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炭素循環

生命は炭素から作られた。その炭素は二酸化炭素が唯一の供給源だった。

空気中の二酸化炭素からすべての生命は生まれたのである。


 我々が地球の自然の姿と考えていたものは、物理学だけの事情で用意されたものではなく、そこで生まれた生命体の活動そのもので、絶え間なく変化を続けていた、ということは重要だ。


 自然を変えたのは人間が初めてではないのだ。

 多くの生命が地球環境を変えてきたのである。


 さて、その上で、我々が考えねばならないことは、では生命体はどのように二酸化炭素を大気から取り除いたかを確認することだ。


 二酸化炭素を大気から取り除く生命の活動、と言えば、植物の光合成が有名だ。

 学校で習うのは、植物は日が当たると、その葉っぱの緑色の部分が、二酸化炭素を吸収し、酸素を放出するということである。

 私から言わせてもらうと、間違ってはいないものの、この説明は一番重要なことを説明していない。

 二酸化炭素を吸収し、酸素を吐き出した、ということは炭素を取り込んだ、ということなのである。

 炭素は植物の身体を作るために利用されるのだ。

 なので炭素にくっついていた酸素が不要品ということで空気中に出されたのである。


 ではその光合成を行う生物の歴史を考えてみよう。


 地球規模で二酸化炭素だらけだった原始地球を植物はどう攻略したのか、だ。


 四十五億年前に地球が誕生し、それから五億年経った後ぐらいまでには最初の生命体が生まれているらしい。

 まあ、より正確に言えば、トライを何度も繰り返し、その後に分かる痕跡を残した最初の生命体が確認できたのがこの頃、という理解の仕方の方が適切だろう。

 この時の生命体はメタンベースの身体に、ただ自己複製能力があるだけ、みたいなものだったようだ。

 炭素と水素は利用できたが、酸素にはまだアクセスできなかったのである。

 もちろん光合成なんかまだ出来ない。

 生活の場は海限定である。

 そんな状態から十億年ぐらいの時間が流れ、海の中に溶け込んだ二酸化炭素を利用して自分の身体を再構成する能力を身につけたものが現れた。

 これが光合成を行った初めてのもの、ということになる。

 今の藻に近いと考えられている。

 この時の地球には二酸化炭素はたくさんあったが、酸素は全く無かったので、今地球にいる生き物のほとんどにとっては文字通り死の星である。

 しかし、この時繁栄していた生命にとっては、逆に、この藻が作り出した酸素という物質は猛毒だったと考えられている。

 彼等の身体はほとんど炭素と水素からだけで成り立っていて、酸素と出会うと酸化し分解してしまうものだったからだ。

 つまり藻が光合成の能力を獲得したのは、おそらく生存競争に勝ち抜くためだったのである。

 酸素を放出すれば、他の生物は彼等の生息域に近づけないのだ。


 酸素放出は生存競争に勝ち抜くための最終兵器だったのである。

 これにより、この藻の仲間は大繁殖することになる。

 これが海の中に溶け込んでいた二酸化炭素をどんどん酸素に変える。

 そして水中の二酸化炭素が減るとそれを補うように空中の二酸化炭素がまた水に溶ける。

 一方、排出された酸素が水の中で飽和すると空中へ逃げる、というサイクルが始まったのだ。


 この藻の仲間が繁栄を謳歌した時代が数億年ぐらい続くと、広い海の中のどこでも、酸素が常に一定濃度ある状態になったはずである。

 こうなるともう酸素に出会うと死んでしまう古いタイプの生命体にとって、生きられる場所はない。

 ほとんど姿を消し、逆に今まで全くいなかった、酸素をエネルギー源として利用する新しいタイプの生命体が登場する。

 もちろん光合成を行う藻だって例外ではない。

 呼吸も光合成も行う、今の植物に近いものへと進化したわけだ。


 呼吸は二十四時間、光合成は日光がある間だけとなるから、時間的には呼吸を行っている時間の方が長いのだが、呼吸によって作り出される二酸化炭素の量と光合成によって分解される二酸化炭素の量の間にはすでにケタ違いの差があったはずである。

 もちろん分解される二酸化炭素の方が圧倒的に多いのだ。

 光合成の方は植物にとっていわば食事であり、それこそ生きる目的である。

 一方の呼吸は、大して大きくもない身体の機能維持の必要に迫られて行っているものだ。


 何故酸素を生物は使うようになったのか。

 生命の身体が酸素という猛毒と衝突しても、酸化されないものに変化した結果、酸素は毒では無くなった。

 そして酸素の何でも酸化させる力を、自分たちの生命エネルギーとして利用可能にしたのだ。

 生物にとっては、呼吸によって酸素が使えるようになったことは、自分が使えるエネルギーが増えたことを意味する。


 新しい生命体は高効率のエネルギー源を獲得したのである。


 つまり酸素は生命の運動性能や成長能力を大幅に向上させたのだ。


 一方、主役の座から降りた酸素に出会うと死んでしまう古いタイプの生命体は、実は今でも生存していることが確認されている。

 それは深海の百度を超える高温の熱水鉱床の中だったり、火山から湧き出る温泉の原泉の中だったりするらしい。とにかく全く酸素の無い場所だ。


 生命体がこのように進化を経験し、その種を増やした、と言っても、その生活圏は海の中に限られていた。

 最初に陸上に上がった生命として、植物が海から陸上に上がったのが最初に確認されたのは、四億七千万年前ということになっている。


 地球誕生から四十億年余も陸地は生命の全くいない場所だったのである。


 何故上陸出来なかったのか、そんなに進化が大変だったのか、というと実は進化の問題ではない。

 陸上の生活環境が生命体にとって決定的に危険な場所だったから上陸できなかった、と考えられている。


 大気には元々二酸化炭素と窒素しか無かったという話を前にした。

 だから酸素が無い。

 酸素が無ければ紫外線を遮ってくれるオゾン層も生成されないのである。

 酸素が大気に満ち、その上層部が強力な紫外線に当たると酸素分子O2が分解され、オゾン分子O3が生まれるのだ。


 何故紫外線を遮るオゾン層が生命体にとって重要なのか。


 高エネルギーの紫外線は、コロナウィルスの感染予防で有名になった通り、ウィルスの消毒にも使えるぐらいエネルギーがある。

 ウィルスというのは、遺伝子のかけらのようなもので、炭素を持つ小さな化合物、核酸だ。

 紫外線が当たるとこの核酸の構造を壊してしまうのだ。

 だから消毒につながるのである。

 ウィルスの消毒なら悪い話ではないが、ウィルスも遺伝子も基本的には同じ核酸なのである。


 紫外線照射はウィルス消毒同様、生命体にとって最重要な設計図、核酸の破壊を招くのだ。


 生命体にとって幸いだったのは、紫外線は水中を進めないことだった。

 だから生命体は水中に留まらざるを得なかったのである。


 この四十億年間は、オゾン層は存在せず、陸地は生命体には決して入ることの出来ない場所だったのである。

 我々の良く知っている紫外線UVーA波、UVーB波だけではなく、それよりもさらに高エネルギーの紫外線、UVーC波も全く遮らずに地上まで降り注いでいたからだ。


 ほぼ三十億年前に生まれた光合成を行う生物が、仲間を増やし、休み無く光合成を続けて水中で作り出した酸素が水中で飽和し、空中に飛び出して空気中の酸素分圧を高め、最後の最後でようやくオゾン層を作り上げるまでにだいたい二十五億年掛かった、ということなのである。

 さらにオゾン層が作られるほど、酸素が増えたということは、二酸化炭素が消費され、大変な量の炭素が生物の身体、もしくはその遺体、残余物として地上に残ったこともまた意味する。


 オゾン層の形成が生命体の陸上進出のカギであったことは、陸上進出がいろいろな種類の生物種で一斉に起こったらしいことからも確認できる。

 ま、一斉と表現しても一番細かい目盛りでも百万年ぐらいあるという条件での話だが。

 ただ、それで陸地全部すぐに生命体で満ちたとはもちろんならなかった。

 大気成分に酸素が加わり、危険な紫外線が遮断されたと言っても、二酸化炭素濃度はまだかなり高かったと考えられていて、当然ながら、その温室効果は凄まじく、今の地球の平均気温よりもずっと温度は高かったはずだからだ。


 おそらく温度的に生物が存在できない場所だらけだった。


 そんな中で、一部の幸運な生命体が上陸を果たす。


 この時の地球の様子を考えると今の火星あたりの風景を思い浮かべればいいのではないだろうか。

 月も近いが、こちらには大気が全く無いから、その点で大きく変わる。

 高温になった火星の風景に水を加えたイメージだ。

 いや火山活動なんかも激しかっただろうから、西之島の溶岩だらけのところの方が近いかも。


 どっちにしても見て住みたいと思える場所で無いことだけは確かだ。


 ここで炭素のことにもう少し触れておこう。


 ビッグバンで誕生した軽い元素はその後宇宙が冷えていくに従って化合物に姿を変えた。

 先に触れた通り、それらを集めたゴミ満載の収集車状態の微惑星が集まり、夢の島、地球が誕生したわけだ。


 その時の炭素はどんな姿だったかを考えると、炭素原子単体というのあまり考えにくい。

 炭素は誰とでもくっつく元素の代表格なので、ことごとく化合物化していたはずだ。

 で、出会う確率がもっとも高いのは、数的に圧倒的に多い水素なので、メタンになったはずだ。


 因みにビッグバン理論では、この第一世代の元素がどんな割合で生まれるかも計算によって明らかにしている。

 ただ、このメタンはメタンガスが天然ガスの主成分であることから分かる通り、結構化学反応しやすい。

 そしてこのメタンにとって、その格好の相手になるのが次に多い元素酸素なのである。

 酸素とメタンが出会い、それなりのエネルギーを放出して最終的には水と二酸化炭素になる。

 低温の宇宙なら、氷とドライアイスという言い方の方がより実情に即した言い方ということになる。

 だから原始地球には水と二酸化炭素が豊富にあったわけだが、逆に言えば、二酸化炭素以外に炭素を含むモノはほとんど無かったのではないかとも考えられる。


 最近日本の経済水域(けっこう深い海だが)で多量の存在が発見されたメタンハイドレートはメタンと水でできた氷のようなものだが、これはどこから来たのか。

 微惑星にくっついていた低温高圧下で固体化したメタンガスと水が、高圧環境のまんま地球に届いたという可能性が一応はある。

 が、やはり海底に蓄積された生物、プランクトンの死骸が、微生物によって分解され、メタンとなったものの、その場所が深海であったので、あまりにも大きな圧力のため、水の分子と融合して、そのまま固体化したもの、と考えるのが自然だろう。

 要するに石炭や石油といった化石燃料の亜種、出来損ないだ。

 もしかしたら、これらがやがて石油のような物質になるのかもしれない。


 このように地球上に今ある炭素を含む全てのものは、微惑星が運んで来た二酸化炭素から作られたものなのである。

 光合成を行い、二酸化炭素から自分たちの身体に炭素を取り込み、作り上げたタンパク質やアミノ酸で構造体を作った生物こそ、こんな地球を作った張本人なのである。


 当然、栄養素としてお馴染みの脂質とか糖質、炭水化物なども二酸化炭素由来の物質である。

 ということは、すべての生命体は、二酸化炭素由来のエサを食べ、二酸化炭素由来の身体を持っている、ということを意味することになる。


 ビッグバンで生まれた元素は鉄以下の軽い元素ばかりだが、種類としては鉄の原子番号が28ということから分かる通り28種類もある。

 当然、第二世代の恒星内部で生成された元素まで持っている地球には、そのほとんど全てが揃っているわけだが、何故、生命は炭素ばかりに執着したのだろう。


 原子番号6番、炭素の何が特別だったのか、一応抑えておこう。


 まず元素単体では軽いというのが大きい。

 酸素の原子番号は8、そして窒素は7、つまり窒素や酸素よりも軽いのである。

 そして原子番号はビッグバンの過程で作られる多い方からの序列をも意味する。

 つまり絶対数で言えば、この中では炭素が一番多くて次いで窒素、酸素というふうになっている。

 これらはどれもこれも珍しいものではないということであり、割と簡単に化合物を作れるもの同士であることも重要だ。


 ガンダムの実物大モデルが横浜に作られたとき、最大の課題は、あの大きさを維持できる材料、ということが話題になった。

 強度を求め、金属を使うと、重すぎて動けないのである。

 いや動くどころか、地上では自分の身体を支えることさえ、困難なのである。

 なので、作られたガンダムは自立ではなく、補助タワーで支えられることになったのである。


 炭素は軽い。

 これは生物の身体を作る上で重要だ。


 そして炭素は他の元素と化学的結合をたくさん作ることができる結合子が多い、ということも重要だろう。

 他の元素は、特定の相手とはくっつけるが、いろんなものを、数もその都度変えてくっつけられるなんてものはほとんど無い。

 例の元素の周期律表に従えば、炭素と同じ周期律を持つケイ素すなわちシリコンは、炭素と同じように多様な化合物を作れるはずだが、現実には炭素ほどは多くない。

 これは炭素とケイ素の重さの差が大きく影響していると考えられている。

 ケイ素と同じぐらいの重量の元素でないと、結合しようにもうまく出会えないというようなことが効いているのだろう。


 ちなみに地球でもっとも重量的に多い元素はこのケイ素だそうだ。


 何にせよ炭素の作るような巨大分子をケイ素なんかで作ったら、それこそ地球重力に抗えないほど重くなることは間違い無い。


 改めて見れば、炭素の万能っぷりは見事なものである。


 炭素同士でいくつもつながれることができるし、水素、酸素、窒素、あるいは各種イオン、なんでもOKで多種多様な化合物を作れる。

 また僅かなエネルギーで、結合を切ったりつなげたりできるので他の物質に変えやすい。

 このことは特定の化学物質を運ぶという機能を果たす上で便利極まりないことを意味する。


 また、分子の大きさも自由自在だ。

 さらに、大きさをかなり大きくしても、結合構造が割と疎で、原子同士の距離が大きくなる関係で、分子の内部はスカスカであり、比重的には水並み、あるいは水よりも軽い状態が維持できる。


 軽量で丈夫、しかも構造が可変で大きさやその形までも自由自在、というところが炭素化合物の特徴なのだ。


 そしてビッグバン第一世代物質だから、量的制限は非常に緩い。

 いくらでも手に入った。


 成長や進化は、材料が炭素だったから可能になったのである。


 最初に生命を発明した神様は、炭素を見つけた時、目的に沿った最適な材料、いや何にでも変わる魔法の粘土を見つけられた喜びで小躍りしたことに違いない。


 炭素は、生命の要求する要件にピタリと当てはまったから、炭素を中心にしたシステムとして生命が設計されていったのである。


 そんな生物にとって絶対必要な炭素を地球にもたらしたもの、それが二酸化炭素というわけだ。


いかがでしたでしょうか。


なお飛ばした説明やその他の背景考察などを含めた完全版はアマゾンのキンドル本でどうぞ。

英語版もあります。


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