第二話 解放まで、残り23時間半
黒崎 創は、家を出なかった。
上着を羽織り、靴を履き、
玄関まで行って――そこで、立ち止まった。
外に出れば、
きっと何かがある。
ニュースで見た“亀裂”。
SNSに流れてくる断片的な映像。
だが、それだけだ。
どこにあるのか。
いくつあるのか。
どういう基準で出現しているのか。
何一つ、分かっていない。
この状態で外を歩くのは、
MMOで言えば――
マップも見ずに、街を飛び出す行為だった。
黒崎は、ドアノブから手を離した。
今やるべきことは、
探すことじゃない。
知ることだ。
スマートフォンを取り出し、
通知をすべて切る。
SNS。
動画サイト。
ニュースアプリ。
情報は、すでに溢れていた。
だが、そのほとんどが同じ内容だ。
「原因不明」
「調査中」
「詳細は不明」
黒崎は、映像だけを見る。
解説は聞かない。
推測も読まない。
ただ、映っている“背景”だけを拾っていく。
交差点。
住宅街。
郊外。
山間部。
場所は、ばらばらだ。
だが、
ある共通点があることに気づく。
――人の生活圏だ。
未開の山奥でも、
完全な無人地帯でもない。
人が通る場所。
だが、常に管理されているとは限らない場所。
黒崎は、指を止める。
次に見るのは、
コメント欄ではなく――投稿時間だ。
最初の映像。
次の映像。
さらに次。
ほぼ、同時刻。
世界各地で、
ほぼ同時に発生している。
――ランダムか?
いや、違う。
ランダムにしては、
条件が揃いすぎている。
黒崎は、息を吐いた。
ここで、視界の端に小さな表示が浮かぶ。
【通知】
侵入は許可されていません
解放まで 23:31:42
どの亀裂も、同じだ。
一斉解放。
だが、
そこで思考が止まらないのが、黒崎だった。
――解放されても、本当に入れるのか。
24時間後。
人は集まる。
事故が起きる。
混乱が起きる。
そして、必ず誰かが言う。
「危険です」
「近づかないでください」
「立ち入り禁止です」
それが正しいかどうかは、関係ない。
人が集まれば、封鎖される。
それが、現実だ。
警察。
自治体。
民間警備。
場所によっては、
企業や地主が先に動く。
そうなった時、
“解放された亀裂”の前に立てるのは、誰だ。
最前列か。
規制線の外か。
それとも、ただの野次馬か。
黒崎は、無意識に舌打ちしそうになる。
――入る準備だけじゃ、足りない。
必要なのは、
入れる位置に立つ準備だ。
その瞬間、
胸の奥が、わずかに鳴った。
アーリーセンス。
派手な警告はない。
だが、確信だけがある。
人が集まる場所は、捨てろ。
有名になる場所。
分かりやすい場所。
ニュース映えする場所。
そういう亀裂は、
真っ先に囲われる。
狙うべきは、逆だ。
住宅地。
私有地。
管理の曖昧な境界。
「封鎖する理由はあるが、
優先順位が低い場所」。
MMOで言えば、
誰も話題にしない裏ルート。
マップの端。
地味な分岐。
だが、
最初に通れた者だけが知る場所。
黒崎は、ようやく立ち上がった。
外に出るためじゃない。
準備を始めるためだ。
水。
電源。
現金。
動きやすい服。
それらを、
「探索装備」ではなく、
初動資源として揃えていく。
この24時間は、
探索時間じゃない。
位置取りの時間だ。
時計を見る。
解放まで、
残り23時間半。
亀裂は、開く。
だが――
世界は、同時に閉じ始める。
黒崎 創は、
その事実だけを、
静かに胸に刻んだ。




