第2話
「ねえ何で泣いたの?」
私は森で深幸ちゃんに人里への案内を頼んだのを少し後悔していた。なぜなら森はほぼ一本道だから迷いようが無いし、歩き続ければいつかは抜け出せられるからです。
「もしかして誰かに攻撃されて痛くて泣いたの?」
それを言うなら今あなた に攻撃されていますよ。子供のしている事だから泣くほどではないのですが、ハッキリ言えば少し距離は置きたいですね。
でもこの子には森の案内よりも、人里で朔來先生を紹介してもらう方が大事ですし、我慢するしかないのでしょう。とはいえ絡まれ過ぎなのでは、と思いながら私はこの件について黙秘を貫いていた。
「わかった! 悔しくて泣いたんでしょ!」
ちなみに悔しくて泣いたのは半分くらい正解です。名前も記憶も不明な自分が不甲斐なくて泣いたのですから、なんて思っている場合じゃありません。まさか睦江さんが森について『鬱陶しい』と言っていたのは、この子の事だったとは……。
「もう、なんにも答えてくれないの? お姉ちゃんで遊んだら面白そうだなと思ったのに、これじゃつまんないよ」
『お姉ちゃんで』って言いましたか。あと『遊んだら』ってどういう意味なのでしょうか。弄ぶという意味では充分に遊んでいると思いますよ。
さて、ここまでお姉ちゃんだからと我慢してきましたが、そろそろ叱るべきなのでしょうか。正しい方向に導くのも年上の努めなのでは、とも思うようになってきました。もやもやとした気持ちの整理がつかず頭の中で駆け巡る。
とりあえずさっきの言葉は聞いてないふりをして話を反らすための質問をしてみた。
「それより、いつもは何して遊んでいるの? ほら今日とかは?」
「今日はみんなと三途の川に行って笹舟で競争してたよ。あと睦江お姉ちゃんとも一緒に遊んだ。睦江お姉ちゃんっていうのは、三途の川にいる鬼でね……」
こちらが相手してあげたからだろうか、意気揚々と話し出した。あの笹舟は深幸ちゃんが流したものだったんですね。聞いている限り、ちゃんと子供らしい遊びをしているようで少し安心しました。
そういえば三途の川で流れていた笹舟がきっかけで睦江さんに会えたんですよね。口に出すとまた面倒な事になるような気がしたから、心の中で深幸ちゃんにお礼を言った。
「それで誰のが一番最初に橋を越えるか、みんなで勝負して……」
ふと思い出したのですが睦江さんって最初に合った時はちょっと不機嫌でしたね。『さっきの奴らといい』と言っていましたけど、つまり他にも誰かいたという事ですよね。深幸ちゃんみたいなのが他にもたくさんいたら大変そうだな。私はあの時の睦江さんの態度の理由と苦労を察した。
「そうだ! 面白い事を思いついた!」
深幸ちゃんは私の横から離れて、小走りで先に進んで立ち止まり、微笑みながらこっちに向き直した。楽しそうに遊びの話をしていたからなのか、何か考えがみたいです。でも出会ってからそれほど経っていませんが、私はこの子について分かったような気がします。きっとロクでもない計画だと、嫌な予感が物凄くしています。
「ねえねえ、この森にお姉ちゃんを置き去りにしたら泣いちゃう?」
さすがに聞き流せない事を言われたので、深幸ちゃんを呼び止めた。しかし私の声は突風でかき消されてしまった。自分を風から防ぐため、とっさに腕で前方を守って腰を低くし砂埃が目に入らぬよう視界を遮った。風が収まり体制を元に戻すと、そこにはさっきまで目の前にいた彼女の姿はありませんでした。
「あれ深幸ちゃん?」
いったい何が起きたのか分かりませんでした。本当に私を置いて行ったのでしょうか、それとも何者かに連れ去られたとか。よく考えるとここは三途の川があるような物騒な世界、可能性としてあり得なくないです。
「深幸ちゃん何処にいるんですかー? こんな所で一人だと危ないですよー」
私は出来るだけ大きな声で呼びかけたが何も反応が無い。手を耳に当てても聞こえてくるのは、木々が擦れる音だけで返事はまったくありません。
「どうしましょう探しに行った方がいいのかな? でも入れ違いなったら結局また深幸ちゃんが一人に……だとしたらここから動かないほうがいいのかな?」
「冗談だよ、お姉ちゃん!」
また後ろから急に話しかけられた。しかし今度は驚かないですぐに振り向いた。そこには私を指差してケラケラと嘲笑っている深幸ちゃんがいた。
こっちはそれなりに心配していたのに、さすがにもう愛想が尽きました。
彼女は一通り笑い終えると、何故か頭巾を外しだした。すると今まで布で隠れていた頭部には動物の耳がぴょこんと二つ付いていた。その姿に私は開いた口が塞がらなかった。
「許してニャン」
どうやら深幸ちゃんは猫らしい。