第6話 メアリー・レグワー
「さて………まだ時間はあるわね。ノア、ちょっとクルガ借りていい?」
「………メアリーなら構わないわ。」
「大切な話だから、ふたり共覗かないでね?」
「う、うん。」
「………わかった。」
そう言うと、今度はメアリーに抱えられ彼女の机の上に置かれる。するとメアリーはノートを取り出し、何かを書いているようだった。そしてしばらくも経たないうちに、そのノートを見せつけられる。
正直唖然とした。だってそこに書いてあったのは『あなた、日本人でしょ?』と、いう言葉だったからだ。
「やっぱりね………唖然って感じの顔してる。まあ、私もそうだから。」
そう………ということは、つまりは立場的に僕と同じと見ていいだろう。
「ということで………ノア、ちょっといい?」
「なにかしら?」
「クルガの教育係、任せてもらってもいい?」
「それなら私でもいいと思うけど………?」
「まぁ、魔術じゃ敵わないからね………でも言語は?」
「言語………?」
「クルガの知ってる文字とここの文字は違うってこと。クルガも文字が読めたほうがいいと思うんだけど?」
「ちょ、ちょっと待って。クルガって………。」
「そうだね………中身は人間だよ。だから意思疎通も取れる。こればっかりは記憶を見れる私じゃないとわからないよね。」
記憶を見れる?それは………つまりメアリーの権能は記憶の権能ってことか………いや、記憶の権能にそこまでの力はないはずだ。ふと思い出す。メアリーの言葉。『記憶の権化』とは………権能以上の力のことだっていうのか………?
「待て、解らない………どういうことだ?」
「まぁ、テオもノアもこの辺はわからないと思う。直接見た私が言葉に詰まるくらいなんだから。だからまあ、軽く流していただいて………と、そう言うわけだから読めるくらいにはしておく。まぁ………数年はかかるかもだけどね。」
「わ、解ったわ。そこはじゃあ任せる。」
表情からも、困惑が見て取れる。今までちょっと変わった狼くらいの認識だったのが一変したせいだろう。確かに中身は人間だ、なんて到底信じれるようなことではない。だが、実際そうなのだ。そしてそれをひと目見ただけで見破ったメアリー・レグワー………彼女は一体何者なのだろうか。『私もそう』………僕と同じということだろうが、同郷と見ていいのだろうか………?
そんなとき、教室の扉がガラッと開く。入ってきたのは背の小さい………眼帯をつけた少女………?
「アステリカ先生、おはようございます。」
先生!?た、確かに威圧感のそれは他とは一線を画している。ただ………容姿といい背丈といい………魔女のコスプレをした厨二少女………。
「おう、ノア。おはよう。課題は………。」
そうして僕の姿を見つめつつ、言葉を続ける。
「うむ、できたようだな。いや、まさか本当にやりおるとはな………。」
「信頼していなかったのですか?」
「いや、そうじゃない。テイムには繋がりが大事だからな………ちと、見させてもらっただけだ。それにしてもノア………一体君は何ができないんだ?」
「さぁ?しいて言えば何かを引き裂くことですかね?」
「確かに、優しいノアには出来んだろうな。さて、話はこのくらいにしておこう。さてその狼………うむ、どこかで見たような気もするが、名前はもう決めたのか?」
「ええ、クルガと。」
「ほう………なるほどな。さて………いよいよ困ったぞ。ノアに教えることが本格的になくなってきた。」
「え?」
「え?ではない。言ったこと全て吸収するあたり本当………いやいや、それとこれとは別だな。うむ………ではノア、君がやりたいことは何かな?」
「私のやりたいことですか?」
「あぁ、君はやろうと思えば本当になんでもできる。なら、何かないのかね?」
「………ともかく今は、クルガのことを知りたいですかね。」
「………クルガのことか?それはまたどうして?」
「この子の権能………私と同じようにどれにも当てはまらなくて………。」
「なんだと!?」
「え?それ初耳なんだけど?」
「………。」
各々の反応を示す。やはり、僕の存在というのは未知すぎるわけだ。もっとも、自分でもその神秘は理解できない範疇なのだが。
「ノア、それは………本当か?」
「はい………私にも何が起こったかわかりませんでしたが………私の造った槍を切ったことだけは。」
「ノアの槍をだと?あの護衛につけている槍か?」
「ええ………。」
「………あの槍には神性が宿って居るはずだろう?それを………切った………?それはまさしく………フェンリルではないか………。」
「いいや、それは俺が断言する。無い。クルガにはフェンリルの気配は感じない。」
「………そうか。テオが言うのであれば間違いないな。だが………なら余計にクルガは何なのだ?」
「私の予想ですけど………。」
メアリーが口を開いた。
「空席の神と同等の存在なのではないでしょうか?」