上中下の中
彼は誰にも言っていないのだが、幼い頃から他人と違うことが一つあった。
幼い頃から道に、ぽつんぽつんとティッシュペーパーのような白く開いた花を見るのだ。
幼い頃はなんとも思わずただティッシュペーパーが落ちていると思っていたし、手で触ってみて(花なのか)とだけ思っていたが、ずいぶん経ってその花が他の誰にも見えていないことに気がついて、不思議に思ったものだった。
花を摘むと他人にも見えるようになるのだ。
大事な友達二人に一度だけ摘んだ花を見せ、さっきはここに何も無かっただろうと見せたことがあるが、興味がない反応が返ってきただけだった。
それ以降誰にも花のことを言わなくなったのだが、もう一つ、その花が食べられることも誰にも言っていない。
とてもお腹がすいてどうしようもなくなったとき、試しに花の先端を囓ってみたら、サクッとした感触で口の中に心地よさが広がった。
体に異常も起こらなさそうなのでもっと口に入れてみたら、ティッシュペーパーのような見かけなのにウエハースのような感触で、淡く控えめな甘い味がした。
美味しくて全部食べたが体調が悪くなることはない。
それから注意して花を見るようにしていたら、この花は一日に二回は見つかる。
見つかる場所は一定ではない。というか地面の上に生えているとは限らず、塀の上とか看板の上とか、花にしては絶対におかしいだろという場所で見つかることが多い。
しかし食べられることが解ってから考えると、誰にも踏まれたことがないだろうし、犬におしっこをかけられることもなさそうな場所ばかりなので、衛生に問題がないと思える。逆にこの花は、水で洗うと溶けて崩れてダメになってしまうし、母親に持っていこうと持ち歩いたら数分で変色して乾いて砕けてしまった。
なかなか難しい花のようだ。
この花を食べるようになってから、彼は簡単な病気は一切罹らなくなったような気がし、スポーツ万能とまではいかないが、基本的な体力が向上したような気がする。だから今、隣町まで歩いて仕事を探しに行けるようになっているのかもしれない。
その日、彼は早い時間に仕事を終え、まだ明るいうちに帰ってきた。
町に戻りコンビニの前を通ったとき、電信柱に花が咲いているのを見つけたので、食べようと毟った。すると
「おっちゃん」と呼びかけられた。
「おっちゃん、なんか食べ物くれん?」
小さな女の子だ。
見覚えのない顔だ。町は小さいから、だいたいみんな顔見知りだ。
「見ない顔だな。外から来たのか」
「お父ちゃんから夏休みはここにいろって、じいちゃんの家に連れてこられた」
「そうか」
「おっちゃん、それなに?」花に興味を持ったらしい。
ちょっと考える。じいちゃんの家にって、父親はこの町の出身か。着ている服もこの町にしっくりしているしょぼくれた服だ。町の住民と見なしても構わないだろう。
花びらを一枚ちぎって、女の子に渡す。
「食べてみ」
言いながら、もう一枚ちぎって自分の口に入れる。
彼が食べるのを見て女の子も花びらを口に入れてみる。
「わぁ!美味しい!この花、美味しいね!」
笑顔の女の子を見て、そういえば誰かにこの花をあげるのはこれが初めてなのかと思い出す。
「この花はな、食べられるって誰も知らないんだ。お前も誰にも言うなよ」
「うん!」
お互い名前を名乗り、コンビニに入ってアイスを買ってやる。それで終わりかと思ったら
「おっちゃん、どっか遊ぶ場所教えて」
終わらないようだ。
「それならお前のじいちゃんに許しをもらわんといかん。今の時代、小さい子供を連れ回したら、お巡りに捕まってしまう。家はどこだ」
首をかしげておじいさんの名前を言う。
「おぉ、あの人か、解った解った」
働き者の大工さんだ。腕がよくて都会の工務店からも仕事を頼まれる人だ。あの人に孫がいたのか。
お互い自分のことを話ながら家に行く。着いて呼び鈴をならすとばあさんもいて、彼が来たことに驚きながらも歓迎して家に上げてくれる。
「コンビニでこの子に会ってさ、どっか連れてってくれっていわれて、構わないですか?」
「おー、そうしてくれるかい、お願いするよ。俺は仕事があるし、ばあさんはこの暑さで外に出られなくてな、お前だったら安心してお願い出来るよ」
飲みものをご馳走になって女の子と目を合わせる。
明日から、といっても、彼も明日は仕事で、早めに帰ったとしても帰る時間は今日と変わらない。ならば今日からこの町を案内するか。
海町で港というか船着き場もあるのだが、砂浜が広がっていたり、丘があったり、ちょっとした山に森と神社があってと、見所は結構あるのだ。観光客を呼べるほどの華やかさはないが、居場所は豊富なのだ。
外に出て大きな通りをぐるっと周り、こっち側には海、こっち側には山と概略を教える。細かい遊び場所は、明日以降だ。
家に帰って母親に女の子のことを言う。間違って警察に捕まって、それから母親の耳に入るより今言うほうがいいだろう。
「お前も早くお嫁さんもらって、子供ができたらいいね」
邪気のない母親の言葉である。




