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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おっさんのごった煮短編集

浅右衛門よろず事

なんちゃって歴史ものです。




 徳川将軍家のもと、天下泰平の世となった江戸幕府の御用人の中に御様御用(おためしごよう)という役があった。


 腰元奉行の配下であり、将軍の佩刀(はいとう)や下賜される刀剣の試し切りを行う役職であり、また公儀の処刑人でもあった。


 この役は代々の山田浅右衛門を襲名した者が勤める習わしであり、山田浅右衛門の名は山田浅右衛門家当主が役を継ぐとともに襲名した代々の名籍であった。



 さて、30代にして三代目山田浅右衛門を襲名した山田吉継(よしつぐ)は平河町の屋敷で死体の防腐処理に勤しんでいた。


 山田浅右衛門は公儀の役人であったが、旗本御家人といった幕府の直臣ではなく、身分としては所謂浪人であった。

 であるが故、当然に奉録としての扶持米など無い。

 与えられたお役目にたいしての言わば出来高払いであり、固定給など存在しないのだ。

 となれば、病気や怪我、加齢などで役目を果たせなくなれば、収入のあてが無くなることになる。その為に初代山田浅右衛門と幕府の間では「処刑した罪人の死体は山田浅右衛門家のものである」との約定が為されていた。


 何故(なにゆえ)に罪人の死体などと思うかも知れないが、これが金になるからである。


 

 「先生、御家老から試し切りの依頼が来てます」

 

 奉公に来ている小性が仔細を纏めた書状を手に三代目へと伝達する。既に刀も共に届けられていたようで、ならばと死体の積まれた作業場へと赴く。


 「中々な業物だな」

 

 一言呟いた三代目。


 その言葉に弟子たちが台の上へと死体を重ねて置く。折り重なった死体の臍のあたり目掛けて抜き放った刀が一刀振り掛かると、三つほど重ねられた死体の一つと半分ほどが断たれた。


 「一つと半胴だな。十分に業物といって差し支えない」


 御様御用では、こうして罪人の死体で試し切りをし、その切れ味によって刀剣へと格付けを行っていた。この公儀の役目の為に死体の所有を認められていたわけであるが、それだけでは無論無かった。


 三代目は腹を両断された死体へと手を突っ込むと肝を抜き出す。人胆丸、または山田丸とも呼ばれる、肝を干して潰して造る丸薬を老咳の特効薬として売っていたためだ。


 死体を活用して本来のお役目をこなすだけでなく、商売の道具としていた山田浅右衛門家。

 


 ~~



 「小指を売って欲しいんです、先生」


 三代目のもとへと訪ねて来た男は自身の紹介に先んじて開口一番にそんなことを宣った。



 「小指ですか。まぁ、先ずは順序を立ててお話いたそうか。(それがし)は知っておるだろうが山田吉継と申す。今は三代目山田浅右衛門としてお奉行様につかえておる」


 

 改めて自身の紹介を行うことで、相手にも促す。先触れを貰い、人となりについては知ってはいるが、それはそれであるからだ。



 「これは失礼を。菊屋の番頭、清水清五郎と申します。これに似た女の右の小指を三本、用意して欲しいんです。一本三両、三本揃えば十両をお支払します。先ずは手付けに」


 そう言って清水と名乗った男は二条の木綿の袱紗(ふくさ)を取り出す。

 濃紺に染められ一色に見えるが同じ染料で染められた糸で細やかな刺繍がされており、華美さはないものの気品あるそれを三代目は手に取った。


 一つには一分銀が三枚入っており、もう一つには根から少し上あたりから切り落とされた細い指がくるまれていた。



 菊屋は吉原の大見世(おおみせ)、当世一と噂される花魁、紅珠(べにたま)を抱える人気の遊廓だ。


 遊女が小指を欲しがるのは珍しい話ではない。詰めた指を大得意に渡して、貴方だけよと持ち上げては尻の毛まで毟りとるのは手練手管の一つだ。


 ただ、起請文のように気軽に乱発出来るもんではない。誓紙なら何枚でも発行して貰えるが、自分の指は切ったら最後、生えてくるもんではない。

 だからこそ、入れれば消せない墨と等しく、客からすれば本当に俺だけだと勘違い出来るんであるが。


 そこはそれ、こうして適当に買ってしまえばいいと、抜け穴は何処にでもあるもんだ。

 刺青だって、「旦さん命」なんて彫られてしまえば、実のところは誰でも当てはまる。


 とは言ったところで、例えばこれが一番人気の花魁紅珠からの依頼だとしても、いくらなんでも指の三本に着手金だけで三分銀、報酬に十両は気前が良すぎる。



 「事情は大方察するが、それにしても大盤振る舞いが過ぎるんではないか」


 だからこそ、三代目は礼を失していると承知で素直に訊いてしまった。


 「へぇ、確かに仰有る通りなんですが似通ったものを用意できるならと言われましてね」


 誰にと言わないが、やはり花魁からの依頼を言付かっているのは間違いなさそうだと三代目はあたりをつける。 

 裏のありそうな話ではあるが、受けて問題ないだろうと引き受けることにした三代目。


 「いいでしょう。事が露見して悪影響が及ぶのはそちらだけ。それだけの払いは口止めと思っておきますよ」



 実際、この手の後ろ暗い依頼は口止めを含めて高額になるのだ。今回は飛び抜けて高いが、まぁだからとこちらに害は無いのだし、引き受けると答えれば、ありがとうございますと頭下げて、退去することを申し出ると清水は去っていった。



  ~~



 「しかし、あらためて見ると面妖だな」


 置いていかれた小指は、成る程女のものとわかる小ぶりで細い。だが、指の腹に焼き鏝をあてたような痕があるのだ。花の紋章のようにもみえるが形が崩れており、名のある花魁がすることとは考え難いのだが。


 「見覚えがあるとも思ったが、そう言えば引き取った死体に似たものがあったか」


 商家の寝込みに押し入り金品を強奪しては火付ける盗賊が一斉に召し取られたんだが、そこで奉公人として商家に雇われては内から手引きを手伝っていたと処刑された女がいたんだが、その指にも似た痕があったような。



 確かめて見れば保管していた女の指には覚え通りに痕がある。何か薄気味悪いものを感じながらも切り取り、その他二つを用意すると三代目は吉原へと向かった。




 ~~




 「ようこそ、おくんなさいました」


 予約も取れない人気の花魁、紅珠が前にいる。

 番頭に指を渡して報酬を貰って御仕舞いと思っていた三代目は、少しばかりばつの悪さと座りの悪い気持ち悪さを感じていた。


 「間近で目通り叶うとは光栄だが、用は済んだろう。忙しい花魁を長々と留め置く訳にもいかん故、これにて帰ろう」


 「そう、急がんでおくんなし、せっかく、あの子の指も持って来てくれたんでありんすから」


 あの子の、そう言われて俄然興味を惹かれてしまう。やはりあの鏝痕がある指の持ち主は曰くがあるのか。


 「顔に火傷の痕があったでありんしょう」


 そう言えばそうだったような。縛り首になって膨らんでしまった顔ではそこら辺は定かでもないが、言われると元からあったろう、ひっつりや変色部があったようにも思える。


 「知り合いなのか」


 「口止めしなくても先生なら大丈夫でありんしょう。……あの子はわっちの妹でありんした」



 ~~



 江戸は木材の需要が常にある。

 増える人口に長屋の建築は常にある上に、火事も多い。火事が多い故に仮屋造りが義務付けられているために打ち壊してはの建て替えで木材はいくらあっても足りないくらいだ。


 紅珠の親もそんな江戸で財をなすべく、信州の山林から水運を使い木材を卸す問屋業に割り込むべく江戸にのぼった。


 地元で林業を営んでいた父親の伝と腕は確かだったようで、交渉にも長けた両親は材木商として成功していった。


 だが、それを妬まれたか、狙われたか、押し込みにあい、両親は殺され幼い紅珠と妹は拐われたという。



 「妹は小さな頃に火箸の先を間違えて触って、小指の先に花の蕾にみえる痕が残ったんでありんす」


 「花魁の小指についていた痕は」


 「いつか再会したいと自分で焼いたんでありんすよ」



 紅珠は離ればなれとなった妹のことを調べ続けたが、まだまだ駆け出しの遊女では、つく客もたいしたことがなければ、自由になる金もない。とても調べられるもんで無かった。


 格子に上がって、やっと噂程度でも客から話を聞けるようになるが真偽がわからない。


 ついに花魁となり、公儀の役人などを相手にとれるようになり、ついに仇と思しき盗賊を突き止め、そこに裏で働きかけた同業の材木商がいるとわかったが、時が遅すぎたのだ。

 何せ、そうしてわかったことは、まさしく探し求めた妹が盗賊と材木商の手先となって、間者のように奉公人を装い手引きする内通役にされ、そして、その妹の密告で盗賊、材木商諸ともに連座で処刑された後であったのだ。


 「先生のところに妹がいると思ったんでありんす。……妹に春に会わせてくれてありがとう」



 


 屋敷に戻った三代目は小指の無くなった彼女を見ていた。


 「親の仇に使われて、それを逆手に仇を打ったか」


 三代目は膨れた顔に脇差しを走らせた。

 ぶよぶよになった皮膚を剥ぎ取ると、肉のうえに和紙を薄く合わせ、濁った目をくり出すと義眼を入れる。


 かつらを乗せ簪を刺し、豪奢な振袖を着せてやる。



 

 ~~



 番頭の清水に頼んだ手配で運ばれた彼女は無事に再会を果たしたらしい。


 花魁の魔性の色が更に上がったと噂聞きながら、三代目は今日も死体と語らっている。




感想お待ちしてまーす。щ(゜д゜щ)カモーン

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは! いつも、お世話になっております。 すごい臨場感・・・そして、迫力。 じわじわと来る、なんともいえぬ恐怖感さえ感じてしまいました。 江戸の世の裏側の、そら恐ろしい闇の部分…
[良い点] 面白かったです。 妹に会いたい一心で小指を落とす姉がかっこいい。 彼女の心意気を汲んで一肌脱ぐ(一皮剥く?)浅右衛門も粋ですね。
[一言] めっちゃ面白かったです! すごく読みやすいし、話も分かりやすいし。 本格時代小説をサクッと読めて満足感がすごい。 最初の登場人物紹介から、小指を持ってきての流れがスムーズで引き込まれました…
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