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仲直り

 俺がリベカの持っていたナイフを手に取った瞬間、周りの情景は一変した。病院に来る前に見た夢と同じ舞台。かつて俺が通っていた学校の屋上、階下から聞こえてくる部活動の声、学生時代と何も変わらない環境。だが登場人物は少しばかり変わっていた。


 「ひがみさん」


 「…………カナ」


 かつて見た夢と同じようにカナは学生服を着てはいなかった。彼女はまるでこれから俺の家でご飯を食べに来るようにいつもと同じワンピースを着ていた。


 そして何より、彼女は俺の作った思い出ではないと直感した。


 「カナなのか?」


 「カナですよ」


 「俺の幻じゃなくて?」


 「触ってみますか?……胸を」


 「いや…いい」


 確信した。彼女は正真正銘、俺の知っている彼女だ。俺が美化しながら形作る思い出でもなく、愛しさのあまり幻視した虚像でもない。


 だけどなぜ?

 

 なぜ彼女は俺とこうして……いや、そもそもここは俺の――――


 「今、私は日上さんの心に乗り移っています」


 俺の困惑を感じ取ったのか、先んじて彼女が答えを教えてくれる。


 「俺の心の中に……だとしても、いや待て。どういうことなんだ?」


 「私にもよくわからないですけど、理解できる範囲で説明するとですね――――」


 俺の元へ歩み寄り、手すりに持たれて隣に来るカナ。


 「人間の心と身体は別のものだと仮定してください。現にこうして私は自分の身体から離れていますから。イヴちゃんや今の私の身体を操っているリベカさんは自分の身体を変化できますけど、心はその肉体の変化に耐えられなくなります。だから代わりに心の置き場所となる別の肉体を必要とします」


 現実で俺が掴んだあの青いナイフはリベカの本体だという。


 「リベカさんの本体は私の心臓に寄生していました。そして寄生したまま私の身体を乗っとりました。だから私の心は消えるはずだったんですけど、イヴさんの攻撃で助かったんです」


 「は?」


 イヴの攻撃って、あれか、お前の胸に向かって投擲したあの剣か。


 「あれで心臓に寄生していたリベカさんの本体は重傷を負って、本格的に私の身体に乗り移らないといけなくなりました。だからこそ、私は自分の心を隠す場所が出来たんです。リベカさんの身体に」


 そしてその身体は武器となって、俺の元へとたどり着いた。


 「彼女の身体が武器になったことで壊れそうだったんですけど、必死に耐えました。日上さんに会いたい一心で」


 そして今はここに居る。


 カナは文字通り俺の中に居るんだ。


 死んでしまった大切な人の死を認められずに自分を誤魔化す詭弁でもなく。


 本当の意味で――――カナはここに居る――――


 隣にいるカナを嬉しさのあまり抱きしめた。昨夜と同じようにあたふたと驚くカナだったが、そんなことはどうでも良いぐらいに、嬉しかった。


 今はこのときを噛み締めたい。






 「…………日上さんの心の中って、とても綺麗ですよね」


 俺に抱きしめられたまま、耳元で声を掛けてくるカナ。


 「あの頃のまま、美化すらされていないあの頃のままです」

 

 「あの時に執着しすぎてるだけだよ。三人で居たあの頃に」


 「思い出を大切にすることは良いことです」


 「…………大切にしすぎて、前に進めない」


 「前には進んでます。時は進んでいくしかないんですから。立ち止まっている人なんて居ないんです。どうにかして前に進んでいるんです」


 「お前の目から、俺はどう見えるんだ?」


 「進んでますよ、私より早く、もっと先へ。思い出を大切にしながら。いまこうしている間は傍にいられますけど」


 俺は懐に居させていたカナを放す。彼女の肩に手を置いたまま、真っ直ぐ彼女の眼を見て俺の思いを告げる。


 「俺はもう一度、三人で話をしたい」


 「…………じゃあ、私達を置いて先に行ってしまった縁さんを一緒に追いましょう」


 「いいのか?」


 「体力には自信があります。日上さんのペースに合わせてあの人を追いましょう」


 「辛いかもしれない」


 「それでも会いたいんでしょう?」


 「……ああ、会いたい。もう一度」


 「では行きましょう」


 そう言って、今度こそカナと離れた。大丈夫、彼女は今ここに居る。ちゃんと彼女の身体も取り戻す。ただ失わずに済んだことに安心しただけ。


 これからが本番。俺はもう一度、あの三人で話をしたい。ゴールは必ず見つける。


 カナの手を振る姿を見ながら、俺の意識は覚醒した。



 

 

  

 「良い夢は見れたか?」


 眼を開けるとイヴの顔が間近で見えた。どうやら俺は意識を失っていたようで、今はイヴの膝枕にご厄介になっている。意識を失う前と同じように病院の屋上だが、辺りにカナの身体を奪ったリベカの姿は無かった。


 「あいつは?」


 「逃げたよ。お前を放っておく訳にもいかなかったんで追わなかった」


 「っそか」


 俺は頭を持ちあげてイヴの膝から離れた。下の階の院内からは騒ぎが起きているようでバタバタと走り回っている音がしたり異常事態に困惑する声があったり。


 「カナにあったよ」


 「……そうか」


 イヴは嬉しそうに優しい笑みを浮かべてこちらに答えた。


 「礼は言っとく、でもなんですぐに事情を説明しなかった?」


 「信じられるか? あれがカナを救い出す方法だと。それにあのときのお前は周りを信用しようとしなかっただろう。日常から乖離して」


 「…………だな」


 立ち上がって頭をボリボリと掻く。昨日からシャワーも浴びていない、帰ったらまず風呂に入ろう。

 

 俺の懐にはいつの間にか青いナイフが――カナがすっぽり収まっている。相変わらず懐に忍び込むのがうまいヤツだ。


 「…………イヴッ」


 「なんだ?」


 「帰るぞ」


 「………………ああ」


 俺達は、騒然とした院内を我知らぬ顔で歩き、家へと帰っていった。



 

一部は終了です。


これからは縁の事件に飛び込んでいきます。


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