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樹種

地球史を理解するためには植物の進化、特に樹種の進化を深く理解する必要がある。

ほとんど二酸化炭素ばかりだった原始地球の大気から炭素を取り去り、生命由来の炭素化合物へと変えた立役者だからだ。


 ところで植物全体の話と森林の話をここまでごっちゃにしているので、そろそろ植物界の中での森林の位置づけという形でこれらの整理をしておこうと思う。


 植物イコール森林ではないし、森林イコール樹種全部ということでもない。


 また、気候に大きな影響を与えられる植物は、一部の樹種に限られるのである。


 二酸化炭素と光合成の話なら、植物全部と言ってもいいのだが、環境そのものを大きく変えるほどの威力があるのは、樹種、それも落葉広葉樹しかない。


 まず、植物が陸地に登場する前の地球では、水が空気中を移動できる距離は極めて短かったのではないかと考えられる。


 えっ、飛躍が大きくて話についていけない?

 いや、申し訳ない。

 こちらもどう説明すれば分かりやすくなるか、苦慮しているのである。

 どうしても日常の感覚と乖離した話に聞こえてしまうからだ。


 まず日常の感覚を確認しておこう。


 例えば我々が日本で目撃しそうな場面の話をすると、ある場所に建物とか設備が設置されていて、それが老朽化して取り壊され、更地に戻されたとする。

 売り地とされたものの、なかなか買い手が見つからず、また管理が悪く、やがて雑草が生い茂って草地となる。

 放置が続くと、いつの間にか鳥が種でも運んだのか、その中から立派な数本の木が育ち始める。

 さらに放置が続くと、いつの間にか空き地全体が雑木に覆われ、雑草の類は皆無くなってしまう。


 だから多くの方は更地→草地→雑木林となるのが、自然の流れと理解していると思うのである。


 だが、これは特定の条件が既に揃っているから成り立つ話なのだ。


 その条件とは水と土壌である。


 原始地球で初めて地上に現れた植物にはそれが十分確保できなかった、と考えられる。

 なぜならば、炭素由来の成分を一切含まないミネラルの塊のような土地の保水能力は非常に小さいからである。


 炭素由来の成分でできたものは多いが一例として油、というのがある。

 水と油、と言えば、もう絶対折り合わないものの比喩としてよく使われる表現だが、この言葉こそ事実と反している、と思える言葉はない。


 油は加水分解で容易にイオン化し、すぐ溶けるものが大勢を占める。


 ただ、温度の条件があって、融点がけっこう高いものが多いから、低温の水ではその親水性が発揮できないというだけなのだ。


 恒温動物がなぜ一定の体温が必要になったのか、というのも、要するに炭素由来の化合物が水に溶ける状態が無ければ、生命活動を維持できないからだ。


 水と油の仲が親密だったから、生物は生まれることができたのである。


 逆に言えば、まったくそういう親水性の物質が無いところでは、水はさっさと逃げる。


 逃げ足がおそろしく早い。


 加水分解のイオン化とまでいかなくても炭素化合物は分子が形状的に複雑なものが多いので水が入り込むと乾きにくいということもある。


 鉄やガラスでできたクルマの表面の水滴はすぐに無くなっても、湿った木炭はなかなか乾かないのと同じ理屈だ。


 水をたっぷり含んだ地面というのは植物が作り出すまで存在していなかったのである。


 炭素を含んだ土と含まない土。


 日本人にとって、分かりやすいのは、砂、だろう。

 あれは鉱物の粒子やカルシウムがほとんどなので、炭素分をほとんど含まない。

 少しは炭酸塩などの無機化した炭素も入っているかな。


 ところで、本書でもしばしば使用している単語だが、沙漠と砂漠の差をご存じだろうか。


 砂漠と表現するものは、日本の鳥取砂丘のように文字通り砂でできた大地だ。


 ところが沙漠の方は、そうではない。

 日本には全くない場所だ。


 粒子は砂よりもずっと細かく、まるで龍角散のようなものなのである。

 だから、水をこぼすといつまでも乾かない。

 水さえあれば、たちまち肥沃な農地に変わるもの、それが沙漠なのだ。

 もうおわかりだと思うが、沙漠の方は炭素由来の表土なのである。

 つまり元々は植物が作ったものだ。


 さて、同じ説明を繰り返すことになるが、水を含む表土がどのように作られたのかという視点でもう一度植物の陸地進出を見てみよう。


 地球は自転しているので、常に大気は陸地にやや遅れる関係で、地表に対しては相対的に東から西へと動く傾向がある。


 もちろんその大枠の中で、気圧差や季節の影響でもっと細かな動きがあるのだが、とにかく大勢としては、大陸の東には海からの湿度の高い空気にさらされるが、大陸の西側ではいくら海に面していても海からの水分補給は望みにくいという構造がある。


 これは現在の地球でも、だいたい人口の多いエリアは大陸の東側になっていることからも理解しやすい話だろう。


 衛星写真などで、農地や人のいる町のつながりを眺めれば、ははあ、海から供給される水分は空中をこんなに長く移動できるものなのか、とついつい考えてしまいそうになる。


 しかし、そんなことがあるわけないのだ。

 少量の水蒸気の話ならともかく、川を作るほどの大量の水蒸気が延々と旅をすることなど、滅多に起こるはずがない。


 温度によって激しく水蒸気が上下動することは分かる。

 が、高空の低い温度でも水蒸気のまま残れる水の量などたかが知れている。


 我々が良く知っている台風だって、高温の海から離れたら、すぐに勢力を弱めてしまうのだ。


 つまりほとんど同じ場所で空と陸または海との間を行ったり来たりしているのが、水蒸気の大部分を占めていると考えるべきなのである。


 ということは、大気の働きで起こる水の水平方向の移動は我々が考えているよりもずっと小さな範囲と考えるべきなのである。


 ならば、どのようにして水は大陸の内陸奥深くにまで運ばれたのか。


 それをもたらしたのは植物の陸地進出だと前に説明した。

 それをもっと詳しく見てみよう。


 最初に水から上陸を果たした植物がまずやったこと、それは根を丈夫にすることだったはずだ。

 なにしろ水中とは違い、葉をしっかりと太陽に向けるためには、まず自分自身をしっかりと立たせる必要があったからだ。

 地べたに寝そべれば、たちまち、激しい日射で日干しになる。

 それを避けるには、高温になる地表から距離を置かなければならない。

 根が強化されると、植物は表土のすぐ下では水が乾きにくいということを知った。

 で、根に新たな機能を追加することにした。

 そう、根に水分を吸収する能力を持たせたのである。


 次の課題は、使える水の量を増やすことだ。

 最初はもちろん根だったはずである。

 そしてその根を地中で伸ばすことで、少しずつ内陸へ移動していったのだ。

 日射の影響を避けられるし、地中なら水が逃げにくいということもあっただろう。

 根は水タンクであるとともに、内陸への送水管でもあったわけだ。


 根を長く、太く、広く拡げることで、体内で確保できる水の絶対量は増える。

 これは結局のところ、自分の身体を大きくすればするほど、確保できる水の量が増大することでもある。

 それに水平面での専有面積が同じでも高さを伸ばせば光合成の行える総量はいくらでも増やせる。

 太い幹や枝は、水を蓄える貯蔵庫としても申し分ない。


 植物の新たな発展戦略が巨大化に定まり、樹種が誕生したのである。


 こうして、樹種は樹種同士で今度は大きさを競う生存競争を始めた。


 大きくなって、体内で確保できる水の量が増えれば、より乾燥の激しい内陸でも成長できるようになる。


 そしてこうなるずっと前には、先祖の残した根や幹、葉が地表を覆っている状況が生まれていたはずで、それらから生まれた分厚い炭素由来の表土は格段に地中の水分量を増やすことに貢献したはずである。


 樹種が自らの仲間を増やしながら、陸地に運びあげ、そこに蓄えられることになった水の総量はどんどん増えていったはずだ。


 それまで海にだけ偏在していた水が陸地に大量に移動したのである。


 要するに樹種の面積が増えるということは、それは従来の陸とは違い、水をたっぷりと内部にかかえた、隠れ水源となるのである。


 これが少しずつ水蒸気を絶えず逃がすこと、そして激しく光合成を行うことで、気温が下がり、気候が変わるのだ。


 森があるから、雲が湧き、雨が頻繁に降るようになり、結果的に植物の生息域をますます増やすのである。


 この生息域拡大にどんな植物が一番威力があるかを考えたら、根、落葉、太い幹、優れた光合成能力とすべて揃えた落葉広葉樹が最強ということになる。


 風に運ばれ、胞子、種子がバラバラと荒野に撒かれる。

 そのうち奇跡的に一本が大きな木へと成長することができた。

 するとこの木は葉を茂らせ、それを何度も落葉させた。

 この落葉が新たな土壌を作り、水を蓄えるようになる。

 するとそこからまた新しい木が生える。

 こうして森が形成され、森の形成と同時に、炭素分をたっぷりと含んだ、地中に水分をたっぷりと貯め込んだ土地の面積も広がったのである。


 だから最初の氷河期が訪れる前、地球で一番繁栄したのは、この落葉広葉樹だったはずだ。


 植物の進化の歴史は大陸移動が繰り返された時期とも重なるので、具体的にこの落葉広葉樹がどこで生まれたのかはよくわからないが(最初の落葉広葉樹は今のものとは姿形も全く異なるシダ類の先祖ではないかと思うが)、ユーラシアとアフリカの中間辺だったのではないかと思う。


 現在の植生から見て、一番、その進出が遅かった地域が、南極、オーストラリア、南米に思えるからだ。


 森林が生い茂ったことで、大陸中の地中に大量の水分が蓄えられ、いつも水を絶やさない川の流れが生まれたのだ。


 それまでの川は、雨が降った直後だけ洪水を起こし、すぐに消え去るものだったのである。


 やがて氷河期を迎え、落葉広葉樹では対応できない寒い気候になると、地表の樹木は枯れるが地中の水分はそのまま凍り付くことになる。


 これが永久凍土、ツンドラである。


 しかし表土は元の世代の名残とも言うべき炭素由来成分が残ったので、新たな低二酸化炭素環境、低温環境でも生育可能な針葉樹などが広がったのである。


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