第五章
――思い出した。
ブレーキの音。
揺れる視界。
緑のナンバープレート。
1192。
伊勢丹の角。
地下通路の入口。
一瞬だけ見えた、見覚えのある制服。
そして、衝撃。
そこで終わったはずだ。
普通に働き、
普通に老い、
普通に死ぬ。
その「死」が、あまりにも唐突だっただけで。
目を開ける。
薄暗い。
湿った空気。
岩肌の匂い。
頭が割れるように痛い。
ここはどこだ。体を起こす。かなり痛むが我慢できる程度だ。
手を動かす。冷たい石。砂。
少しだけ、橙色の光が差し込んでいる。
あたりを確認すると、意識を失う前に手で払ったところだけ土がなくなっている。
やっぱり車のナンバープレートだとわかる。
それにしてもやけに古びている。数字もはがれて、後だけが残っているところもある。
他の場所はかなり、土砂に埋まっている。荷台は全く見えない状態だ。
運転席にはガラスもなく、土砂だけだ。
こちらからは左のタイヤがないのが確認できる。
起き上がろうとするが、身体が重く起き上がるのは無理がある。胸がざわつく。
再びナンバープレートを見る。
ナンバーを見る。
緑地に白文字。
かろうじて1192と読める。
間違いない。
あの事故のトラックだ。
だが、なぜここにある。
なぜ自分は生きている。
混乱の中で、すべての記憶が一気に繋がる。
東新宿。
品川。
インターシティ。
平均。
独立の話。
先輩の「いい仕事してる」。
そして、信号。
目を閉じる直前、あの制服。
「見覚えがあるな」
そう思った。
その意味がわからないまま、目を閉じる。
今は――。
生きている。そのことに感謝しよう。
頭痛が徐々に引いていく。
夕日が入るということは、夜が近いはずだ。
体もまだ痛みがあるし、夜が明けるのを待ってから、周囲の探索をしよう。
そう思って、目を瞑り、また意識が遠のくのを感じる。
体の痛みから、たぶん、転んだか、滑落か。明日は動けることを祈った。
翌朝、洞窟内がぼんやりと、わかるくらいの光量のなかで、目が覚める。
外からは鳥の鳴き声も聞こえている。
夕日が入るくらいだから、朝は暗くてしかたないか。
体は少し痛むが、立ち上がれないほどではない。
最後にもう一度トラックを見る。
「はは……、同じトラックにまた頭を打つなんて、双葉がいたら量子もつれ、観測者は世界、とかいいそうだな」
声が洞窟に反響する。
――誰だ、この声。
低いはずの自分の声が、やけに澄んでいる。
喉に引っかかりがない。
もう一度、小さく言ってみる。
「おい」
響きが、軽い。
三十六の男の声ではない。
喉を押さえる。
違和感が、遅れてやってくる。外に出たら、まず鏡を探そう。
洞窟の外へ向かう。幸い出口はすぐだった。竪穴に近いレベルだが、木の根やくぼみがあり、なんとか外には出られるものだった。
洞窟の外は林の中だった。木の匂いが肺に入ってきた。
空は澄み、風は乾いている。晴れていたのは助かった。
下には小川が流れている。上に見えるのはコンクリートの石柱ということは、高速道路だろうか。それにしても、すぐに寸断されている。大地震でもあった後だろうか。
ここからではどこだかさっぱりわからない。
後で山頂を目指して歩いてみるか。
まずは下におりて、喉を潤しておくとしよう。
小川へ降りる。
膝をつき、水を掬う。
冷たい。
喉を通る。
生き返る。
ついでに、顔を覗こうとする。
だが流れが強く、水面は揺れている。
輪郭が歪む。
「……まあいい」
後で見ればいい。そう思った。
山頂を目指して歩き始めるが、休憩が多いため、なかなかたどり着かない。
尾根というのか稜線というのかにたどり着き、周囲を観察する。
遠くに、白い山。
あれは――。
富士山か。海も見えるし、間違いないだろう。
太陽は南に差し掛かっていた。
富士があの位置にあるなら、ここは――。
静岡より南西のはずだ。
静岡か。長野かもしれない。
この距離だと東京へ向かうには遠すぎる。
あきらめて反対方向へ顔を向ける。
いや、待て。視界をまた、もとに戻し、また反対側を見る。
人工音が聞こえる範囲になく、見える範囲に鉄塔すらない。もちろん、送電線もない。
送電線がない?本州で?
見渡す限り、山肌はみどりに覆われており、コンクリート構造物は森に吞まれている。
文明の「骨」が自然の中にある。
昨日のトラック。高速道路の崩落。思い返せばどれも時間が経ちすぎている。
胸がざわつく。
その時、南の山中から鳥が一斉に飛びたつのが見えた。
あのあたりで何かあったのだろうか。どのみち、ここから海沿いの都市に出るより近い。
他に行く当てもない。とりあえず、稜線付近を南方面に向かってみるか。それならば迷う心配もないだろう。
それにしても文明の気配がない。
山の中だからだろうか。
それにしても、こんなにも自然の中で歩きまわるのはいつ以来だろうか。
子どものころ以来な気もする。
子どものころは人吉の田舎にいたせいか。山や川によく行って遊んだもんだ。
その日は歩き続けた。
昼を過ぎ、夕方に近いころ大きな木を見つける。
幹は三人で抱えるほど太い。
ここで夜を越す。
本当は木の上がいいが、落ちたら終わりだ。
無難に地面を選ぶ。
大きな葉や枯れ葉を集める。
次に大きな葉を敷く。その上に枯れ葉。そして、寝転がる。
思ったより悪くない。
さらに大きな葉を体にかける。
即席の毛布。
空が暗くなる。
星が出る。
やけに、鮮明だ。
都会では見えなかった数。
風が鳴る。
眠りは浅い。
物音のたびに目が覚める。
二本の棒を握ったまま、夜を越す。
朝。
光で目が覚める。
太陽の位置を確認する。
まずは、日の当たる面を歩く。
体温を上げる。
しばらく進むと、沢を見つけ、すこし、山から下りたところにあるが水を飲みにいく。
ついでに、顔や上半身を洗う。
水が腹を流れる。
割れている。
腹筋が、割れている。
思わず触る。
固い。
引き締まっている。
中年の腹ではない。
二度目の衝撃。
若い。
明らかに若い肉体だ。
立ち尽くす。
昨日、気づかなかった。
服を見る。
麻か木綿。
織りは粗いが丈夫そうだ。
縫製は手縫いに近い。
現代的なタグもない。
ポリエステルの感触がない。
まるで時代劇の衣装のようだ。
人工物がない。
時計もない。
スマホもない。
ポケットに入っているはずの重みがない。
なぜ昨日、気づかなかった?
混乱と頭痛で思考が止まっていた。
岩に腰を下ろす。
整理する。
・事故
・朽ちたトラック
・崩落した高速
・送電線がない
・若い肉体
・古い服
今の条件からわかる範囲で可能性を考える。
夢か。いや違う。痛みがある。
幻覚か。説明がつかない。感触は明らかにリアルだ。
VRか。これはあり得るかもしれないが、さすがにフルダイブ型はまだ開発されてないし、たとえあれば、ステータス表示やサポートアナウンスがあるだろう。
時間移動?馬鹿げている。といえなくもない。現代なら異世界転生ものが今大人気だ。本当なら、人間だったことに感謝するしかないな。剣だったり、自販機、スライムならチート機能無しでは生きていけない。
だが――。
高速道路から過去ではない、トラックはあくまで意味はないな。鎌倉にはありえない。
残る可能性は未来か。
考え続ける。
さらに深く掘ろうとした瞬間。
ぐぅ、と腹が鳴る。
現実に引き戻される。
腹を撫でる。しょうがない。腹が減っては戦はできない。今はここが未来だと仮定して生きるしかない。それもかなりの未来か大災害の後の未来かもしれない。
周囲を見る。
木の実らしきものはある。だが毒かもしれない。
きのこもある。
危険だ。
やめておこう。
人は水があれば一週間は持つ。サバイバル知識。自殺島を読んだが覚えてなければ意味ないな。カイとは違うし、弓を作って戦うのはやめておこう。
気を取り直し、まずは人を探す。
鳥が飛び立った方向。
二本の棒を握る。
二本とも歩行補助だが、万一の武器。
深く息を吸う。
歩き出す。
自分がどこにいるのか。
この身体は何なのか。
その答えを探すために。
また朝を迎える。先ほどの場所に近づいてきたはずだ。野生動物の可能性もある、注意したほうがいいだろう。少し下りて、手ごろな木の棒を拾いなおす。武器になるような鋭利なものを。
ゆっくりと慎重に移動する。
前方に鹿が見える。こちらが高台だからか、気づいていないようだ。
遠回り、するべきだろうか。
正直、鹿とこん棒で戦うなんてゲーム中でも体験したことない経験だ。
普通に考えて無事に済むとは思えない。
本当に戦うとするなら短期決戦しかないだろう。まずは相手の目を狙い。思いっきり差し込むしか勝機はないな。そんなにうまくいくかは別として。
どうするか、考えている最中、パンっと乾いた銃声がする。
鹿に命中したようで、ゆっくりと倒れていく。それとともに足跡やら話し声も聞こえてくる。
とっさに近場の低木まで移動し、伏せる。
「今日はお疲れ様でした。鹿狩りの体験はここまでです。ハンターの方々がこの後の処理をしますので、皆様先に村の体験所までお戻りください」
そのあと、通訳らしき、外国人が早口の英語で話している。参加者は外国人しかいない。
鹿に近づいて作業している二人は、たぶん日本人だろうか。
今出で行くべきだろうか。外国人が多いし、体験ということはホテルのアクティビティだろうか。さすがに撃ってこないとは思いたい。それにしても日本語が妙なイントネーションだったが、日本語も進化したのか?未来ならあり得るか。
いろいろ考えたが、最後に残って作業しているハンターの後を付けることした。
鹿が崩れ落ちたあとも、すぐには動かなかったのは正解だったようだ。
銃声の余韻が、山の中に吸い込まれ、気づけば静けさが戻っていた。慌てて動く理由はない。
こういうときに動いた人間が、損をするのを何度も見てきた。バイオハザードとかでだが。
現場でもそうだ。
揉め事に飛び込むやつほど、巻き込まれる。
一歩引いて、状況を見てから動く。
それが一番安全であり、対処を間違える可能性を減らす。
ハンターから見えづらいように身を伏せたまま、視線だけを上げる。
二人の男が鹿に近づいていく。
一人がしゃがみ込み、鹿の首元に手を当てる。
「即死だな。弾、きれいに入ってる」
もう一人が短く頷く。
「よし、放血やるぞ。ロープ取ってくれ」
後脚にロープをかけ、近くの立木に回す。
簡易の滑車を使い、ゆっくりと吊り上げる。
鹿の身体が持ち上がり、首が下を向く。
ナイフが光る。
喉元に刃を入れると、残っていた血が流れ出した。
赤黒い液体が地面に染み込んでいく。
「今日は体験、二本目か」
「今週二回目だろ。春になって客が増えたな。気候がいいと体験客が増えるな」
観光か。それにしても、彼らの一連の作業はかなり手慣れている。仕事として、かなりの回数をこなしていることがうかがえる。
そして、そういう施設らしい。体験客が来るということは、人里から離れている可能性があるな。
男は次の動作に移る。
腹部に刃を入れ、慎重に切り開く。
手を差し込み、内臓を傷つけないように剥がしていく。
慣れた手つきだ。
「胃袋破るなよ。センターに回す分、臭くなる」
「分かってる。胆嚢だけは触るなよ」
内臓が一つずつ取り出される。
肝臓、心臓、肺。
種類ごとに分け、布の上に置く。
「タグ番号、確認しとくか」
「……A-51、春、区画112」
A-51。区画112。ここは管理された場所ということだろう。
耳に引っかかる。
番号にしては妙に意味ありげだ。
「州の規定、また細かくなったな」
「ロシア境界線の件で監査厳しくなってるらしいぞ」
ロシア。
その単語が、場違いに聞こえる。
だが二人は、何でもないことのように続ける。
「まあここ保護区だしな。ロシアも中国も文化保護区には影響ないだろう」
文化保護区。
言葉だけが、頭に残る。
ナイフが皮と筋の間を滑る。
ぴたりと貼りついていた皮が、音もなく剥がれていく。
見ごたえのある技術だ。
現場仕事のそれと同じ、無駄のない動き。
「脂、まだ薄いな」
「春先だしな。秋まで待てば違うんだろうけど、体験優先だからな」
一通りの処理が終わるころには、観光客の姿は見えなくなっていた。
一人が手袋を外し、息を吐く。
「よし、戻るか」
「体験ログ、今日中に上げとけよ。センター長、最近うるさいぞ」
二人は鹿を担架のようなものに載せ、山道を歩き始める。
遅れることなく、しゃがんだまま、ゆっくりと進む。
距離を取る。足音を消し、枯れ枝を避ける。
風向きを確かめる。なるべく風下に向かい、会話を聞くのと同時に、向こうに音が行くのを避ける。
若い身体は軽い。だが、動きは慎重にだ。
三十六年の経験は伊達ではない。たとえ知識が、アニメとゲームからだとしても。
見つかれば終わりだろう。
焦る理由はない。
一定の距離を保ったまま、後を追う。
やがて、二人は世間話を始めた。
「春の予算案、どうなると思う?」
「厳しいだろ。ニュージャパンの配分、削るって話だ」
――ニュージャパン?
思考が一瞬止まる。
だが足は止めない。
聞き続ける。
「アメリカ本土もメーデーが近いし揉めてるしな」
「最低賃金、また上がるらしいぞ。こっちにも影響くるかもな」
賃上げ。
その言葉の現実感と、今いる場所の現実が噛み合わない。
「センター長、来月ワシントンだろ?」
「文化保存の補助金の割増だってさ」
ワシントン。
文化保存。
断片が、少しずつ繋がりかける。
だが、まだ形にはならない。
二人は歩き続ける。
やがて木立が途切れ、視界が開ける。
手前には木でできたアーチがある。その先にはドームと建物がある。あれが体験所というやつだろうか。
その先には、舗装された道。アスファルトがある。白線。整備された建物が見える。
木造の家屋。
煙突。
瓦屋根。
雑多な感じがある。つぎはぎだらけというか、新旧が混在している街のようだ。
二人は迷いなくドームの方に行き、先ほどの鹿を下して、作業を始めたようだ。
足を止める。これ以上進むのは危険だ。遮蔽物がなく、見つかる距離だろう。
木々に身を滑り込ませ、隠れる。
呼吸を整える。
多くの足音が聞こえ始め、何かを話す声も届いている。
ようやく、力を抜く。
背中を木に預ける。
頭の中を整理する。
ロシアや中国が存在しているようだ。
ニュージャパン。
アメリカ本土。
ワシントン。
文化保護区。
未来といえどもそんなに先ではないのかもしれない。
日本は、どうなったのだろうか。ニュージャパンということは日本という名前は変更になったのか、それとものここの場所がそういう体験施設名の可能性もある。
生きていた時にはそんな名前の観光施設は聞いた記憶がないが。
まだ断定するには早い。
情報が足りない。
腹が鳴る。
現実に引き戻される。
村に行くか。
待つか。
夜を待つか。
別の入口を探すか。
焦るな。
現場で何度も自分に言い聞かせてきた言葉が、自然と浮かぶ。
まずは、情報だ。
動くのは、それからでいい。
完全に日が落ちるまで、動かなかった。もしかしたら、動けなかったのかもしれない。昼間の情報の整理に幾多の可能性から判断しかねていた。
周囲の森の中は、夕方と夜の境界が曖昧だ。すでに光は消え、輪郭だけが残る世界になっている。ゆっくりと立ち上がり、行動を開始する。
腹は減っている。だが、それ以上に――情報が欲しい。
木々の間を縫うように進む。
足元を確認しながら、一歩ずつ。
やがて、昼間に見たアーチが輪郭だけを残している。
その先のドームの中は真っ暗でその先にある道路には明かりが灯っている。
わずかに青みがかった白い光。LEDか。
思考が、勝手に仕事に切り替わる。
電源がある。発電か、蓄電か、外部供給か。
だが――。
ここに来るまで、一度も送電線を見ていない。
鉄塔もなければ、電柱すらない。
ありえない。現代において、このような山の中は大抵道沿いに電柱で送電するか。または、鉄塔を建てて、そこから送電するはずだ。
慎重に光の方向へ近づく。
木の陰から覗き込む。ドームの隣の建物も明かりはない。観光客とともに職員も帰ったのだろうか。さすがにそのままドームを突っ切って道路に出るには勇気がない。
アーチの足元へ向かう。そこにあったのは――フェンスだった。
高い。見上げると、五メートルはあるだろうか。
金属製。
編み込みではなく、板状を並べた形だが、人が通れる隙間はない。
登るための「引っかかり」が、ほとんどない。
「……無理だな」
小さく呟く。
仮に登れても、降りられない。無理をする必要はない。
まずはフェンスの外側から内側を観察するとしよう。幸いこちら側は暗闇となっており、向こうからは見えづらいだろう。
見たところ、フェンスの内側には、道がある。そして、道路の上には明かりがついている。
整備された舗装。
そして、一定間隔で立つ照明。
光源はやはりLEDに見える。
地中埋設か。だとすると――相当しっかりした設備だ。
簡易的な施設ではない。
フェンスに沿って歩く。
足音を消しながら、ゆっくりと。
一定のリズムで続く支柱。新しい。いや、手入れがされている。
管理されている場所だ。
道路の向こうには建物があり、時折、大きな道路とT字路になっている。
二つめのT字を過ぎたあたりで、目の前にまた、フェンスが現れた。ここまで緩やかなカーブが続いていた。
しかし、一周できる構造ではないようだ。ここまで大体15分程度というところか。
フェンスの反対側には接合する、より大きな道路となっており、こちらの方向に1レーンが伸びており、もと来たフェンスの方に行けるようになっていた。
大きな道路はそのままカーブして、反れていく方向のようだ。ここは高速道路でいうサービスエリアみたいな形なのだろう。観光客が鹿狩りを楽しむということは都市から離れた、保養所のような可能性もある。
来た道をそのまま引き返す。やはり、15分ほどで先ほどのアーチの足元へ戻ってきた。
今度はアーチの反対側へ回り、体験施設らしい建物を通りすぎる。もちろん、アーチの先からは先ほどのフェンスである。
見える範囲には先ほどと同様に道路が続いている。想像するにこの場所は円に近い形で、その外周をフェンス、そして、道路があり、その内側に建物がある。高い建物は中心の方に少しあるが、お城のような建物や大きな瓦屋根の建物が見える。
しばらくは緩いカーブのフェンスに沿って歩く。
遠くから、人の声と思しきものが聞こえてきた。
耳を澄ますと笑い声のようだ。
英語か。
断片的に聞き取れる。
昼間の観光客か。それともここの住人だろうか。
だが、それに混じって――、日本語も聞こえる。
ただし、どこかイントネーションが違う気がする。
耳に残る違和感。
言葉は通じる可能性が高そうだが、同じではない。
さらに進む。
木々の切れ間から、フェンス越しに建物が見える。
瓦屋根。そして木材をふんだんに使い、引き戸が窓の位置にあり、引けば縁側があるのだろうか。それにしても新しい様子が見て取れる。
木材の色も揃っている。工業化が進んでいるのか。3Dプリンタで作成した家ではなさそうだ。
いうなれば、イメージにある明治から昭和初期の「日本家屋」が再現されているといったところだろうか。「トトロ」の家より古い感じの平屋が。
そんな印象だった。
やがて――またフェンスに行き当たる。
先ほどの大きな道路の反対側に出たようだ。
「……囲ってるな」
呟く。
見える範囲にフェンスがあることから、ここから出さないようにしているのか、それとも入れないようにしているのか。どのみち管理されていることだけは確かなようだ。
一度、来た道を戻る。ここからでは中に入れる場所もない。
半周程度歩いただろうか。先ほどとは比べ物にならないほど歩いた。
アーチから15分程度。反対側に見えているということは。
1時間程度と考えれば、単純に1分間に100メートル歩いたと仮定して、最初は1,5キロ。さすがに木々の間をゆっくりだから引いても1キロといったところか。
反対側に歩いた時間が1時間程度で5キロとすれば。円周で6キロ程度。
直径2キロくらいの円形で接線として大きな道路がある。そしてアーチはかなり、入り口に近い方にあるというわけだ。
頭の中にざっと図面を引く。職業病か。
これから夜も深まってくる、無理する必要はない。
まずは、アーチのところまで戻り、明日の朝を待つとするか。
戻る途中――
例の日本家屋がまた見えてきた。この家は庭が道路に面しており、簡易な柵のためよく見えるが、ここ以外は普通にコンクリート造りの日本の家が多い。他にはちらほら、西洋風というべきだろうか。「フルハウス」に出てきそうな家もある。
さらに進むとまだ、先ほどの人々が話している声が聞こえる。
先ほどと同様に木々に隠れつつ、通り過ぎる。
やはり聞こえてくるのは、英語と日本語があるが、話している人々はそれぞれの言語をそのまま話している印象がある。
英語をもっと勉強していればと思うが、工業高校を選択した時点で、致し方なし。
アーチのところまで戻ってきた。
今日はこのくらいにして、明日また町の中を探ってみるとしよう。
さすがに、もう隠れてばかりでは得られる情報はないだろう。




