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人ならざる少女

 その日、私は言われた通りの手順で少年グループがアジトとして利用している廃工場を襲撃。


 私の雇い主である少年の計らいによって工場内の電灯が同時に消灯。同時に襲撃を開始。


 私の目は夜目が利くため、彼の援護は無い。逆にあったほうが邪魔だった。


 明かりが消えたことで戸惑う少年達の内の最も近くに居た男の首に刃を這わせて、力を入れて引く。


 切り口からプシューと血が噴出す。噴水の様に射出される液体は周りに居た者たちにも降りかかった。


 だが、彼らはそれがなんだかもわからず、気持ち悪そうに擦り取ろうとしただけだった。


 当たり前だろう。訓練された兵士でもない限りは停電=襲撃だとは勘付くまい。実際、彼らはただ裏社会に転がっている小金欲しさに足を踏み入れた一般人だ。先ほどもドラム缶に座りながら輪を作って昼間にサラリーマンに恐喝をして成功したことを嬉しそうに自慢していた。


 そんな子供が、血の香りに、ましてや死人の気配に気づくはずが無い。


 彼らが困惑している間に、首を切られた少年は私に寄りかかる形で絶命した。


 ピクンピクンと痙攣する少年の肢体を乱暴に退ける。


 ドサッと倒れた音で何人かが怪訝そうな顔を見せ、そして何かに気がついたように回りに声をかけた。


 「明かりを点けろ! 噂になってた殺人鬼だ!!」


 彼らの中のリーダー的存在だろうか。彼がそのように声をかけると、二・三人が慌てて電気を点けにいく。

 

 だが無駄だ。外には彼が罠を張って待っている。あの数なら彼の持っている拳銃でも楽に始末できる。


 電気を点けに行った奴らは置いておく、彼に任せても十分だ。


 少年達のうち工場内に残ったのは、おそらくこのグループのリーダーだろう存在、彼の周りに鉄パイプ等の簡易武器を持つ三人、あとは怯えているのか頭を抱えながら蹲って震えている一人。


 躊躇い無く、蹲っていた少年の胸に右腕を突き刺す。心臓を突き刺した感触と、聞くに堪えない絶叫。

 

 それを聞いて、残っている四人がこちらを一斉に見る。

 

 同時に、光源が生まれた。咄嗟に現れた弱々しい光に目が眩むことは無いにしても、それが何なのか気になった。


 ああ、けーたいでんわとかいうものだ。あんな風にライトを点けることもできるのか。


 「な、なんだありゃ――――」


 まぁ、見られても問題は無い。命令は一人を残した殺害だ。


 あのリーダーだと思われる少年だけ残しておけば、あとはもういいだろう。


 「み、右腕が――――」


 私を見て驚く彼ら。


 私にしてみれば、そのけーたいでんわとか言う物の方が驚きだ。


 遠い人とも連絡が取れるなんて、なんて意味の無いものを使っているんだと驚かされた。


 「け……剣?」


 人殺しだけの世界に居た私には、彼らのような存在はとても新鮮だった。


 


 

 「言われたとおり、一人だけ残したよ」


 扉が開かれ、ゆっくりと近づいてくる足音を聞いて私は振り返る。


 「よくやった」


 隈の出来た目元に充血した眼球が私を見つめる。いや、睨みつけているようだ。


 私の周りに転がっている少年たちとそう年齢としは変わらないはずだが、彼はいくらか年上の様な雰囲気を纏っている。


 私の元を通り過ぎて彼は足の骨を折って逃げられないようにしておいたリーダー的存在の男の下へ歩み寄る。


 「答えろ、お前の知っていること全てだ」


 胸倉を掴んで鬼の形相で脅しに掛かる。


 そんなことをしなくても、彼はおそらく簡単に洗いざらい吐き出すだろう。

 

 足の骨を折られた後、自分以外の仲間たちが順に殺されたのを見てこちらの意図を感じ取ったのか、私が彼に向き直ると同時に何でも話すから助けてくれと命乞いをされたからだ。  


 「は、話せったって、なにから――――」


 「神野こうの刃金はがね


 「ちょ、ちょっと待った。あの人はまずいって。もしチクッたことがバレたら――――」

 

 「言え」


 「――――ぅ」


 彼の殺気に圧されたのか、息を呑んだ少年。  


 「わ、わかったよ」


 少年は渋々といった感じで口を割った。


 「こ、今夜、ここに来るって――――」


 「本当か!?」


 「本当だって、目が青い女を見つけたって言ったら今夜取りに来るって言われて」


 「目が青い女」


 その言葉に私は眉を歪める。


 「そ、そうだよ。あんたみたいな目だ。なんか神野から逃げ出した女らしくて――――」


 「その女はどこに居る」


 彼が少年を睨みつける。


 「あ、あそこだよ。あの中だ」


 そう言って、一つのコンテナを指差す。赤くさび付いたものだ。使い古され、放置されていたものだと思われる。


 私は彼の判断も待たずコンテナへと足を運び、扉を開けた。


 「――――なっ」


 驚きを上げたのは彼だった。


 なぜ彼が驚いたのかはわからないが、私はコンテナの中に居るのが誰なのか確信していた。


 「――――レア」


 鎖に繋がれて吊るされているのは私の知り合いだった。


 途端、私の中の血が滾った。遺伝子に刻み込まれた命令が私を奮い起こす。


 私は無意識の内に剣を右手に生成していた。


 「待てイヴ!」


 彼の声に動きを止める。


 「…………なに?」


 「殺すな。彼女には色々と聞かなければいけないことがある」


 「ないわよ。彼女も私と同じ世界の出身。いずれ邪魔になる前に始末しておくべきよ」


 「もう一度言う。殺すな」


 「ダメ、これだけは譲れない。私はあなたたちを殺すことに何も思わないけど、彼女を殺すことには思うことがあるのよ」


 「殺すな!」


 掴んでいた少年を放して懐から拳銃を抜き取る。銃口は私に向けられていた。


 「何をそんなに必死になってるのよ。言ったでしょ。彼女も私と同じ――――」


 「彼女から離れろ」


 引き金が引かれ、銃弾が私の横を抜けて倒れていた資材に当たり火花を散らした。


 「――――ひっ」

  

 倒れていた少年が小さく悲鳴を上げる。何が起きているのかまるで理解できていないようだ。恐怖がその瞳に映っている。


 だが、同じ人間でも目の前の彼は違う。


 人殺しの目、復習を誓った人間の目。


 私にはなぜそんな彼が私に銃口を向けているのか理解できなかった。


 理解しようとしても、まるで鍵となる数式がわからない数学の問題を目にしているように答えが出ない。

 

 私が元の世界に居たとき、独りになって死に掛けたのは間違いではない。


 この世界に来てからは他人を理解しようと心掛けていたはずだった。


 だが、やはり私はまた一人になるらしかった。


 やはり分かり合うことは無意味なのか。


 そう考えた。

 

 そんな矢先、


 「あらまあ…………なんやこれは」


 突然聞こえた声に、私と彼は声のした方へと向いた。


 入り口――――鉄製の扉にダルそうに寄りかかっている男。


 フードの付いた赤いコートを着たその姿は、まるで物語に出てくる悪魔が人間の姿をしたときのようだ。

 

 ニヤニヤ笑いながら、辺りに倒れている仲間の死体を見て、更に口を歪めた。


 「探し物を取りに来たんやけど。お邪魔やった? 違うよな、俺を忘れて事件なんて、俺を除け者なんかにしないよなあぁ?」


 「神野おおぉぉぉ!!」


 姿を見るや否や、銃口を私ではなく、その赤いコートの男へと向ける彼。


 放たれた一発の銃弾は彼に向かうことなく、寸前でキイィンという金属音とともに弾かれた。


 「ナイスキャッチ。ディナ」


 「ありがとうございます」


 彼の横にいつ現れたのかもわからない人物が立っていた。


 端正な顔立ちだった。服装は横に立っている男と同じ赤色のドレスを着ている。


 だがその目は私達と同じ存在であることを示す青色に輝いていた。


 そしてその右手には私とは形状がちがうが、同じように生成された剣が握られている。

 

 「神野おぉぉ――――」


 「お前やろ? 最近俺にちょっかいかけてるいうんわ」


 神野が右手を上げる。


 すると、同時に工場内へと十数人の少年が入り込んできた。


 彼らは周りに転がる死体に一瞬ひるむが、すぐにポケットからナイフを取り出す。


 「ここらで消えてぇや。目障りや」


 「消えんのはてめえだ!!」


 彼はそう言うと、ポケットに入っていた携帯電話を取り出し、ボタンを押した。


 途端、ミサイルでも打ち込まれたのではないかと勘違いするぐらいの爆発が起きた。


 証拠隠滅様に用意していた爆発物を起動させたのだ。


 工場の外に設置していたガソリンとガスを利用した簡単な発火装置だったのだが。量が量だ。


 衝撃で壁が崩れ、火が見る間に工場内を広がった。


 「なんだ、これ」

 

 わたしは小さく呟いた。


 爆発の轟音で何人かは鼓膜が破れてうずくまったまま動かなかった。


 「――――う、嘘やろ。頭おかしいんちゃうか」


 「刃金さま」


 神野の元へディナと呼ばれていた女が近づき身を案じる。


 「神野おぉぉぉ」


 彼も衝撃で吹き飛び、柱へと頭を強打したが、以前神野への憎悪は途切れなかった。


 「…………かわらない」


 なんだこれは。


 私はそう思った。


 なんてことは無い。私が元居た世界となんら変わりない。


 憎んで殺し、殺され憎む。


 「――――醜い」


 なんて醜い。


 『ううぅ……いてえよぉ』


 『し、死にたくない』


 『いやだあぁぁ』


 この世界に来れば、何かが変わると思ったのに。


 私を救ってくれた誰かが、この世界へ私を連れてきて、チャンスをくれたと思ったのに。


 それはチャンスじゃなく、ただ再認識させられるだけの悲劇だった。


 私は逃げた。


 割れた窓から外へと脱出し、火の中を走って、脇目も振らずに逃げた。


 背後から銃弾と悲鳴が聞こえる。次いで爆発音。


 走り出してすぐに雨が降り出した。


 火傷の跡がヒリヒリと痛み、雨粒がそこに当たると余計痛みが増した。


 雨はどんどん酷くなり、先が見えなくなるほどの豪雨だった。


 一時間ほど走り続け、私はようやく立ち止まった。


 私は公園に居た。


 誰も居ない、一人ぼっちの暗い公園。


 別に息が切れていたわけでもない。身体が疲れていたわけでもないが、それでも休みたかった。


 身体からだではなく、こころが限界だった。


 力なくベンチに座る。


 雨に濡れても気にしなかった。


 そんな事より、何も考えないように努めていたかった。


 この世界に着いて何をすればいいのかもわからず。近づいてきた人間の役に立とうと考えたが、彼は私を利用しただけだった。


 結局、人間は私の遺伝子に刻まれているとおり、惰弱な存在なのか。





 「…………あっ」


 気づいた。


 雨が止んでいる。


 所詮は些事だが、人間について考えることに疲れていた私は、これを期に他の事を考えることにした。


 そういえば、お腹が空いた。


 昨日から何も食べていない。


 お腹も今頃になって気がついたのか、ぐううぅ~と悲鳴を上げた。


 「――――おい」


 声をかけられたことに気がついた。


 そちらを向く。


 男の子だ。おそらく先ほどまで一緒に居た彼らと同じぐらいの年頃。


 まぁ、さっきまでいた人間たちに比べれば、幾分か地味な感じだ。


 「びしょ濡れじゃねえか。家はどこだ。家族は」


 「なぁ――――」


 話も聞かず、私は自分が言いたいことを口にする。


 「お腹が空いてるんだ。だれでも殺してやるから、ご飯をくれないか」


 その言葉を聴いて、彼は驚いた後、怒って私に空手チョップを喰らわせてきた。


 その痛みは、思いのほか暖かく感じた。



 


   


 

 


 

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