少年と日常と
鳥の囀りの中、俺は布団の仲で秋の心地よさを実感しながら眠りについていた。
朝の陽光は冬直前の冷たい空気に反して暖かく、絶妙の空気を化学反応で生み出す。
週末潰れのバイトの連日が終わり、今日一日中このまま惰眠を貪ろうと考えた。
布団を頭まですっぽりと被さって、光を遮るように自分だけの空間を作った。
そうして、再び意識が沈みそうになった頃になって。
「ひがみぃぃぃさぁぁぁん。ご飯食べに来たよ~ぅ。あけてぇぇぇ~よぉぉぉう」
扉の外からゾンビの悲鳴の様な声が聞こえる。夜に聞こえたら迷わず鍵とチェーンを掛けて警察を呼んでいる。
だが心配する必要はない。この声はあくまで知人だ。
――――――しまった。彼女のことを忘れていた。
毎朝毎朝俺の部屋の前でおなかを空かせて待っている小動物…………のような人間。
「ひがみぃぃさぁぁん。私の命が尽きる前にこの扉を開けてぇぇ」
なにか非常事態なのかお前は。腹減り警報発令中なのか。
呆れてきたので今日は飯を作ってやらないことにした。布団を被りなおして惰眠を続ける。
「……むむぅ。さては無視して寝入ろうというのですね」
その通り。さすがに高校からの付き合いだけはある。
「……仕方がありません。多少強引ですが――――――」
そう言って、物音一つしなくなった。
あれ、帰ったのか? と耳を澄ました。
以前、聞こえてくるのは鳥のさえずりと、時折通り過ぎていく車のエンジン音。
どうやら帰ってしまったらしい。
多少罪悪感はあるが、あいつは俺とは違って健全な大学生なんだからフリーターであるところの俺と一緒に居る道理は無い。
そう思いながらも、罪悪感のついでに悲愴感を感じていた。
ため息を吐き出す。
「はあぁぁぁ」
「ため息なんて吐いてどうしたんですかひがみさん」
布団の中にやわらかい感触と、ゾンビの声が聞こえた。
俺の上に覆いかぶさる形でくっつく知り合い。
彼女の豊満な胸があたっている。
「思春期の劣情のはけ口に困っているんですか? ならば私をどぉ~ぞ」
「うぎゃああああぁ!」
驚きの余り、そいつの顔面を足で蹴り飛ばした。
「おぎゃああぁ!」
天井すれすれまで蹴り上げられて、奇声を発しながら放物線を描いて落ちる。
――――ドスン。
「可愛い可愛い後輩の顔を足蹴にするとは何事ですか!」
がばっと起き上がって鼻を抑えながらも俺を睨みつけてくる自称可愛い可愛い後輩。
「足蹴にされるようなことをしたことを自覚しろ。それと劣情のはけ口になるとか健全な女学生が言うんじゃない」
「カナは健全です。健全にエロい女学生です」
「男女差別に思われるかもしれない発言だがお前に対してはハッキリ言ってやろう。女の子なんだからもっと清楚に生きろや!!」
上半身を起こして頭をボリボリと掻く。ショックで完全に目が覚めてしまった。
働き出した頭を使って状況を整理しよう。
目の前に居るのは高校からの知り合い。一つ下の学年だったカナと言う少女だ。
カナと呼び続けていたから苗字をド忘れしたということは本人には内緒だ。
俺よりも頭一つ分低い身長で、胸がでかいこととアホ毛が立っていることが外見的な特徴。
だがなにより、内面的な特徴のほうが色濃く印象に残りやすい。
端的に言えば、エロい・馬鹿・ヘンタイ、だ。
そんな三大ダメな称号を有する後輩だが、
「おまえ……どうやって入ってきたんだ?」
それといつの間に布団に潜り込んだ。
「愛の力でテレポートしてみました」
「………………」
「テレポートしてみちゃったぜい」
そんなダメな後輩が、どうやら俺に好意を抱いているらしかった。
過去を思い出す。
高校時代、とあるかつての友人と二人で、屋上で昼食を取っていたところに彼女は突如現れ、
『日上先輩に一目惚れしました! パンツを見せるので付き合ってください』
そう言ってスカートを掴んで力強く、豪快に白いパンツを見せられた。
飲んでいたコーヒー牛乳を噴出してしまい、それが彼女のパンツにかかって染みができた。
『日上先輩に早速私の純潔パンツを汚されてしまいました。これはもう責任を取ってもらうしかありませんね』
『お前が悪いんだろうが!』
友人が笑う中、奇怪変人との出会いだった。
以来、俺の元からなかなか離れないでいたりする。
「ご・は・ん。ご・は・ん」
「わかったわかった。作ってやるから隣で待ってろ。着替えるから」
「いえいえ、なればこそ私はこの場に居るべきではないでしょうか」
「べきではない。なにが楽しくて後輩に見られながら着替えにゃならん」
「?…………隣の部屋に移動したとしても、私は覗きますよ?」
「さも当たり前の様に言うな」
仕方ない。多少恥ずかしいが、無理にでも着替えるとしよう。
そう思い立って、布団の上で、後輩の前で不本意ながらもストリップショーをする羽目になる。
まず、寝巻き様のシャツを脱いで上半身をあらわにした。
「……うほぉ」
両手で目を押さえながらも、指の間から見てくるカナ。
次に下のズボンを脱いでパンツ一丁になった。
「きゃはぁ~」
どうやら俺のストリップに興奮しきったのか、カナは悦に入りながらにやけ顔をさらしている。
さて、今日は何を着ようかな。
タンスから着替えを出そうとする。
「もう一枚♪ もう一枚♪」
手拍子が始まった。
「これ以上脱ぐものは無い。後は着ていくだけだ」
「脱ぐべきですよ。私のためにも」
「お前のためにしてやることなど食事を与えることぐらいだ。満足したならあっち行ってろ」
「むうぅ~名残惜しいですが」
そう言って、隣の居間へと移動した。ようやく落ち着いて着替えることができる。
「………………」
どうしてか、俺はあいつに強気で接することができない。
まぁ、答えは簡素なものなのだが、それを認めると自分が余りに滑稽に写ってしまうので意識しないようにしている。
俺には、あいつ以外に信頼している存在が居ない。
友人も、家族も、世界とのわずかな繋がりも、あいつ一人で賄っているような気がする。
友人と呼べるものはもちろんあいつぐらい。
家族とは疎遠中で、特別俺に愛着を持っていない冷めた家族だったのでここ一年禄に声も聞いていない。
フリーターとして社会にわずかながらも貢献はしていても、交流は酷く荒んでいる。
もちろん俺が悪い。基本が暗い性格だし、あいつみたいな変態しか寄り付かない性質なのだろう。
だからこそ固執してしまう。
それが酷く滑稽で、醜くて、見るに堪えない。
自分がまるで道化のようで、世界の端の端に転がっているようなゴミで、誰にも誰の為にも成らずに死んでいくのがとても苦しい。
こうなったのも、全て、あいつの所為なのか。
あいつが俺を裏切ったから、こんなにも苦しいのか。
あいつがいれば、俺はもう少しマシな人間になれたのだろうか。
わからない。
なぜあいつは、僕に何も言わずに消えたのか。
わからない。
わからない。
俺はなにもわからない。




