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第四話 世界が動き出す朝

 目が覚めた瞬間、

 黒崎 創は、自分がよく眠ったことを理解した。


 夢を見なかった。

 途中で目も覚まさなかった。


 体が、軽い。


 ――珍しいな。


 そう思う。


 昨日は、世界が壊れ始めた日だったはずだ。

 スマートフォンには、今も通知が溜まっている。


 それでも、

 寝ると決めたら、ちゃんと寝た。


 MMO廃人だった頃からの癖だ。


 サービス開始前日は、

 できるだけ体を休める。


 徹夜したところで、

 スタートダッシュが早くなるわけじゃない。


 むしろ、判断が鈍る。


 黒崎は、天井を見上げたまま、

 ゆっくりと息を吐いた。


 頭は冴えている。


 焦りはない。

 不安も、意外なほど少ない。


 起き上がり、

 スマートフォンを手に取る。


 ロック画面が、通知で埋まっていた。


 ニュース。

 速報。

 動画。


 どれも、似たような内容だ。


「各地で確認されている原因不明の空間異常」

「専門機関が調査中」

「不用意に近づかないでください」


 映像には、

 人だかりのできた交差点。

 スマートフォンを向ける群衆。

 遠巻きに立つ人影。


 黒崎は、途中で画面を伏せた。


 もう十分だ。


 見つかった亀裂は、

 すでに“管理される側”に回っている。


 それが何を意味するかは、

 説明されなくても分かる。


 MMOでも同じだ。


 人が集まり、

 情報が共有され、

 動画が上がる。


 そうなった瞬間、

 そこはもう「最初の場所」ではない。


 黒崎は、布団を抜け出し、

 ゆっくりと体を動かす。


 シャワーを浴び、

 簡単に身支度を整える。


 派手な服は着ない。

 動きやすく、目立たないもの。


 リュックを手に取り、

 中身を確認する。


 水。

 軽食。

 モバイルバッテリー。


 過剰ではない。

 だが、不足もしない。


 玄関で靴を履き、

 最後にもう一度、時間を見る。


 解放まで、

 まだ余裕がある。


 黒崎は、外に出た。


 街は、いつもと同じだった。


 通勤する人。

 走る車。

 開いている店。


 だが、

 空気だけが、どこか違う。


 誰もが、

 何かを待っている。


 黒崎は、人の流れに逆らわない。


 急がない。

 立ち止まらない。


 目的地は、

 昨夜と同じ場所だ。


 住宅街の外れ。

 使われていない倉庫の裏。


 人の気配はない。


 当然だ。


 ここは、

 わざわざ来ようと思わなければ、

 通らない場所だ。


 黒崎は、少し離れた位置で足を止めた。


 近づかない。

 触れない。


 ただ、

 そこにある“空間”を視界に収める。


 昨夜と同じ。


 何も起きていない。


 侵入不可。

 拒絶されたまま。


 それでいい。


 黒崎は、壁にもたれ、

 腕を組んだ。


 待つ。


 この時間に、

 できることはもうない。


 世界は、すでに配置を終えている。


 人が集まる場所。

 管理される異常。

 封鎖されていく亀裂。


 そして、

 まだ誰にも触れられていない場所。


 その差は、

 あとから埋まらない。


 時間を確認する。


 残り、三十秒。


 心拍は、安定している。


 ここに立てている時点で、

 もう遅れてはいない。


 00:00:10

 00:00:09


 数字が、静かに減っていく。


 00:00:03

 00:00:02

 00:00:01

 00:00:00


 空気が、変わった。


 裂ける、というほど派手ではない。

 ただ、そこだけ、

 空間の重さが消える。


 昨日まで拒まれていた場所に、

 道が生まれる。


【侵入可能】


 黒崎は、すぐには動かなかった。


 一歩踏み出せば、

 戻れない。


 それは、分かる。


 だが――


 今は、

 歩みを止めるべき瞬間ではない。


 なぜそう思ったのかは分からない。


 理由もない。

 説明もできない。


 ただ、

 そうした方がいい気がした。


 黒崎は、一歩踏み出した。


 足先が、空間に触れる。


 抵抗はない。

 弾かれる感触もない。


 だが、踏み込んだ瞬間、

 感覚がずれた。


 体の内側だけが、

 一瞬、置き去りになる。


 音が遠のき、

 視界が暗転する。


 すぐに、戻る。


 景色が変わっていた。


 倉庫はない。

 フェンスもない。


 薄暗い空。

 霧に包まれた地面。


 黒崎は、反射的に振り返った。


 入口は、見えない。


 ――戻れない。


 視界に、表示が浮かぶ。


【エリア侵入:未登録領域】

【初期接続処理中】

【所属:――】

【RANK:F】


 少し遅れて、

 もう一行。


【侵入者:1】


 黒崎は、静かに息を吐いた。


 一人。


 思っていたより、

 ずっと重い言葉だった。


 偶然じゃない。


 見つかっていない。

 封鎖されていない。

 誰も来なかった。


 その積み重ねが、

 この結果を作っている。


 そして、

 ここに来て初めて、

 さっきの感覚が輪郭を持ち始める。


 ――ああ。


 今のは、

 ただの勘じゃない。


 黒崎は、前を向いた。


 世界は、説明をしない。


 だから、

 最初に踏み出した者の選択が、

 そのまま形になる。


 黒崎 創は、

 静かに歩き出した。


 世界が、

 再び始まった。

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