事後の前=今
「私は、ひがみさんにころされたいんです」
夜の街中、人のいない街道に聞こえるのは車道を走る車が走る音とそれの鳴らすクラクション、近くの居酒屋から聞こえてくる酔いつぶれたサラリーマンの愚痴の断片。コンビニから漏れ出すBGM。
だから、彼女の言葉を聴き間違える心配はなかった。彼女は確かにこういったのだ。
『ころされたい』と。
「なんでだよ」
怒気を含ませた声音でカナに話しかける。俺の中では疑心と心配と不安が交じり合い、その対処に追われた結果憤慨している。
五体満足――――とまではいえない、目の色が変わっていることから何かしら起きたのだとはわかった。だけど今こうして普通に話しているのだから問題はない。
「なんでお前までどこかに行こうとするんだよ」
「……ひがみさん」
問題ないのだからこれからも一緒にいればいい。たった一週間いなかっただけだ。そうしてまた俺の日常が戻ってくる。それでいいだろう。
「……ひがみさん、今の私はもう以前の私じゃないんです」
「なにが違うんだよ、たかが目が青くなっただけだろう」
「中身が違うんです」
「中身? いつもと同じ変態丸出しの天然系だろうが」
「そのうち誰かを傷つけてしまう」
「………………」
「私は私じゃない何かに乗っ取られそうになってます。今こうして話せているのは私が必死に抵抗してるからで、気を抜けばすぐにでもひがみさんに被害が及ぶかもしれない」
「………………」
「だから――――」
「――――だから殺して欲しいって? 冗談言うなよ」
本当に悪い冗談だった。悪い冗談であって欲しい。悪い冗談であれ。
だけど、俺はなんとなくだが気がついていた。
目の前にいるのはカナの皮を被った化け物で、今俺はその皮と話している。中身はただいまお昼寝中。
「何か寄生虫でもいんのか? だったら病院にいこう。その目だってよくみりゃ綺麗だし、十分得点になるよ。良かったじゃねえか」
自分の言ってることがめちゃくちゃなのはわかっていた。だけど、わかってくれよ。誰だって目を瞑って終わらせたい事があるだろう。
「ひがみさん」
俺を哀れむような目で見つめながら、見ていられないとでもいいたいように一度目をそむけた後、カナは自分の懐から何かを取り出した。
それは鉈のような形をした刃物だった。だがいくらか小さく、重厚なつくりをしている。漫画に出てきたククリに似てなくもない。
「マチェットっていうナイフです。父がナイフマニアで、そこからもらってきました」
「だからいい加減にしろ。ていうか銃刀法違反だろうこれ」
「これから死ぬんだからそれぐらい勘弁してください」
満面の笑みを見せたまま彼女は俺に無理やりそのマチェットというナイフを手渡し、数歩下がって目を閉じた。
「どうぞ」
覚悟を決めた。
そんな言葉が続きそうな雰囲気だった。
まるでゾンビが出てくる映画で、ゾンビに噛まれてしまった良い人が他の人たちに迷惑が掛からないように自殺するような姿。
世界を救うために自分が犠牲にならなければいけないとわかってあっさりそれを受け入れたときのような姿。
――――――本気だ。
頭の中で言うまでもなく、この彼女の行動に冗談はなかった。そもそもエロい冗談はいえても悪い冗談は決して言わない彼女がこんなことをするはずが無いとわかってはいたのだ。
受け入れなければいけない。彼女の中には 『何か』 があって、それが彼女を支配しそうになっているから彼女を助けるためにもこのナイフで俺が殺さなくてはならない。
認めなければならない。
認めろ。
認めろ。
認めろ。
認めろ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――カナのためだろう?
「違う!」
俺は走ってその勢いのままカナを抱きしめた。
「ひ、ひがみしゃん!?」
抱きしめて、彼女の背に回した手で彼女の服を無我夢中で握り締めた。
俺が力を込めるたび、カナの口から 『ひゃああぁぁ~』 という喜びに満ちた声がこぼれた。
「ひ……がみさん? こ、これは死に行く私にせめてものご褒美ですか?」
「違う!」
後輩のいつもの天然ボケを一喝する。
こんな方法でどうにかなるわけがない。
殺して終わりだなんてそんな結果はいやだ。
どうにかできるはずだ。
「どうにかできるはずだ」
「……無理ですよ」
「できる」
「無理ですって」
「できるったらでるんだよ!」
だって俺は、今までたった二人の人間しか傍に置かなかったんだ。
そんな二人のうち、一人を失って、それで彼女まで失ったら、そんな世界はこっちから願い下げだ。
「……できなきゃ俺も生きてられない」
「ひがみさん」
「お前がいなきゃダメなんだよ!!」
俺にとっての日常を守るためにがんばる。
ああ、いいね。まるでアニメの主人公じゃないか。
だったらなってやる。だれも、これ以上奪わせない。
「ひがみさん。私がいなきゃダメなんですか?」
カナがきょとんとした顔でこちらを見返してきた。
「当たり前だ。おまえ、俺の人生の中でどれだけウェイトを占めてると思ってんだ」
「気付きませんでした」
「だから天然なんだ」
「……好きってことですか」
「………………そうは言ってない」
「ズルイデス」
「ずるくない」
「でも、真っ赤になって顔を背けるってことは脈が少しはあるってことですかね?」
「ない!」
「あははは……」
カナは笑っていた。口を手で押さえて子供のように明るく笑っていた。
「久しぶりに笑ったな」
「へ?」
「おまえ、俺が学校を卒業してから作り笑いばっかやってたから」
「ありゃりゃ。気付いてましたか」
「さすがにもう三年近くの付き合いになるからな」
「それだけ経ったならいい加減に私と身を固めませんか?」
「固めねえよ」
「むうぅ~、しかしあきらめませんよ。脈はあるとわかったので」
「はいはい」
会話もそこそこに、俺はカナから離れた。そのついでに渡されていたナイフも返す。
「どうにかできる」
「では、どうにかなりましょうか」
カナはナイフを懐に収めると、再び二コッとこちらが見ていて嬉しくなる笑顔を見せた。
さて、天然こまし娘の自殺騒動もなんやかんやで終わった。
これからすべきことは、わかっていた。
「同じ青い目の女に聞いてみるか」
イヴを思い出した。
カナの目はイヴと同じように青く綺麗な眼をしている。それに彼女の出現もなにか関係がある気がしたからだ。
確か彼女は今俺の部屋で出前の寿司を頬張っているはずだ。
――――――俺達がたどり着くまでに残っているかどうか。
と、振り返って家路に向かって歩き出したのだが。
思いのほか、彼女は礼儀正しい人間のようだった。
まさか居候の身でありながら主人のいない間に食べようなどとは思わなかったのだろう。
歩き出した先の道に、イヴがいた。
そして、
「えっ――――」
ヒュン、と何かが俺の脇を通り抜けたと思った。
だけどそれでは遅かったのだ。
あまりにも俺は遅かった。
「あ……ぁ…」
うめき声のようなモノが聞こえて振り返ると、カナの胸にいびつな剣が刺さっていた。
そして彼女の手には、俺が返したナイフが握られていた。




