第3話 権能
ノアの眷属になり、数日が経過した。色々と聞き耳を立てていたがこれといった情報は手に入らず………だが、魔術学校というものの存在を認知することはできた。なんでも、ノアはその学校の生徒なのだとか………それで現在は長期休暇中。その課題の一貫として僕はテイムされたというわけだ。
『いや、だからどうした………。』
そう、だからどうした。他のことは何もわからなかったということだ。魔術とはどういうものなのか?僕はどうしたらいいのか?さっぱりである。だから今日もこうして、ノアの勉強する様を眺めているのだ。
『ノート………あれなんて書いてあるんだろうな。ここの文字なんてどの言語にも当てはまりそうになかったもんな。』
ということで、ノートの覗き見にも失敗しているというわけだ。
「さてこの辺にしておこうかしら。」
そう言うとノアは席を立った。どこに向かうのかは明白だ。僕の目の前に立ち、その手でひょいと拾い上げる。
「はぁ………疲れた。」
毎度のことながら、ノアはある程度勉強をすすめると、僕に愚痴を吐くようになっていた。まぁ、それも今までなかったものだから仕方ないのかも知れないが………。
彼女の嘆きもまっとうなものである。貴族が故に制限されること、優秀であるが故の嫉妬の数々、その他他愛もない日常のイラッとしたことなど。初めて会ったときのあの威厳などとうになくなっていた。いや、これが本来の彼女と捉えるべきだろう。そして彼女は最後にこういうのだ。
「あぁあ、クルガとお話できたらな。」
『それに関しては僕も同意なんだけどな………。』
僕の声は決してノアに届くことなど無い。それはわかっていながらも、僕は律儀に相槌を打ったりしている。なにか簡単に意思疎通できる方法など無いものだろうか?
「………クルガ、もし私の言葉がわかるのなら頷いてみて?」
あぁ………その手があったな。僕は言われたとおりに頷く。
「………え?も、もう一回頷いてみて?」
言われたとおりもう一度頷いてみせる。まぁ、信じがたいよな。
「言葉………わかるの?」
その問いに僕は頷きを返す。
「全部………聞いてたの?」
またも同じく、深く頷く。
「え、え………えぇぇぇえ!!!???」
そりゃあ、こんな反応になるわな………。
「って………偶然だよね………私も疲れてるのかな………。」
………もっともな反応を返された。実際伝わってるわけだからなんとも言えないもどかしさを感じる。一応首を横に振ってみるが、もうあまり興味はないようだ。
「今日はもう寝ようかな。おやすみ、クルガ。」
何も進展なく、その日、ノアは眠りについた。僕もすることがない。いや、できることがないといったほうが正しい。意思疎通が出来ないというのはここまで不便なものなのか………。
『僕も、眠るとするかな………。』
そうして、用意されたベッドの上で丸くなる。明日どうするかを考える暇も無く、意識は落ちたのだった。
さて、次の日。
「―――――ということで、テイマーならば自分の眷属を使役できて当然というわけです。だからお嬢様にはクルガと模擬戦をしてもらいます。相手はもちろん私が。」
「なるほど。私にテイマーとしての才能があるかどうかということね。アレン。」
朝から中庭につれてこられ何事かと思ったら………戦闘………話に聞くと眷属、つまり僕も魔法を使えるようだがそんなの知らない。ノアの力になれるとは思えないのだが………アレンと呼ばれたその白髪の騎士はあのときの護衛だ。身長はさほど高くないように見えるが威圧感は凄まじい。いや、特に筋骨隆々というわけでもない。彼の赤い瞳、そして槍が無条件に恐怖心を煽る。
「ええ、そういうことです。まぁ、まずはクルガが何の権能と相性がいいのかを測るべきかと。」
「まぁそうね………クルガ、貴方の力見せてみなさい。」
見せてみろと言われても………使ったことないもんな………。
「クルガ?」
「もしや………クルガはまだ幼い身………親から権能の使い方を学んでいないのでは?」
「可能性は大いにあるわね………。」
「であれば………まずは権能を教えるところからですね。」
「………とはいえ、どうやって?」
「そこなんですよね………どれほど心で繋がろうとも、言葉を交わすことはできない………。」
「………もしかしたら………ダメ元で説明してみようかしら?」
「あはは、ご冗談を。」
そんなことをアレンは言っていたが、ノアの顔は本気だ。そうしてノアは僕に近づき真剣な顔で話し始めた。
「いい、クルガ。権能っていうのは神様との繋がりのことを表すの。信仰心の代わりに与えられるものが権能………炎の神を信仰するなら炎の権能を、水なら水をという感じね。魔力を持つ者はこの信仰心を持って生まれる。貴方は、誰を信じる?」
ふとあのときの言葉を思い出す。
―――――あの子は狼よ。
『狼………。』
そう呟くと、本能的に使い方を理解する………。いつかの風が僕を押してくれたようだった。