守られた約束
何度交錯しても結果は同じだった。リベカはあらゆる戦法を駆使して迫ってきても、悉くを無為にさせられていた。
特攻してきては避けられ、モノを投げても避けられ、為すすべも無く疲労し続けていた。
「……クッ……ソ」
精神的にも限界が来たのだろうか、眼に先ほどのような精気は無い。狩りをする側から狩られる側に追い込まれている。
リベカは外見的にそれほどダメージを受けているように見えなかった。逆に俺の方が負傷しているように見える。リベカの身体は女性のものとは思えないほど硬い。拳で殴り続けている内に無傷だった左拳まで皮がめくれて、骨も軋みだしているほどに硬い。
このまま持久戦に持ち込まれれば負けそうだが、頭に血が上った彼女はそれに気付きそうに無い。
いや、それ以前に、例え持久戦に持ち込んでも無駄だったのかもしれない。
なぜなら一人の来訪者の手によって、身体が化け物のリベカと、心が化け物である俺の長い戦いは収束させられたからだ。
キィっと、鉄扉が開く音がした。
その音を聞いた俺とリベカは同時に動きを止めた。時が止まったかの様に互いの攻撃の手を止めて動かなくなった。
と、リベカの表情が急激に変化した。先ほどのような人を弄ぶような面だ。
「あらぁ~。誰かと思えば、殺戮者じゃない」
その醜い顔のまま、抑揚の強い、勘に触るような声を俺の背後にいる誰かに送る。
「そういうお前は寄生虫か。相変わらず、気味の悪い生き方だな」
その声を聞いたとき、俺はアっと声を漏らした。よく知った声だった。
振り返り、声の主に焦点を合わす。
「よお日上。一日ぶり」
イヴ。
イヴだ。
イヴだった。
「何しにきた」
自然と視線が相手を睨むものになった。
「何って、助けに来たのさ」
「お前に助けられることなんて無い。消えろ」
「私を恨んでいるのか」
「恨まないとでも思ったかよ」
「いや、恨むだろうな」
「だったら消えろ」
イヴから視線を外してリベカに向き直る。
「俺はこいつからカナを取り戻さなくちゃいけない」
「だったら無理だ」
「無理じゃない」
「カナの身体はすでにあいつに支配されている。もし彼女の精神の一部でも残っていても、肉体の破壊とともに崩壊する」
「……でたらめを―――」
「専門家だぞ私は?」
再びイヴに振り返って睨みつける。
そのままイヴは俺の目を一心に見つめたままこう答えた。
「カナを救う方法は一つだけ――――」
それを聞いた時、心臓が跳ねたような気がした。
カナを助ける方法。確かにイヴはそう言った。
「ねぇ~、私を置いて話をすすめないでよぉ~。泣いちゃうよおぉ」
リベカの言葉に遮られ、イヴはそこから先を語らなかった。代わりに、俺ではなくリベカに話しかけた。
「おい、寄生虫。おまえ、肉体を手に入れたのになぜストラクションをしないんだ?」
――――――ストラクション?
俺の知らない単語だった。それを聞いたリベカの方は思い当たる節があるのか顔をしかめている。
「出来るだろう、しないと私はお前を殺すぞ? お前と私の力の差は歴然。それしか方法は無いはずだ」
「ハッ! そんなことしなくてもあんたなんかに」
「それに、今はこの男も居るぞ?」
「……………………」
その言葉を聞いて俺を見るリベカ。明らかに迷っている様子だった。何をするのか不明だが、少なくとも即断できないようなことをしようとしていた。
「――――――いいだろう」
「おまえらいったい何を――――」
そう言おうとした瞬間、リベカは自分の胸に手を当て、気を落ち着かせるように深呼吸をした。
突如、
「なっ――――」
彼女の胸の部分から何かが光を放ちながら現れた。それを掴むと、リベカは力任せにそれを引き抜いた。
それはナイフだった。昨夜、カナが俺の前で見せたナイフ、マチェットとかいう種類に似ているが、刃が青く染まり、刀身には見たことも無い暗号が羅列されている。
「――――ふふっ」
それを一度真上に放り上げ、落ちてきた青いナイフを再度手に取ると。
「アハハハハハハハハハハッ! やった。やったあぁぁぁ! ありがとう殺戮者! 出来るかどうか不安だったんだけど、あなたに背中を押されてやってみてよかったわぁ。まぁ、あんたは私が中途半端に失敗して自壊するとでも思ってたんでしょうけどッ!」
言葉の終わりと同時に手に持っていたナイフを振り下ろしたリベカ。
すると、足元のコンクリートに亀裂が走った。
――――――いや、違う……切れた!?
亀裂かと思われた断面はまるで包丁で切られたチーズのようにサックリとしたものだった。
改めて彼女の持っているナイフに眼を遣ると、ナイフの周りの空間がおかしかった。陽炎のように光を捻じ曲げ、その先の光景をゆがめていた。
「ふふっ、もしかしてひがみさん知らないんですかぁ? もしかしてそこの殺戮者から何も聞いてない? 私達の身体は武器に変えられるんですけど、その変化の度合いによって力の質も変わるんですぅ」
再びニヤリと笑ったリベカはナイフを両手で弄びながら話す。
「ああいう風に全身を武器化した場合、精神の置き場所であるもう一つの肉体を必要とする。それが機構化だ」
話の続きを後ろのイヴが話す。
「あれれぇ? あれれれれぇぇ~…………お二人はしないんですかぁ? あ! もしかしてできないんですかぁ? そうですよね~。だってあんた、そんなことしたら死んじゃうもんね」
ナイフを弄ぶことをやめて右手で持ち、肩に置きながら話を続ける。はっきり言って話にはついていけていない。
だが一つだけ、彼女達の説明の他に腑に落ちないことがあった。
――――――なぜだろう。
心の中で咄嗟に呟いた。
どうしてか、あのナイフが現れてから、俺の中の狂気が納まり始めていた。
先ほどのような全身の神経を駆け巡る怒りは無い。
「ふっ、どうやら気がついたみたいだな」
イヴが俺の隣まで歩いてくる。
やはり、さっきみたいに彼女を避けようとする気概さえ起きなくなった。
「どうしたんですかぁ? もしかして降参? 降参ですかぁ?」
ケラケラ笑いながらゆっくりと歩いてくるリベカの様はまるでピエロのようだった。自分だけが糸に操られて除者にされていることに気がついていない。
「降参する意味は無いさ。なぜならこの場で出来ることは全てしたからな」
「はあ?…………ッ!!」
途端、リベカはナイフを持っていないほうの左手で頭を抑えて止まってしまった。
「ぇ……なに………これ」
そして、
「ァァアアアアアアアアッ!! 痛い! 痛い痛い痛い!! なんなのよ!? なんであんたがぁ!!」
悲鳴を上げながらリベカはその手に持っていたナイフを床に落とす。
それをリベカが悲鳴が上がると同時に走り出したイヴが手に取る。
「日上!」
そのナイフは俺に向けて放り投げられた。
俺はなにがなんだかもわからないままそれを手に取り、
そして、ふたたび夢の中へもぐった。
『言ったじゃないですか。帰るって』




