第3話
川沿いをしばらく歩いていると一面に広がっていた彼岸花も徐々に少なくなり、踏まないように避ける必要がなくなったため気にせずに歩けるようになりました。ずっと地面ばかり見ながら歩いていたので、今度は周囲に気を配りながら歩くようにしています。しかし相変わらず薄く霧が掛かっているのと彼岸花が所々には咲いている事以外では特に変わった様子は無いんですけどね。
しいて言えば上流からたまに笹舟が遅れていくつか流れて来た事ぐらいでしょう、それが何を意味しているのかは分からないのですが。
「なんでしょう?この先に竹林でもあるのかな?」
もしこの先にいるのが子供だった場合、助けてもらう身としては正直ちょっと頼りないなと思います。その子達の親、もしくは近くに大人がいることを願う事しか今は出来ません。
宛もなくひたすら前進していると右手側に川を渡るための橋が見えてきた。
「橋があるけど、ここで渡った方がいいのかな?」
突如として現れた2つの新しい選択肢に戸惑った。笹舟を頼りに誰かに会うまでこのまま川沿いを進むか、誰にも会わず右に曲がり橋を渡るか。とりあえず考えながら歩き続けて、橋の前で足を止めた。
「ここまで来ましたけど、この先どうしたものか」
橋は横幅が広く大きくアーチを描いていて弓なりになった構造は、せり上がりで向こう側が物理的に見えない。外観は霧でよく見えないけれど渡っている内に崩れてしまう事は無さそう。
「橋の向こう側は霧が晴れているのかな?」
川沿いを延々と歩き続けて来た結果、代わり映えのしない景色に飽きていた。心ではもう橋を渡ることは決定しかけている中、近くの枯れた木の下で岩に腰掛けている和装姿の女性が目に入り私は安堵した。
「やっと人に出会えた。しかも子供じゃなくてお姉さん、これで助かりました」
赤い髪を後ろで束ね、真ん中で分けられた前髪はそよ風で少し揺れている。自然の音に耳を傾けているのか目を閉じて、肘と膝を合わせて右手で顎を支えながらのんびりとしていた。
しかし休んでいるからだろうか、それとも彼女の雰囲気なのか少々話しかけ難い。このお姉さんが笹舟を流していたとは思えないがここに来て初めての人間、恐る恐る近づき一定の距離を保ちつつ声を掛けてみた。
「あのう、すみません」
話しかけたがお姉さんはこちらに振り向きもせず微動だしない、というか無視に近い。もしかしたら私の声が小さかったのかなと思い、今度は大きな声でもう一度話しかけた。
「あのっ!」
「うるさいな何さっきから! 仕事の邪魔だからどっか行きなっ!」
それなりの音量で声を出してみたが返す刀で言い負かされてしまいました。確かに仕事中に急に話しかけたら気が散ったりして怒る人もいるでしょう。でもちょっとまってください、仕事なんてしてないですよね。今のお姉さんの状況的に休憩中にしか見えないんですけど。
「あの助けて欲しいんですが」
「ったく……さっきの奴らといい、ゆっくりサボれやしない」
下を向きながら彼女は愚痴をこぼしている。というか休憩中でもなく、ただのサボりだったんですか。それだったら話ぐらい聞いてもバチは当たらないと思いますよ。困っている方がいたので人助けしていたと聞いたら情状酌量で上司も多少は許してくれるんじゃないですかね。
「で? 助けて欲しいって何さ」
お姉さんはこちらに顔を向けながら話を進めてくれた。だけど私の目に飛び込んだのは彼女の額の左上にあるものだった。私は横から話しかけていたため顔の右半分しか見ておらず気がつかなかったが正面を見てとっさに声を出してしまった。
「そっ……それなんですか?」
「ん? あぁ角だよ。あたしは鬼だからな。」
無礼にも指で差しながら聞いてしまったが何も気にせず軽く返答してくれた。人間だと思って話しかけていたが彼女には、先が赤くて大きく曲がった鋭い角が一本生えていた。あまりにも衝撃的過ぎて私は考えがまとまらなかった。今話している彼女は人間では無くて妖怪の鬼だと言うのだから。
「鬼? 鬼ってあの金棒とか持ってる……」
自分でも可笑しい事を口走っているなと思った。たぶん冗談であって欲しかったのでしょう、作り物の角で私を驚かすためにした事だと。
「ん? まあ持ってるけど」
彼女はその場で立ち上がり、どこから取り出したのか見るからに重そうで黒くて刺々しい金棒を右手で掴み軽々しく持って私に見せてくれた。いや信じられない、きっと手品かなにかで取り出したんだ。今こうして私と話をしているのが鬼とか、そんな非常識な事あるはずがない。
この場所は踏み潰す花も無いことだし、いっそこのまま倒れて横になろうかとさえ思った。この場所……そうだ場所といえば、一番聞かなければならない重要な事があるじゃないですか。
「えっと、ここは何処なんですか?」
彼女は金棒を肩に乗せて私に悪びれる事なく顔は得意げな笑みを浮かべて言った。
「ここは死者が流れ着く場所。三途の川だよ」