジトとして使用している古アパート。その一室のベッドの上、俺は一人の少女の手当てをしていた。
神野 刃金が探していた少女。今は行方不明となったイヴが同類だと言った。
神野を取り逃がした俺は、無意識のうちに彼女を連れてアジトに戻っていた。
よく見ると彼女の身体には軽い裂傷や擦り傷が多く見られ、仕方なく手持ちの救急キットで処置を施している最中だった。
服を脱がして消毒をした後ガーゼを貼って包帯を巻く。本当なら病院に連れて行くべきかもしれないが、彼女がイヴと同じならこれだけの治療で明日には完治するはずだ。
「…………何をやってるんだ俺は」
手当てが終わり、ベッドの横にある安物のパイプ椅子に力なく座って息を吐く。
彼女には利用価値があるとか、神野について聞かなければいけないといった理由ではなく、ただ純粋に私情で彼女の手当てをしていた。
「――――似すぎだろう」
そう、似ていた。妹に。
目や耳や鼻や口元、輪郭、その他のほとんどが妹に瓜二つだった。
いや、妹は当時十歳だったから、それが大人になったのを想像した姿だったが。
それにしても似ていた、妬ましいほどに。
「――――――――んっ」
ベッドの上で少女が目を覚ました。
初めはボーっと天井を見ていたが、意識が次第に戻ってきたのか辺りを見回し始め、そして俺に気がついた。
「……………………」
「……………………」
目が合ったまま、俺たちは無言を続けていた。向こうはおそらく俺が誰なのかを考えているのだろうが、おそらくどれだけ頭を使っても俺の正体まで行き着くまいと、
「神野 刃金」
その名前に少女はビクッと恐怖したように反応した。
そして俺に向けて敵意ある視線を送った。
彼女はベッドから上半身を起こし、左手を歪な剣へと変身させた。
――――――やはり、イヴや神野の傍にいた女の様に体の一部を刃物に変えられるのか。
冷静に彼女を観察している間に、彼女の切っ先は俺の咽喉元へと向けられていた。
「……もうアタシは、あいつの元へは戻らない」
力なく、だが確固たる意思を主張する少女。
そんな彼女の身体は震えていた。何かに怯えるように。
――――――神野を恐れている?
違う、彼女の目はもっと他の何かを恐れているように思えた。
そして、
「…………もう……人殺しなんてしたくない」
泣き入りながら、口からその理由が零れた。
目は敵意を保ちながら、涙を流していた。
それを見た俺は、たまらず彼女を抱きしめた。
「なっ」
驚く少女。
抱きしめる際、首に彼女の刃が擦れて薄く切れてしまったが、そんなことを気にせずに彼女を抱きしめた。
「…………大丈夫」
俺は何を言えばいいのかわからず、ただ思ったことを口にした。
「大丈夫、もう君を苦しめたりなんかしない…………させない。俺が必ず守るから」
「………………」
俺はその時、確かに神野のことを忘れてしまっていた。
そんなことは些細なことだと、今はただこの幸せを感じていたいと。
――――――――妹が帰ってきた。
その感情が彼女を傷つけ、果ては友人を更に裏切ることになるだなんて、この時の俺にはまだわからなかったんだ。
「…………ひとつ、聞いていいですか」
落ち着いた後、彼女から話しかけてきた。
「なんだ」
「…………あなたの名を」
「…………俺は――――」
名前を聞かれて、俺は一瞬躊躇した。
ここ最近、禄に誰かに名前を呼ばれていなかったので、自分でも忘れかけていたのだ。
「俺は、虚蔵 縁」
「―――――虚蔵 縁」
この名で誰かが呼んでくれたのは、かつての友人とそいつを好きだと言っていた少女と別れた放課後以来だった。




