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銀の斧

作者: 綴 詠士

 銀の斧は美しかった。それは武器というより芸術品のようだった。

 本来それは切るものであり、使うものだ。

 けれど屋敷に飾ってあった銀の斧を、私は美しいと思っていた。ずっと。


 私は鍛冶屋の見習いだった。

 ただの見習いだ。どこにでもいる見習い。そこらの石ころのようにいくらでもいる存在。

 

 そんな私はここの鍛冶屋で働いている。

 

 それはこの鍛冶屋で作られた銀の斧に魅了されたからだ。

 

 だから家を飛び出して、ここに来た。

 

 それなのに、ここではずーーっと見習いのままだ。

 

 本当に見習いのまま何もやらせてもらえない。

 見習いのままでは鍛冶屋として空の上の高見にはたどり着けず、ただ地べたを這いずって生きるだけということだ。


「親方。どうして私に鉄を打たせてくれないのですか?」


 いい加減イライラしてきて、私は親方に直談判した。

 

 親方は大きな体でいつも半そでのシャツを着て、黒いズボンを履いている。髪も髭も全く気にしていないせいで、人の身体に毛玉が乗っかっているような見た目になっている。

 親方はいつもの少し見下したような顔で言う。


「お前が鉄を打ちたい? お前のようなひょろひょろした女に鉄なんて打てるわけねえだろ」


「打てますよ! 親方はそうやってすぐに決めつけるんだから!」


「うるせえ! 気に入らなければ自分の家に戻って結婚でもして、ぬくぬく暮らしてればいいだろ、貴族の嬢ちゃんがよ!」


「はあ!?」


 私が睨むが、親方は舌打ちすると鉄を打ち始める。


 親方の太い腕でハンマーをおろし、鉄を打つ。星のような火花が飛び散り、熱された鉄が粘土のように変形する。

 鍛冶場は溶岩の中のような暑さだが、そんなの忘れてしまう。

 作業に打ち込むときの親方はとても真剣で、親方以外がこの火事場にいるのが場違いなように感じられるほどだ。

 

(本当、腕はいいくせに性格は最悪すぎる。なんでこの人があんな素晴らしい斧を作れたのか理解に苦しむわ)


 私は見返してやろうと思い、隠れて自分で打ち始めた。


 親方が外に出ているうちに、自分の作品を作る。


 何も作り方は教わっていないが、親方の仕事は散々見てきた。だから私にもできるはず。銀の斧みたいな作品を作るんだ。


 鉄を熱し、必死にハンマーを振り下ろす。重い、熱い。何度も振って、手がしびれてくる。熱された鉄を触って火傷するし、打っても打っても、鉄は思った形にならない。


「……私、本当に才能ないの?」


 誰もいない鍛冶場で呟く。


 だけど銀の斧が頭に思い浮かんでくる。

 

「諦めるな。私」


 私は打ち続けた。


 ***


 翌日。


 作った斧を親方に見せる。


「親方! どうですかこれは!」


「……なんだそれは? まさかお前が打ったとかいうんじゃねえだろうな」


「私が打ちました! どうです! 見てくださいよ!」


「勝手なことするんじゃねえ!」

 

 怒りながらも、親方は私の手から斧を受け取った。


 あれ?


 親方は私の斧をじろじろと見つめている。

 想像していたよりしっかり見られていて、私は目が点になる。


「なまくらだな」


「はあ!?」


「うるせえ。なまくらだって言ってるんだよ。あと、勝手に打つんじゃねえ! お前は貴族の娘なんだよ! 才能なんてねえ! 家に帰れ!」


「……。嫌です! 絶対に残ります!!!」


 私はそう叫ぶと、親方は我慢できなくなったのか、火事場を出て行った。


 ***


 俺は鍛冶場を出ると友人の家に向かった。

 

 教会にある彫刻みたいな、すかした屋敷に行くと、中に案内される。


 綺麗に整えらえた一室には見慣れた貴族がいた。長い付き合いの友人にして、あのはねっかえり娘の父だ。


「娘はどうだ?」


「全然いうこと聞かねえ。何度も家に戻れって言ってるのに、残るって言って聞きもしねえ」


「そうか……。あのおてんば娘め。すまんが暫くの間たのむ。どうせいつか飽きるはずだ」


「分かってるけどよ。あいつ本気かもしれないぞ?」


「今だけさ。いずれ戻ってくるに決まってる」


 友人がぶつぶつ言う。

 この間もこのままだと婚約がとか、教育がとか延々と聞かされたんだが、今日もひたすら娘の話ばかりだな。


「じゃあお前が無理やり連れて帰ればいいだろうが。なんで俺が言わなきゃならん」


「あの子は私の言うことを聞くような子じゃない。……それに無理やり連れ帰って嫌われたらどうする!」


「……それならアイツは当分戻らんだろうな」


 俺は今度のことを想像して、ため息をついた。


 ***


 一月後。


「親方! できましたよ!」


「また作ったのか!! 勝手に作るなって言ってんだろうが!」


 また勝手な真似を。


 仕方ないのでその斧を見てやる。


「……」


 それは以前作った斧に似ていた。

 俺が作った最高傑作の斧だ。長年の付き合いの結婚祝いにあげたもの。

 それにただの偽物のなまくらじゃない。しっかりと打ち込まれている。いつの間にこんな物を。


「……どうですか!?」


 貴族の娘が俺のことを期待した目でじっと見てくる。


「……うるせえ! まだ全然だめだ! こんな物を自慢してくるんじゃねえ!」


「ええ!? 自信作なのに!」


 貴族の娘は衝撃を受けているようだった。


 ……こいつ、筋は良いんだがなぁ。


 ***


 絶対に作るんだ、私の作品を。


 いつか銀の斧みたいな作品ができるまで、私は努力し続ける。









 

 

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