002 『命懸けの豚ごっこ』
「だれかあ!!助けてくれぇ!!」
燃えさかる我が家を放置して、刻まれているはいいものの、あやふや過ぎて全く頼りにならない記憶に若干苛立ちながら、誰かいないかと彷徨うこと数分。
燃える貧民街を抜け、おそらくは平民と言われるいわゆる一般人が住んでいるであろう区画に入った直後のことだ。
反射的に元来た路地に戻り、家の物陰から声が聞こえたほうを伺う。
どうやらここは大通りのようで、貧民街の乱雑として道とは違い、計画的に建造されたようだ。
「道としては貧民街のほうが攻めにくそうだね。普段使うなら断然こっちほうが便利そうだけど」
軍人的な考えを思わず呟くアリス。
そうしていると突然、派手な爆発音と共に十数メートル先から二人が横道から飛び出してきた。
私は驚きで目を大きく見開く。何故なら一人の腕が炭化していたからだ。
「人体であんなことが起きるなんて、あそこ何がいるんだ……?」
思わず頬が熱くなっていくのを感じる。
アリスがそうしている間にも事態は動き続けていた。
どうやら彼らはナニカから逃げている最中のようで、全員が焦った顔を浮かべながら飛び出してきたほうを睨みつけている。
「くそ!どうして王都にあんな魔物が!?」
――――マモノ。
「今は取り敢えず走れ!今度は腕だけじゃなくて全身持ってかれるぞ!」
――――まもの。
「分かってる!!」
――――魔物。
「とりあえずあっちのほうに……」
――――今、魔物って言った?
アリスの中で《魔物》という言葉が反響する。
魔物。未知の生物。未知の存在。アリスは何よりもそれを渇望する。
何故なら、そのために世界を渡ろうとしたのだから。
「いやいや、まだ決めつけるには早い。そう、まだ、早いんだ」
――――でも、少しくらいなら
「いいよね?」
歪んだ笑みが怪物に張り付いた。
だがそれがいけなかった。
「あれ?」
気づけば先ほどまでいた二人組は既にどこかへ消えており、辺りは静寂に包まれていた。
いや違う、音は聞こえていた。
真横から。
軍人として生きていた経験が生き、アリスは反射的に右に飛んでいた。
石畳を叩き割る音が辺りに響き渡る。
アリスは音がしたほうへ向き直ると、音の正体は堂々とその姿を現していた。
「豚の……顔?」
そこにいたのは、三メートルは優に超えているいるであろう肥え太った体に豚の頭の載せた化け物だった。
化け物の息は上がっている。だが弱弱しさは全く感じない。その体に纏わりつく返り血と、それを起こしたであろう右腕に握られた大鉈が、そしてその目に宿る殺意か、あるいは獣欲か、あるいは両方が宿る瞳がこちらを見つめていたからだ。
心臓すら凍えそうな寒気が背筋を走る、そして同時に、頭が沸騰しそうなほどの歓喜の感情が湧き上がる。
――この感覚は久しぶりだ!!
「だけど、流石に観察してる暇はなさそっ!?危ないなあ君!?」
突如横薙ぎに振られた大鉈を、アリスは反射的に飛びのくことで紙一重で避ける。
「ねえ、一応聞くけど君って言葉が分かったりするかな?」
「ブゥモ!!!ブゥモブゥモ!!!!」
「動きは割と早いけど言葉を理解できるような知性はないと。なんで二足歩行なのに言語を介すほど知能が発達しきれてないのか、丸一日くらい思考の海に漕ぎ出したいところだけど」
そういいながらジリジリと後ろへ下がっていくアリス。
そして。
「ブゥモオオオオ!!!」
「取り敢えず一旦逃げる!」
豚頭の怪物が雄たけびを上げると同時に、アリスは貧民街に向けて全力で駆け出した。
貧民街に漂う腐臭と、後ろから追いかけてくる化け物が被った血の臭いでまた吐き気が込み上げてくる。
だがアリスはそれを気合で無視し、幼い身体を必死に走らせながらこれからどうするべきかを考えていた。
「さてさてこのままだとあの大鉈に肉塊されるか慰み者されるかの二択なるわけだけどっ!!」
思考を纏めるには言葉に出すのが一番だと思っているアリスはそう言いながら走る。
「逃げ切るのは体力的に無理、どこかに隠れようにあの距離から私を察知してる時点でそれも無理!あとは炎を利用するくら……って噓でしょ!?」
アリスが言い切ろうとした瞬間、その答えは間違えだと言わんばかりに火球が狭い路地を空気を裂くような速度で突き抜けてくる。
「あっっっぶない!!」
咄嗟に壁に体を張り付けることで難を逃れる。
――――当たったら確実に死ぬな。
おそらくだが、街に蔓延っている炎も効かないだろうと結論付けるアリス。
「炎を使う敵に炎耐性がついてないわけがないよねぇ!!」
「ブゥモオオオオオオ!!!」
「返事をありがとう、ついでに追いかけるのやめてくれるかなあ!?」
もしかして自分の勘違いで、本当は言葉を理解しているかもしれない、と極小の可能性に賭けアリスは命乞いしてみるが。
「ブゥモオオオオオオ!!!」
答えは勿論NOであった。
「だよねえ!!」
――――まずいなあそろそろ体力が尽きる。
「転生してそうそうに死ぬとか御免なんだけどっ……!」
既に貧民街で育ったこの幼い身体は限界を迎えており、今にも倒れそうなほど疲弊していた。それでもアリスは必死に足を動かした。
――――人だ。
路地を抜けた先、再び大通りに出ると数十m先に甲冑を着た男が見えた。アリスは視界にその男を捉えた瞬間、反射的に彼に向って走りだした。
怪物としての勘が言っていた。
――――あいつに頼れば
「いける!」
だが現実にはあまりにも無情だった。
「あっ」
あそこに辿り着くということだけを考えてしまったせいで、崩れた瓦礫に足を取られ転んでしまったのだ。
――――疲れのせいで足元が疎かになった
死が振り下ろされる。
世界が遅くなる。五感が鋭くなっていく。心臓の鼓動が脳内に響き渡る。
――――ああ、これは
「死んだ」
そう諦め、これから来る痛みに備え瞼を閉じる。
だが神はいたずら好きのようで
「《アル・プロテクト》!!」
その痛みが少女を襲うことはなかった。
「ブォモモモ??」
「!?」
私が目を開くと、甲冑を纏い右手に長剣を、左手には大盾を構えている先ほど男――――顔は見えないが雰囲気的に――――がいた。
私を守るようにして大盾を構え踏ん張っていることと、さっきの衝突音を聞く限り、私に振り下ろされていた大鉈を大盾で受けて守ってくれたらしい。
呆然と眺めている私を置き去りにし、事態は動き出す。
「《アル・ブレイク》!!」
青年はなにかを叫ぶ同時に、右手に握られている剣にの輝きが宿る。そして受けて止めていた鉈を盾を大きく押し出すことで弾き飛ばし、右手に持っていた長剣を相手の首目掛けて一閃した。
極光が化け物の頭部を飲み込む。
醜悪といった顔が張り付いていた頭は消し飛び、肉体の司令塔がなくなったことで制御が失われた肉塊が倒れる。
首からどばどばと血が溢れてくる。
男は死体の様子を少し伺い、しっかりと死んでいることを確認したのか長剣を腰にある鞘に納め、盾は持ったままこちらに振り返るとり、そして頭の甲冑を外す。
「大丈夫?怪我はないかな?」
私と目線が合うように膝を折り、こちらに笑顔を向けながら、彼の翡翠色の瞳が私を見つめていた。
アリスさんの基本理念すぎて忘れていましたが、彼女は基本知識欲でしか動きません。
実際知識欲だけで失敗したとはいえ異世界に来ていますのでその度合いがどれほどかは分かるでしょう。え伝わってるよね?_(┐「ε:)_