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カナ

 それは夢だと確信していた。例えどれだけ鮮明に見えていたとしても現実にいるはずのない存在がいるのだから、それは夢と言って違う有るまい。


 舞台は屋上、すでに卒業してしまった高校の屋上だ。時折強い突風が通り抜け、よく彼女がお弁当のおかずを落としていた。それでもこの場所に三人でよく集まったのはなぜだったのだろうか。当時なら思い出せたかもしれないが、大人になった今では露も理解できない。


 だから今屋上に俺が居るのももちろん夢で、だらしなく座っている俺の隣で女の子座りしているカナも俺の記憶が作り出した偽者なのだろう。


 カナは学校指定のセーラー服を着ていた。彼女の本来の変態性はあくまで行動だけで外見はきちんとしている。授業中には眼鏡も掛けていたので第三者から見ればただの優等生に見えた。童顔の可愛らしい顔立ちも相まって、カナの周りには彼女に好意を持つ人が溢れていた。元から俺と違って人を惹き寄せる才能でもあったのだろう。

 

 それでも、人を避けさせる才能を持った俺の元に来た。

 

 一目惚れしたと言った。それが本当かどうかは彼女でない俺にはわからない。


 今でも信じられない。彼女みたいな存在が傍にいたことが。


 「カナ」


 俺がカナと呼ぶ。


 「なんですか~ひがみさん」


 学生のときと同じように、カナは気の抜けた声で返事をする。


 子供のように無邪気な笑顔をこちらに向けて、とても楽しそうに見えた。だからこそ罪悪感のようなものが俺の中で更に渦巻いた。


 その黒いモヤモヤとした感情に耐え切れず、俺は何を言えば良いのかもわからず、彼女の前に向き直って頭を下げた。


 「……ごめん」


 「……………………」

 

 「守れなくて……ごめん」


 本当に、俺なんかに関ったから、こんなことになったのだと思った。


 俺に関らなければイヴとも出会わなかった。いや、そもそもカナが俺の前に来なければ俺はとっくにどこか辺鄙なところで亡くなっていたと思う。堕落な人生を送ってろくな終わり方をしていなかったはずだ。 


 それを聞いてもカナは何事も無かったように笑顔であった。

 

 「…………だいじょ~ぶ」


 頭を下げていた俺の頭にカナの手が置かれ、そのまま髪をすくう様に撫でられた。


 俺が顔を上げるとカナは先ほどとは違い自愛に満ちた笑顔に満ちている。それは聖母を連想させた。


 「だいじょ~ぶ。私一人でも、ひがみさん一人でも無理だけど、二人ならだいじょ~ぶですよ」


 そこで意識は沈んでしまった。





 

 ドンッドンッドンと玄関の鉄扉を叩く音で目を覚ました俺の意識は重く虚ろな感じだ。横たわったまま外の風景を見ると既に夕方、俺はどうやら半日以上眠りについていたようだ。時計で確認して改めて自分の惰眠を再認する。


 日が落ちているが眠気はまだ残っている。身体ではなく精神が目を閉じたいと言っていた。カナがいなくなった事実から目を背けたがっていた。


 だが扉を叩く音は未だ絶えず、居留守を使っても無駄そうだったので仕方なく重苦しい身体を起こして玄関口まで足を運んだ。扉を開けるとそこには先日世話になった刑事さんが立っていた。どうやら病院にいるカナに遭えるように手配してくれたらしい。家族の許可も取ったという。


 その刑事さんに促されるまま俺は彼の車に乗り込んで病院に向かった。刑事さんは車の中で彼女を殺した犯人を見つけると言ってくれたが、俺にはその犯人がわかっていた。イヴだ。


 今彼女はどこに居るのだろう。彼女に聞きたいことは山ほどあったし、憎んでいると思う。


 だけど何より、彼女の行動を未だに受け入れられずにいる俺は真実を知りたがっていた。だから俺は今から死体となったカナに会いに行く事にも現実味を持てなかった。


 


 だが病院に車が着いた時、僕の意識は無理やり現実に引き戻された。


 院内は静寂に包まれ、看護士や医師、病院関係者だけでなく入院患者までも眠りについていた。俺を連れて来た刑事さんも糸が切れたように床に倒れこみ、そのまま熟睡してしまっていた。


 俺は驚いたまま辺りを見回し、誰か眼を覚ましている人物が居るか探し出した。


 その視線の中に居るはずの無い、いや正確には立っているはずがない人物が廊下の先に居たのだ。


 「……カナ?」


 そこはまるで生と死が反転した世界のようだった。


 

これからは1話ずつ出していきます。

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