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狂人

ここからが第二部です。


次の相手は神野 刃金。街の裏側を牛耳る男です。



 神野こうの 刃金はがね――――彼は世界を軽く見ない。


 世界は重く、硬く、強い。その世界の支配者たる人間もやはり強固だと彼は語る。


 彼の来歴は多少特殊だった。一般家庭の中に生まれ、普通の親によって育てられて、普通に優しい兄と姉を持ち、彼自身もあるときまでは普通だった。


 彼の世界が大きく変わったのは丁度六年前、十五歳のことだった。

 陸上部に所属していた彼はいつも彼の先に走る人物を見つめていた。彼が追い抜けなかったのは彼の友人であり、良き友であり良き宿敵ライバルだった。


 そんな二人の差が縮まったのは一瞬のことだった。友人は事故に遭い帰らぬ人となったためだ。


 追いかけるべき人物が居なくなった事で意気消沈したと思っていた彼だが、トラックに立つと今までと風景が違って見えてしまった。


 ――――この中で自分を追い抜けるものは誰もいない


 優越感。


 もちろん亡くなった友人は彼を対等な存在として扱っていたが。彼自身は誇りに思いながらも、友人を恐怖していたことにその時初めて気が付いた。


 自分よりも早い人間が居ないトラックを彼は狂気しながら走り込み、足を踏み出すごとに自分の積み上げてきたナニカが壊れていくことに気が付いた。


 眼を背けていた恐怖を改めて感じた。自分は自分よりも上に居る存在を消したときに始めて完全な幸せを得られるのだと。それが真実かはわからないが、彼はそれを信じてある行動に出た。


 初めは自分よりも喧嘩の強い人間、自分よりも頭の良い人間、自分よりも人気のある人間、自分よりも顔の良い人間、兄、姉、両親、――――――


 彼は見境無く、全てを壊し始めた。


 それが自分を追い詰めているのだとも知らずに。








「――――――刃金様」


 名を呼ばれて眼を開ける。熟睡していたわけではなかったから彼の頭は目覚めと共に覚醒している。


 彼の名を呼んだその少女はディナという。彼の生き方に共感した、物腰静かな女性だ。


 彼女は人間ではない。だから彼のあの性質が機能するわけではないのだからタメ口で良いと刃金は言っているのに、彼女は一向に低姿勢の位置取りをやめようとしない。


 「……どれくらい寝てた」


 「一時間ほどです。よく眠れましたか?」


 「……まあまあやな」


 「それはよかったです」 

 

 「あのイカレタ奴の足取りはつかめたか?」


 「あの男の足取りは追えませんでした。ですが――――」


 「ですが?」


 「ですが、彼の友人を見つけました。そして、その場所に同種も」


 「あらら」


 と、刃金は気の抜けるような声を出してベッドから起き上がる。彼がベッドの脇の椅子にかけられた赤いコートからタバコを取り出しそれを口にくわえると、ディナは無言でライターを近づけ火をつける。


 「タバコはからだによくありません」


 「やったら火を点けるな。行動と言動が逆や」


 「申し訳ありません。つい」

 

 「はあぁ~、まあええわ」


 タバコの煙を目一杯吸い込んで吐き出した後、まだまだ使えるであろうタバコを灰皿にグリグリ押し付け火を消す。    

  

 「――――同種言うたな。それはあいつか、あのイカレ野郎と一緒に居た」


 「はい、名をイヴといいます」


 「……………………イヴ……か……ふふっ」


 「刃金様?」


 「ふっ…………ふっ……アハハハハハハハッ!!」


 刃金を心配するディナをよそ目に彼はベッドに倒れこみ、盛大に笑い出した。


 「アハハハハハハハハハハハハッ!! やっと、やっとこさイイ流れがきてるやんけ!」


 「刃金様」


 笑い転げた主人を前に、ディナも顔を綻ばせた。彼の幸せが彼女の幸せであったためだ。まるでわが子を見守るようにディナは幸せそうに彼を見ていた。


 「……俺は上に立つ。上へ、上へ、上へ、上へ上へ上へ上へ上へ上上上上上上上上上上上上上上上上上上上上上上上上」


 それが彼の価値基準、上にあるものが邪魔で、それを壊すためには力が要る。


 だからこそ彼は、『少女達』を全て手に入れようとする。


 


 「まずはそのイヴからや。まってろぉ。可愛い可愛いおひめさまぁ」


       

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