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プロローグ ――世界が、何度も始まっていた頃

 かつて、世界は何度でも始まっていた。


 黒崎 創が、MMOに人生を預けていた時代の話だ。


 正式サービス開始。

 その告知は、単なる新作情報ではなかった。


 新しい世界が生まれる。

 新しい法則が敷かれる。

 そして、そこでは――

 誰もが等しく、無知だった。


 それが、たまらなく好きだった。


 開始時刻の何時間も前から、黒崎はPCの前に座る。

 公式サイトを開き、時計を見る。

 フォーラムを眺め、同じように待っている名前も知らない誰かの書き込みを読む。


 回線が落ちるかもしれない。

 サーバーが死ぬかもしれない。

 ログインできないかもしれない。


 それでも、離れなかった。


 世界が始まる瞬間を、

 見逃したくなかったからだ。


 カウントダウンがゼロになる。


 エラー。

 接続失敗。

 再接続。


 指はもう、迷わない。

 何度も経験してきた動きだった。


 ようやくログインできた時、

 街はすでに人で溢れている。


 キャラクターが重なり合い、

 チャットログが流れ続け、

 誰もが同じ場所で立ち尽くしている。


 だが、そこに秩序はない。


 指示もない。

 答えもない。


 あるのは、

 「まだ誰も分かっていない」という事実だけだ。


 黒崎は、そこに深く息を吸い込んだ。


 この時間だけは、

 誰の背中も追わなくていい。


 ステータスを開く。

 初期スキルの説明文を読む。


 強いかどうか。

 派手かどうか。


 そんな基準は、最初から捨てていた。


 ――後から、取り返せるか。


 それだけを見る。


 あとで振り直せるスキル。

 やり直せる成長。

 いくらでも追いつける選択。


 そういうものを、最初に切り捨てる。


 逆に、

 一度逃したら、

 二度と触れられない分岐だけを拾う。


 黒崎は、街を出る。


 人の流れに逆らうわけでもない。

 ただ、そこから静かに外れる。


 誰も選ばない道。

 誰も話題にしない方向。


 敵は弱い。

 経験値も、正直うまくない。


 だが、奪われない。

 割り込まれない。


 時間だけが、

 確実に自分のものになる。


 数時間後、

 黒崎は“違和感”に辿り着く。


 ここには、何かがある。


 それが何かは、まだ分からない。

 だが、確信だけはあった。


 翌日。

 誰かが、初めてそれを倒す。


 数日後。

 動画が上がる。


 数週間後。

 そこは“有名な狩場”になる。


 気づけば、人が集まっていた。


「そっちが当たりだったのか」

「最初から行ってたの?」


 聞かれることが増える。


 黒崎は、あまり答えなかった。


 答えたところで、

 もう、その世界は同じではない。


 最初に動いた者と、

 様子を見た者。


 その差は、

 時間が経つほど、

 取り返しがつかなくなる。


 追いつけると思っていた連中が、

 ある日を境に、ログインしなくなる。


 昨日まで一緒に狩っていた名前が、

 二度と光らなくなる。


 黒崎は、それを何度も見てきた。


 悪意はなかった。

 蹴落とした感覚もない。


 ただ、

 最初に動いただけだ。


 そうして人が集まり、

 ギルドが生まれる。


 誰がリーダーだと決めたわけでもない。

 誰が命令したわけでもない。


 最前線は、

 自然と固定される。


 黒崎は、いつもそこにいた。


 勝ち続けた。

 走り続けた。


 だが、世界はやがて完成する。


 攻略が整い、

 効率が共有され、

 動画とWikiが埋まる。


 世界は、動かなくなる。


 走る理由が、なくなる。


 そして、告知が出る。


 ――サービス終了のお知らせ。


 黒崎は、驚かなかった。


 次があると、

 ずっと思っていたからだ。


 また別の世界へ。

 また最初から。

 また走る。


 それを、何度も繰り返した。


 だが、ある時から、

 少しずつ風向きが変わる。


 新作の数が、減った。

 開始直後の街が、埋まらなくなった。


 走っても、

 背中に人が集まらない。


 世界が完成する前に、

 人がいなくなる。


 告知は、

 いつの間にか、

 ひっそりと出されるようになった。


 そして、

 気づいた時には、

 走る世界そのものが、なくなっていた。


 仕事をして、

 飯を食って、

 惰性でゲームを起動する。


 勝ち方は、

 まだ体が覚えている。


 だが、

 使う場所がない。


 かつて、

 世界は何度も始まっていた。


 今は、

 終わるだけだ。


 胸の奥に残ったのは、

 熱ではなかった。


 誇りでもなかった。


 ただ、

 何かを走り切ってしまった後の、

 どうしようもない空白だけだった。


 黒崎 創は、

 その空白を抱えたまま、

 現実を生きることになった。


 ――もう、

 始まる世界がないまま。

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