第1話
どれくらいここにいるのでしょうか、睦江さんに距離を聞いておけばよかったです。ほぼ一本道の森の中をずっと歩き続けるのは時間の経過を狂わせます。奥に進めばより一層、草木が生い茂っていて肌で湿気を感じるほどの自然が増加していく。道を少し外れた暗闇からは何か出てくるのではという恐怖があります。
「用心のために折れた枝で武装でもした方がいいのかな」
私は丁度いい長さの物を見つけようとしましたが、いざ探し始めると案外と無いですね。わざわざ木を折るのは可愛そうですし、なにより森の怒りを買いそうで怖くて出来ません。ここはそう思わせるほどの何か神秘的な雰囲気があります。
「ねえ! さっきから一人で何してるの?」
私は驚きのあまり声が出なかった。後ろから急に話し掛けられて体が強張り、走って逃げる事も出来ませんでした。ゆっくりと振り向くとそこには私より幾つか年下の女の子が居た。
彼女は肩に付きそうなくらいの綺麗に切り揃えられた黒髪で頭巾を被っている。それでいて何か言いたそうに小さな体で私の周りをぐるぐると回りながら、黄色い瞳でこちらを見ている。
「お姉ちゃん、この森に何しに来たの?」
先程までは私がお姉さんと睦江さんに言っていましたけど、今度はお姉ちゃんと呼ばれる立場になりましたか。私は見ず知らずの子供にお姉ちゃんと呼ばれるほどの頼りがいは無いですよ。この森だって歩いて進むだけなのに、この道で本当に大丈夫なのかなと不安で仕方なかったんですから。
「この森に用があるんじゃなくて、この先の人里に行きたいんですよ」
「なんで人里に行くの?」
さっきから質問攻めにあっていますけど、ちゃんと説明したほうがいいのかな。過去の記憶も自分の名前も分からないから、人里でこの問題に詳しそうな人を探していますって。
しかし、この子は本当に興味があって聞いているのでしょうか。さすがにここまで聞かれるとちょっと疲れてきますね。
「そうですね、人里で頭がいい人って知ってる?」
矢継ぎ早に質問を投げ掛けられるのでこちらも同じく質問をしてみた。もしかしたら人里について何か知っている事があるかもしれないので、正直に自分の目的を聞いた。
「深幸が知ってる人里で頭が良いのは朔來先生かな」
質問ばかりされましたけど、こちらが聞くとちゃんと答えは返って来るんですね。まずこの子は深幸っていう名前で、朔來先生っていう人を知っていると……。先生と呼ぶという事は深幸ちゃんはそこの生徒なのかな。そして先生と呼ばれる人といえば、教師とかお医者さんといったところでしょうか。これは私の問題を相談しても良さそうな人ですね。
「あのね深幸ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど。その朔來先生という人に会いたいんだけど、今からそこへ案内してくれませんか?」
子供とはいえ慎重に話を進めないと、せっかくの情報を失ってしまいます。こんな小さな子に頼るお姉ちゃんでごめんなさいね。
深幸ちゃんは腕を組んで頭を傾けながら、う~んと考える仕草を大きくしている。知らない人と一緒に行動するのは子供にとっては危険だからでしょうか。迂闊に話しかけない方が良かったのかもしれません。
しかし、その動きはとても愛らしくて深幸ちゃんを見ているとなんだか癒やされます。
「いいよ! いっしょに行こう!」
「ありがとう深幸ちゃん!」
私への警戒心を解いてくれたのか、案内してくれる事を約束してくれた。深幸ちゃんが純粋な子で良かった。これで安心してこの森を抜けられる上に、朔來先生という人にも会えます。とりあえずこれからの行き先は大丈夫そうですね。
「じゃあ、こっちだから付いて来て!」
深幸ちゃんは元気いっぱいに私の服を引っ張って行く。それに歩幅を合わせながら横に並んだ。子供は無邪気で可愛いですね、最初は少し面倒だと感じましたけど仕方ないないですよね。きっと、いろんな事が気になる年頃なのでしょう。
「そういえばお姉ちゃんにもう一つ質問があるんだけど」
深幸ちゃんはまた何か聞きたいようですね。全然いいですよ、遠慮なく何でも聞いてください。なんてったって私はお姉ちゃんなのですから、どんな質問にも答えてあげます。
「お姉ちゃんさっきまで泣いてたでしょ。なんで?」
それは質問じゃなくて、ただの尋問です。