第7話 『来たるSPRING』
ランニングの休憩中に突然現れた幼馴染、優斗に俺はこの数日間の事を話した。
違うバスに乗ろうとしていたフローラフレイア姉妹を引き留めた所から、同居生活を開始してさっき起きた伊城山饅頭どっちが好きか対決までの三日間を……全部。
それを隣で聞いていた優斗は、胸の前で腕を組みながら大きく頷いた。
「そうか、来たんだな。直嗣……春が、お前にも……そう……SPRINGがっ!!」
「いや、春はもう来てるけど……」
「その春じゃないっ! 概念の春っ! だっ!」
わざわざ立ち上がって振り返りながら大声を出すイケメンは、テンションがこれでもかというぐらいに振り切れている。
リアクションと声の大きさなら本場の海外でも通用しそうだ。
「良いかよく聞け直嗣。今のお前が置かれている状況は言ってしまえば漫画やアニメはたまたラノベよりも希少な思春期男子が憧れる妄想そのものだということをっ!」
「人が困ってる状況をお前、妄想って……」
「シャラップ! ホームステイに美人双子姉妹がやってきて、献身的にお世話してくる甘えん坊なお姉ちゃんと真面目だけど無防備すぎる悪戯な妹の組み合わせとか、組み合わせとかなぁぁぁ……!!」
握った拳を顔の前で震わせるイケメンは、そのイケメンが台無しになるぐらい眉間にしわを寄せていた。
優斗とは一応幼馴染だから長い付き合いだけど、嫌な新しい一面を見た気がする。
知り合いじゃなければ、普通に怖いもん。
「……まあそれでも、お前の気持ちは分からんでも無いぞマイフレンド」
「……お前の感情の起伏どうなってんの?」
「無償の愛ほど怖いものはない……俺もファンレターに入ってたカラオケの優待券を使ったら、ファンレターをくれたのがそこの店員で、最初から仕組まれていてな、俺だけの部屋に単身で乗り込まれたことがある……」
普通に怖い幼馴染から、普通に怖いエピソードが飛び出してきた。
ファンレター貰ってるとか前半の内容が気にならなくなるぐらい生々しい怖さだ。
「しかし直嗣。お前の場合はこれからも共に住む相手であり、短時間と言えど好印象を抱きながら過ごしてきたのだろう?」
「まあ、そうだけど……」
その前の恐怖体験が気になるけど、今の本題は俺の方だ。
内容はどうであれ自分の経験を糧にしてアドバイスをくれるのは、凄く頼りになるしありがたかった。
「なら聞けばいい。どうして自分にここまで好意的にしてくれるのかを……双子姉妹でそっくりだけど、ほくろの位置まで同じなのかうぉっ!!」」
「それ聞いちゃ駄目だろ!?」
どさくさに紛れて俺を変態に仕立て上げようとしてないかコイツ!?
「ふっ……元気になったじゃないか、直嗣」
「……え?」
つい声を荒げる俺に、優斗は口元を緩めて笑う。
イケメンどうこうを抜きにしても、優しさを感じる温かな笑みだった。
「喉から手が出るぐらい羨ましい状況なのに何を気に病んでいるのか、話せば話すほどお前のテンションが下がっていったからな。俺に女子との交友関係が無ければきっと、俺は一発お前をぶん殴っていた筈だ……いややっぱり羨ましいから殴らせろ」
「嫌だけど!?」
心配してくれていたのに急に真顔になって腕をブンブンと振り回す姿は恐怖そのものだった。
このイケメンは、自分の好感度が上がりそうになったら下げなければいけない呪いにでもかかっているのだろうか。
……でも、話を聞いてもらって、話をしてくれたから。
かなり気持ちが、楽になったんだ。
「……ありがとな、優斗」
「気にするな。恋の気配がある所に俺、ありだ」
腰に手を当ててドヤ顔をしてくる。
「そう、俺はラブハンター……ん?」
そしてまた、優斗が変な事を言おうとした時だった。
休日の公園で、俺たちの間で、スマホの着信音が鳴り響いていく。
それは優斗が着ていた、学校指定のジャージのポケットから鳴っていたんだ。
優斗はドヤ顔を決めながらスマホの通話ボタンを無駄にスタイリッシュに押してから耳に当てて。
「……もしもしこちら、さすらいのラブハン――」
『優斗ぉっ!! あんた練習サボって今どこにいるのよ!?』
次の瞬間、優斗の顔が歪むレベルの音量で怒号が聞こえてきた。
「す、すみれっ!? お前今、練習中の筈じゃ……」
『それはあんたもでしょうが! もう全員今日のメニュー終わらせてるよ!」
「だ、だが俺には愛の風が」
『来るの!? 来ないの!?』
「……今から行きます」
『よろしい。……待ってるからね!』
通話が切れたスマホをポケットにしまった優斗は、一度大きく深呼吸をする。
冷静を保っているようで、額からは冷や汗が流れていた。
「……急用が、出来た」
「……みたいだな」
いつもの練習だろ、とは言わなかった。
すまし顔の奥に、焦りと哀愁を感じたからだ。
「……良い結果報告を期待しているぞ、直嗣」
「……優斗も、これ以上怒られないと良いな」
「そう、だな……行ってくるぞ、友よーっ!」
「ああ、ありがとな……って、もういないし」
男同士、お互いの健闘を祈りあう。
優斗は全力ダッシュで走り去っていった。
最初から最後まで、台風のような男だった
「……俺も、帰ろう」
そして俺も、立ち上がる。
頼れる幼馴染に、背中を押されたから。
帰って、ちゃんと話して、そして聞こう。
隠し事は……なるべく無しで。
これからも一緒に暮らす、フローラとフレイアの双子姉妹に――。
◆
――みたいな感じで、気持ち良く話が進んでいけば良かった。
「フローラ、それとレイアも。ちょっと話があるん、だけ……ど……」
「…………」
「…………」
家に帰った俺は廊下を抜けて階段を上り、自分の部屋の隣に新しく作られた双子姉妹の部屋の、扉を開ける。
すると、何という事だろうか。
二人は、着替えてる真っ最中じゃありませんか。
フローラは着ていたワンピースタイプの部屋着を脱ごうと、足から首元までめくりあげていて、スタイルの良い身体がほとんど露わになっている。
フレイアは履いていた灰色のパンツを下ろそうとして前かがみになっていて、ギリギリ危ない部分が見えないだけで、ほとんど全裸みたいなものだった。
刹那の瞬間、俺に見えたのは。
フローラは胸の谷間にほくろがあって。
フレイアはふとももの内側にほくろがあった。
――ほくろの場所、分かったじゃないか。
そう言って笑うイケメンの顔が、一瞬だけフラッシュバックして。
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!??』
双子の悲鳴が綺麗にハモって、部屋中に、いや家中に響き渡ったんだ。