003 『胎動』
序楽章はまじですぐ終わります。
翡翠色の瞳が私を見つめている。
私は彼に見惚れていた。いや興奮していた。正確には彼が起こした事象にだ。
(あれ魔法だよね!?どうみても普通の現象じゃない!魔法があるってことは異世界!?いや流石に早計か。だけど魔法とは違うものだとしても私はあれについてとてもとてもとてもとっても知りたいぃぃ!)
――――落ち着け深呼吸だ私
興奮で息が荒くなっているのをなんとか押さえつけ、空気を深く吸うことで心を落ち着かせる
茶髪に翡翠色の瞳、そして童顔よりのその顔。まるで恋愛物の王子様にでもなれそうな容姿である。
なお、返り血で完全にアレな感じになっているのは全力で目を瞑るものとする。
―――――名前が聞けるまで仮称イケメン君と呼ぼう
そう現実逃避する私。
取り敢えず何か返事を返そうとするが、何も言葉が浮かばない。
(あれ?私ってもしかかしてコミュ力ない?)
心の中で愕然とする私。
学院生時代、碌に同級生と話すこともせず研究に明け暮れた日々を思い出してみると。どう頑張っても初対面の人間相手に話せるとは思えない。
なお本人は気づいてないが、実験中は恍惚とした笑みを浮かべながら独り言を垂れ流していたりする。そしてそれを見られ距離を取られていたりもする。なんとも悲しい現実である。
閑話休題。
取り合えずまずはお礼を口にするべく口を開く。
「あの、ありがとうございめぇ」
(噛んだ!?というか痛い!!)
先ほどまで走りながら独り言を垂れ流していた人物とは思えない噛み具合を見せるアリス。
「っ!あはははは!」
アリスの様子が面白かったのか、大声で笑い始める仮称イケメン君。スッと目の光がフェードアウトしていくアリス。
アリスは彼と自分の羞恥を全て見ないことにしたのだった。つまり更なる思考放棄である。彼女の思考はいつ帰ってくるのであろうか。
思考放棄に陥ったアリスは自分の聞きたいことを聞くことにした。
「――――先ほどは助けてくれてありがとうございました」
「はははっ!……ああうん、いいよいいよそんなかしこまらなくて」
「じゃあやめるよ」
「自分で言ってなんだけど躊躇がないな!?」
「そんなことはどうでもいいのだよ少年。それより質問させて!」
「そんなことって……」
完全に無敵な人状態になったアリス。困惑する彼を置き去りにし、アリスは質問を続ける。
「私が聞きたいのはさっきのあれについて」
「あれ?ここに転がっている魔物のことかな?」
「それも気になるけど私が言ってるのは、剣に光が……」
「魔術のこと?」
アリスの目が爛々と輝き始める。
「そうそれ。魔術について教えてほしい。魔術の原理とか魔力があるのかとか魔術はどうやって使うのかとかそれはどこで覚えられるのかとか。あと研究できる場所があるのかとか。ああこの場所がどこかも教えてほしいしさっきの魔物ってやつについても教えてほしい。というか教えて!!」
「ちょっと落ち着こうか」
怒涛の勢いにより圧倒されながらも、仮称イケメン君は未だ興奮収まらないアリスをどうどうと窘める。完全に子供である。
少しアリスが落ち着いてきた頃を見計らって、仮称イケメン君は再び口を開く。
「今すぐ答えてあげたいんだけど、ちょっと今は忙しくてね」
「……?もしかしてさっきの魔物が関係してたり?」
「察しがいいね。軽く今の街の状況を伝えるから。よく聞いて」
そう言って彼が話した内容は、興味深いものばかりだった。
曰く、この国は今戦争の真っただ中とのこと。
曰く、戦っている国の名は「魔国」。魔王が支配し、魔に属する者達が住む国だと。
曰く、その魔に属する者達が、ここ王都を襲撃してきたのだと。
「本来この区画の防衛は第一持ちなんだけどね……今は非常事態ってことで。僕たちも出張ってるんだ」
「なるほど。戦争中か……」
道理で街中が燃え上がっていても何もされていないわけだ。戦いの最中に消火活動なんてやっている場合ではないのは当たり前だね。
そう納得していると突然、彼の姿が掻き消えた。
「え」
「うーん可愛いかな」
突然脇に手を入れられ持ち上げられたかと思えば、サクっと膝の上に乗せられうりうりと頭を撫でられ始める。
「はッ、速すぎる……」
「これでも僕は「神速の脱兎」と言われてるのさ。まあ嘘だけど」
「嘘なのかよ!?」
身体能力の無駄遣い過ぎると心の中で呟きながらも大人しく置物と化すアリス。
暫くそうしていると、突然彼が撫でるのを止め、再び持ち上げられこちらへと向き直される。
「というか君、騎士団にこない?」
「へ?」
「君は見たところ孤児だし、このまま放置したら野垂れ死んでしまいそうだし、僕が保護したほうがいいかなって思ってね」
「私は孤児院とかに入れてくれれば文句は言わないよ?」
「それは無理かな。今回の騒ぎで孤児は大分増えるだろうし。僕が言うのもなんだけど、多分君には辛いと思う」
一息吐いた後、「あと」と続けて言葉が続けて発せられる。
「君、孤児院とか嫌ってるでしょ」
「何故分かった!?」
「孤児院って言った瞬間、苦虫を百匹くらい嚙み潰した顔をしてたよ」
それ量はもはやなんでも不味く感じるのでは?という考えが湧き上がるが、今は大事なこと言ってるので飲み込む。
「因みに君には辛いって言った理由だけど、財政的に魔術を覚えるのはむずか」
「入ります」
否が応もなく即断するアリスだった。
「決断早っ!親とかに聞かなくてもいいの?」
「家なら燃えてたので今頃灰になってるじゃない?」
「それは悪いことを聞いたね」
「いや私もう捨てられたし」
「より酷い展開だった!?やばい子拾っちゃったかもな~」
「本人の前で言うとか人の心ないのか貴様」
早くも若干の亀裂が生まれそうになりながら歩く、淡い青髪に黒目を持つ少女と茶髪に翡翠色の瞳を持つ彼。
王国歴1500年。
魔王軍による大規模攻勢により多くの命が失われ、そしてそれを救うため新たな英雄達が生まれた。
そして数年後、勇者一行によって魔王は打倒され、世界には平和が訪れる。
おそらくこの話は英雄譚の始まりとして語られるだろう。新たな英雄の礎となった尊い犠牲として、この戦いで生まれた死者達は奉られるだろう。
そんな英雄譚の端にも映らないような、新たに誕生した「アリス・クレジー」という少女の人生は、その幕を上げた。
▼▼▼▼▼▼
深く、そして闇に沈んだ地底のその先で。
一つの生命が再び生まれようとしていた。
「まだ?まだ?まだ?まだ?まだ?まだ?まだ?まだ?まだ?」
ナニカから溢れ出るように、彼女は形成されていく。
おぞましき赫たる彼女は、その時を待つ。
「皆。いつまで私は待てばいいの―――」
悠久の時を経ることで壊れてしまった彼女は、唯一の光たる彼らを待つ。
「あ˝う˝っ!!」
ふと、正気に戻ると彼女は絶望する。
「―――ああ、あああ!いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ―――」
狂気に染まった赫は深い闇の世界で待ち続ける。
それが、唯一の約束なのだから――――
++++++
「報告致します。魔王軍は侵攻を諦め、撤退していったとのことです」
「被害状況はどうなっている?」
「現在集計中ですが、既に1万にも上る死傷者が出ております」
「そうか、下がっていいぞ」
「はっ。失礼したします」
すぐさま部屋を出ていった部下を見送ると、彼は忌々し気にこう呟く。
「最後の審判、か……主たる神が死んだというのに、何故それに拘るのだ■■■■―――」
かつて見た神話の光景を思い出しながらも、送られてきた手紙の内容を思い出し思わず拳を握ってしまう。
(あいつの性格は把握しているつもりだが)
「相変わらずだな■■■■。だが、そう易々と俺を超えられると思うなよ」
そういい不敵に笑った後、彼は父たる王に会いに行くのだった
この国の次期王たる彼は、近い未来に起きるであろう戦いを待ち続ける――――
部下(この人まだ5歳なのにこんなに頭が回るとは、流石王子……!!)
やらかしてるの笑う(((