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未来の時計

作者: 西東惟助

 この記録自体が規則違反に抵触する恐れがあるが、本研究に直接ではないにしろ関わっている一人類として、残さずにはいられないと思った。


 いや、私は単におそらく公表されないであろう、変わることのない絶望的な未来を知る人間としての罪悪感からこの記録を残そうとしている。


 本題に入らなければならない。


 いまから二十年くらい前に人類は物質の転送装置を完成させた。(現在の日付を失念していた。今日は20XX年Y月Z日だ)


 この装置は、二つの装置間での転送が可能だ。だが、制約があって生物を生きたまま転送するのは不可能、精密機械の類も壊れてしまう場合があるらしい。


 もっとも私は研究員ではなく、この研究所の細かいことを処理する人員なので、詳しいことは知らない。


 転送装置の存在は今現在も公にされておらず、私も含む当研究所職員十数名のみが知ることである。


 なぜ、公表されなかったのか。それには様々な要因が考えられるが、装置の試作品が、未来へとつながってしまったことが大きいだろう。


 機械にはそれぞれ電話番号のような数字が割り振られ、その指定した番号を持つ機械に転送することができる。いわばファクシミリの物ヴァージョンと思えば理解しやすい。


 エラーテストの一つで存在しない機械番号に転送指示を入力した際、どうなるのかというものがあった。


 その実験は実験にならなかった。驚くべきことに転送に成功したのだ。転送したのはコーラの瓶三本、瓶の中には研究室の名前とその日付を書いた紙。その紙が瓶が転送されたものだということを証明してくれるはずだったが、転送は成功した。


 送り先はその番号からナンバー101と呼称、ナンバー101に転送され、消えた瓶の行方を捜しているとき、ナンバー1が動き出した。転送されてきたのは、転送した瓶一本とその中に入っている丸めた紙だった。


 手紙には送り主の軽妙な文章とその現状について書かれていた。


 以下はその文面である。




 過去の研究員諸君、素敵な贈り物をありがとう。中身が入っていればなおのこと良かったのだが、ただの瓶でもとても役に立つよ。


 さてはて、こちらはもうすでに現在の暦がわからない状態になっている。それもこれもあの隕石のせいだということは、君たちもまだ知らないだろう。


 あの隕石のせいですべての文明がゼロに近い状態に戻された。生き残っているのは私のように地下で眠らされていた者だけだ。


 限りある部品で私が作り出したこの転移装置。文明が滅びるまでにいくつの転送装置が作られたのかは知らないが、私はナンバー101と呼んでいる。101で転移(10はて、1はい)という洒落を加えてみたが、こう解説してしまうとあまり面白くはないな。


 ともあれ、過去とこうして物のやりとりができるとは思ってもいなかった。この機械を完成させ雷から電気を取り出した瞬間に急に動いて瓶を出したから驚いたよ。


 おっと、語りたいことは多いが、ここでは紙もペンもあまりない。また何か送ってくれるのなら、まずは紙とペンを頼むよ。




 最初の手紙はここで終わっている。


 研究室ではこの愉快なペンフレンドをH101と呼称し、転送装置ナンバー1を用い、さらなる接触を試みた。


 また並行してナンバー2によるナンバー3以降への転送実験もはじめられた。


 それが、およそ二〇年前の出来事である。


 現在になっていずれの実験もうまくはいかなかった。


 ナンバー3~100の転送機は存在しなかった。当研究室は装置の作成を取りやめており、後に続く団体はなかったのだろう。


 文明崩壊のXデイはいまだにわからない。


 二〇年もの間研究室は文明崩壊の恐怖に少なからずおびえ続けているのだ。


 研究上では日付を従来のものと併せて、ナンバー101との初交信年完成日を元年としH~年という呼称も用いられている。


 現在はH二〇年五月二日である。


 もう一つのヒント、ペンフレンドH101の方はと言うと、まったくといっていいほど成果がない。


 彼本人についてもほとんどわからない。名前も生年月日も出身地も年齢も。冷凍保存の弊害で自分にまつわることはほとんど忘れているらしかった。その記憶がないとはいえ転移装置を作ってしまう技術を持っているのだからただ者ではない。


 それでも愉快な彼とのやり取りは続いている。


 今後は何か変わったことがあったらここに書き込んでいくつもりだ。




 記録も見つからなければ意味がない。ということを今日は思い知った。先の記録から五年もの間、この日記のことを忘れていたというのは実に滑稽こっけいである。


 というのも最近、変わったことがあったと同時に、この日記の存在を思い出し今日までの実に四日間探していたのだ。


 私は何があったのか書かねばなるまい。


 すでにH二五年となった現在、例の愉快な未来人との交信は変化を迎えた。

 こちらの文明の物を順次転送していくという計画が生まれ、実行されている。


 その中で、現在の文明のものが刺激となったのか、彼の記憶は復活した。以下は彼からの文面である。




 研究員諸君、たびたび素敵な贈り物をありがとう。これで生活がとても楽になっている。


 今日はいい知らせと悪い知らせがあるんだがどちらから聞きたい? 手紙だとこの言葉も臨場感がないな。


 良い知らせは僕の記憶が回復したことだ。まだ完全ではないけどね。


 悪い知らせはその記憶の内容のことだそれがあまりにもよろしくない。


 私の眠った日がわかった。隕石はそれからあとのことだろうからいつまでは安全かわかるはずだ。願わくばその日付を迎えていないことを祈るよ。


 君たちの時間軸で私が起きていたとしても接触は眠ってからにしてほしい。君たちと会った記憶がないからどうなるかわからないのでね。


 そう言う事情もあって私の名前は伏せさせていただくよ。もっとも調べようと思えばすぐにわかるだろうけど、君たちがそこまで野暮じゃないと信じている。


 お願いはここまでにして話を戻そう。日付だ。


 20AA年B月C日。


 この日を過ぎていたのなら、君たちはいつ来るともわからない災害に再び怯えることになるのだろう。それはとても、悲しい。


 私は私で、いろいろと調べてみるよ。きっとすべてを思い出したわけじゃないはずだ。また連絡する。




 この手紙が書かれていた日付はとうに昔の日付だった。転送装置が作られる以前だ。この時間軸の彼は地下で眠り、我々と接点を持つことができない状態にいたのだ。


 研究室は暗い空気に覆われたようだった。隕石はいつ、落ちてきてもおかしくはない。


 それでも私は記録し続ける。今度はこの日記を忘れてしまわぬように。


 


 また手紙が来た。H101の他に生き残った人類がいたようだった。




 やあ研究員諸君。私だ。名前は名乗ったことはないけどね。これで十分誰だかわかるだろう。


 やっと私以外の人間を見つけた。それも一人じゃない。六〇人くらいの村を作っていてね。この世界にも希望があってよかった。文明は滅びても人類は存続していた。


 長い年月をかけても、あきらめずに元に戻ろうとするだろう。それが私の生きている間でなくても嬉しいことだと思うよ。




 手紙は短かった。今までと比べると村での暮らしは快適そうだった。私は隕石落下後の世界で人間が生きていることにほんの少しの安堵を覚えた。




 省略




 実にこの日記を書き続けて三〇年余りが過ぎた。H101からは時折手紙が来ている。

 そして今日、驚くべき内容の手紙が届いた。


 


 無名の著者よ、君はその研究室にいるはずだ。本日私は私のことと思える記述がある『未来の時計』と題された短編小説が書かれた日記を持つ人物に出会ったよ。


 その書には私が過去に送った文書が全くの改稿を加えられることなく記録されていた。こうやって改めて見ると恥ずかしいものだね。


 どうやらこの著者は恐ろしい日記を小説に、フィクションだということにして記録を残したらしい。


 僕はこの小説に載っている通りにこの手紙を書いている。本当にそうするのがしっくりくるように。


 残念なことにこの日記は途中で終わっていて、いつ隕石が落ちたのかわからない。


 日記の内容を手紙に書くのは面倒だから、一緒に送るよ。




 送られてきた文書は私の書いたものに相違なかった。ただ一連の記録の上に『未来の時計』という題が記されていた。


 嬉しいことにこの記録は残り、多くの人へと伝わっていたのだ。


 ああ、すぐにその時はやってくるというのに私の心は晴れやかだ。


 時計について私は知らない。そういえば私の腕時計が、壊れたらしく、時を刻むのをやめていた。このことが何か関係があるのだろうかはわからない。


 未来から送られてきた日記も途中で終わっているらしい。ならば私もこの記録を終わりにしよう。



 ラストはこう締めよう。


 その時も未来の時計は動かなかった。

 

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