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牢の中の僕は愛を知っている  作者: 楠木 茉白
9/11

9

「ちょっと宝、ちゃんとお箸使って」

「えぇ……できない!お父ちゃん食べさせて」

「えっ?うんいいよ、はい、あーん」「あーん」

「もう……蒼太甘やかし過ぎ」

「ええ、そうかな?宝明日はお箸使えるよねぇ?」

「うん使う」

「そうかぁーじゃあいいよ、はい、あーん」「あーん」

「もう……フフッ」


俺と結衣は俺の十八歳の誕生日を待って正式に夫婦となった。決して裕福とは言えないが毎日が凄く幸せだった。


「おとーちゃん!」

「ん?どうした?」

「遊園地に行きたい!」

「遊園地?」

「うん!」

「そうだね、今度の休みにみんなで行こうか」

「嫌だ!今日がいい!今日がいい!」

「ええ……今から?」

「宝!お父ちゃん仕事で疲れてるんだから無理言わないの!それに今からなんて無理!」

「嫌だ嫌だ!わーん!」

「泣いたって駄目!」

「いーやだ!」

「よーし!じゃあお父ちゃん遊園地に行こうか!」

「うぅ……」

「ほら宝ー!お父ちゃんジェットコースターだぁ!ガタンゴトンガタンゴトン、ヒュー!」

「わーい!もっかいもっかい!」

「もう宝」

「よーし!じゃあこのままお父ちゃんジェットコースターからお父ちゃんウォータースライダーへ行こう!ヒュー!」

「アハハ!ヒュー!」

「もう、フフ」


宝はすくすくと育っていき、日に日に結衣にそっくりになっていく。


宝は本当に可愛いく結衣が俺にくれた宝物なんだと思った。貧乏でろくに遊園地にもなかなか連れていってやることはできないが、いつも何でも楽しそうにしてくれる。


「お父ちゃん、次はね、ハイパーマンのミラクルブレードを作って」

「ハイパーマンの?うん、いいよ」

「やったー!わーいわーい!」


おもちゃも俺が職場で余った廃材やダンボールで作った物だがいつだって宝は凄く喜んでくれていて、申し訳なさもあったが、宝のその笑顔は俺を本当に幸せにしてくれた。


俺は宝と結衣の為なら何だってできると思ってた。


「おーい!青山!ここの穴削ってくれ!」

「はい!」


俺は中学卒業後すぐに重労働ではあるが給料のいい土木施工の会社に就職した、始めはアルバイトであったが結婚を機に正社員として雇ってもらえる事になり、貧乏ではあるが宝と結衣を何とか養ってこれた。結衣も宝の保育園が見つかるとスーパーマーケットでパートとして働きに出ていた。


決して裕福ではないが、俺たちの日常は本当に小さいながらにも暖かく幸せだった。


「お前も大変だよな、まだ二十歳にもなってねぇのに子供と嫁さん抱えて毎日せっせとよ、遊ぶ時間もねぇだろ?」

「いやぁ、でも子供は可愛いし嫁も働きに出てくれているんで、俺は十分満足しています」

「なんだよしけてんなぁ、俺がお前位ん時には給料の度に打つ買う呑むだったな」

「打つ買う呑む?ですか?」

「ああ、そうよ、でも今はかみさんに財布をしっかり握られてるからな、呑むくらいのもんよ」

「そうですか……木村さんのお子さんて」

「今3人下の子は来年中学生だ、そう言えば宝ちゃんは今何歳だっけか?」

「今年五歳になります」

「なんだもうすぐ小学生じゃねぇか!なんだったらランドセルあげるぞ」

「いえ、ランドセルは新品を買ってやろうと思ってるんです、俺子供頃ランドセルは御下がりで嫌な想いをしたから、宝には普段何も買ってやれないぶん……ランドセルぐらいは新品じゃないと可哀想で」

「そうかぁ、お前若いのに立派だよ」

「そうですか……ありがとうございます」


職場の先輩の木村さんはがさつで乱暴な一面もある人だが、面倒見のいい兄貴肌の人で俺の事をなんだかんだ気に掛けてくれている。


「まぁお前はわけぇんだから何かあったらよすぐに言えよ」

「はい、ありがとうございます」


仕事はしんどい事もあるが家族の為ならなんて事もなかった。





「ねぇ結衣」

「ん?どうした?」

「宝はさ、兄弟が欲しいのかな?」

「急にどうしたの?」

「この間保育園に宝を迎えに行った時にね、宝がそんな事を言ってたからさ、だから」

「蒼太……私……」

「だからさ、犬でも飼うってのはどうかな?」

「犬?」

「まぁ流石に今すぐって訳にはいかないけどさいつかはってね」

「いつかか……でもここでは」

「そうなんだよ!ここのアパートはペット駄目だと思ってたんだけどね、大家さんとたまたま話をしてたらここのアパートってペット禁止じゃないんだって」

「そうなの?」

「そうなんだ、だから宝にいつか……まぁなかなかペットもお金は掛かるからね、犬とは限らないけど…いいかなって思ってさ」

「そっか……うん、いいかもね」

「そう!いいよね、ハハ」


宝に兄弟を、そうすることが本当はいいのだろうけど、俺たちにはできる事ではなかった。


「蒼太……」

「どうかした?……結衣?」

「ありがとう……」

「いいえ」


俺たちは夫婦ではあっても、結衣と夫婦の営みを行うような事はできなかった。俺は結衣の傷ついた心に寄り添い、傍らにいる事ができればそれで十分満たされていた。





「あっ!青山くん!」

「あっ、大家さん、おはようございます」

「青山くん、この前ペットの話したじゃない」

「はい」

「それがね、先週出た人がねペットを飼ってたのだけどね、いろいろ置いていったのよ」

「そうなんですね」

「青山くんいるかなと思ってね、どう?」

「いいんですか?」

「そうしてもらえるとうちも助かるわ」

「ありがとうございます、じゃあ仕事終わったら取りに行きます」

「なんだか押し付けたみたいになるけどお願いね」

「いえいえ、ありがとうございます!」


俺は仕事が終わると手早く大家さん宅に向かい、ペットゲージやその他の備品を受け取ってから結衣と宝の待つ家へと帰った。


「ただいまぁ」

「おかえりー父ちゃん!何それ!」

「お帰りなさい、それどうしたの?」

「いやね、大家さんがくれたんだ」

「そうなんだ……とりあえず奥の部屋に持っていく?」

「そうだね」

「わーい!わーい!何それ何それ?」

「宝これはね、ワンちゃんとかネコちゃんのお家だよ」

「ワンワンとニャンニャンのお家!」

「そうだよ」

「すごーい!」


この部屋には大きな物だが、宝が喜んでくれているそれだけで俺は間違っていないと思った。


「でも、ペットってどうする?」

「まぁ急がなくてもゆっくり何がいいか考えようよ」

「うん、そうね」

「わーい!わーい!」

「宝も喜んでるし、休みの日にいろいろ回ってみるのもいいよね」

「そうだね、なんだか私も楽しみになってきた」

「へへ」

「ちょっと宝!何やってるの!それはワンワンのお家だよ!」

「ワンワン!」

「もう……」


宝は急なプレゼントのように喜んで、本来であればペットに使う物もおもちゃの様に思って遊びだしていた。


「ワンワン!ワンワン!」

「宝、それはワンちゃんの物だからね」

「ワン!父ちゃんこれは?」

「それはワンちゃんの首輪とリードだよ、ワンちゃんの散歩に使う物」

「見て見て!こう使うの?」

「駄目だよ宝、もう」

「駄目!外して!そんな事しちゃ駄目!」

「ウーワン!」

「もう……」


ここまで喜んでくれるのは嬉しくもあり、はしゃぐ宝は可愛いく愛おしく感じていた。


「ちょっと、蒼太」

「いや、せっかく可愛いから記念にねカメラで撮っておこうかなと」

「もう、蒼太まで……フフ、まぁ確かに可愛いけど」

「でしょ、いつか宝が大きくなった時に子供の頃こんな事してたよって、笑い話になればね」

「ワンワン!」

「じゃあ宝撮るよこっちを向いて……できた、さぁ宝もう外して、もうしちゃ駄目だよ分かった?」

「うん!分かった」

「よし、宝はいい子だね」


俺たちの未来もこうやってくだらない事で家族みんなで笑い合えたらいいと思ってたんだ。


でもペットはやっぱりそうそう簡単に飼える事もなく、大家さんからもらった備品はしばらく宝のおもちゃとなっていた。





「今日棚卸しの日でね私遅くなりそうなの」

「あっ、じゃあ俺が宝の迎え行くよ」

「ごめんね、それと夕食も食べておいてくれない?」

「うん、大丈夫お風呂も入れてご飯も食べさせておくよ」

「ありがとう、仕事で疲れてるのに……」

「結衣も仕事で疲れてるのにいつもやってくれてるんだからこんな時くらい安心して俺に任せてよ」

「うん、蒼太……ありがとう」


その日は朝からの曇り空でピリっとしない天気模様だった。


「宝、今日は父ちゃんが迎えに行くからな、晩御飯何がいい?」

「わーい!やったぁ!父ちゃんが迎えに来る!」

「じゃあ、蒼太お願いね」

「うん、任せておいて、行ってきます」

「行ってらっしゃーい!」

「ほら、宝も保育園の準備して」

「はーい!」


仕事終わればまた俺の家族が待ってる、いつもの様に俺の大好きな家族が待っていると仕事へ向かった。


「おーい!青山!あとこれやっておいて!」

「はい!」


この日の仕事はサクサクと進みいつもよりも早く驚く程順調であった。


「青山ぁ、何よ今日調子がいいじゃない」

「あっ、木村さんお疲れ様です」

「仕事が進むじゃん、何かいい事でもあったのか?」

「いや、そんなんじゃないんですけど、今日嫁が遅くなるみたいで子供の迎えを早く行ってやんないといけないので」

「なんだ嫁さん何かあったのか?」

「ああいや、スーパーの棚卸しがあるみたいでそれで遅くなるみたいなんですよ」

「そうか、そりゃ大変だなぁ」

「いや、いつも嫁さんには子供の面倒を任せっきりなんでこんな時くらいはやってやんないと」

「いい親父だよ、おめぇは」


終業時間が近づくと俺はそわそわしていた、早く宝の迎えに行ってやりたいという思いとミスがないように最終確認を徹底的にやっていた。ミスがあればその分だけ終業時間が遅くなってしまう。そんな事にはならないように慎重にしていた。


「おーい!青山!」

「はい!」


終業時間前にドスの効いた親方の声に呼ばれると何かあるのではと緊張してしまう、しかし何かミスがあったのか俺には心当たりがなかった。


「はい、なんですか?」

「お前今日嫁さんが遅いんだろ?」

「えっ、はい……」

「だったらもういいぞ、早く子供迎えに行ってやれ」

「あっ、はい!ありがとうございます!」


おそらく木村さんが親方に口添えしてくれたのだろう、本当に面倒見のいい人だ、ぶっきらぼうなところがあってもこういう一面があるから親方からの信頼も厚く、後輩たちからも慕われていた、そんな木村さんの行為に素直に感謝している。


「宝、ただいま」

「わーい!父ちゃんだ!」

「先生ありがとうございました」

「いいえ、今日宝くんずっとお父さんが迎えに来るって喜んでいましたよ」

「そうですか、じゃあ宝帰ろうか」

「うん!」


毎回宝を保育園に迎えに行く時に思う事がある、嬉しそうに出迎えてくれる姿には本当に俺も嬉しくなる、でも少しづつ大きくなっていく宝を見ると刹那的な寂しさも感じてしまう、これは親の宿命なのだろう。


「宝は夕御飯何がいい?」

「んとね、カレーがいい!」

「カレーか?いいよ」

「やった!やった!」


青空園では御飯を作っていたからカレーくらいなら俺でも作れる。宝は俺の作るカレーを気に入ってくれているようでこんな時はいつもカレーを求めてくれる。


「父ちゃんのカレーぃ父ちゃんのカレーぃ」

「じゃあ父ちゃん頑張るって作るね」

「うん!」


手を繋ぎ歩く夕暮れの帰る道はいつも通りで、どこかの家の料理のいい匂いが心地よく鼻を通り抜けていき食欲が増すのが分かった。


家に着くと俺は早速調理にかかった。野菜を切り特売で買った百グラム八十円の小間切れ豚肉をニンニク一欠片と一緒にさっと炒めて野菜と合わせてから水を入れて煮込み、火を止めて少し寝かしてその間に宝を風呂に入れた。


「もうすぐカレーできるからな、先に風呂に入ろうか」

「うん!チャプチャプー」


宝ともう何度こうして過ごしてきただろうか、何度一緒に過ごしも飽きることもなく毎回新しい経験をくれる。いつか宝が大きくなったらもう一緒にこうやってお風呂に入ることもなくなるのだろう。


「頭流すから目目つぶって」

「うん、うぅぅぅ」

「よし、綺麗になった湯船に入るよ」

「うん!ざっぶーん!」

「ちゃんと温まってね」


小さな湯船に宝とくっつくように入るこの瞬間で仕事の疲れも一気に吹き飛んでしまう、そんな気分だ。


「保育園は楽しい?」

「うん!今日ねみんなでハイパーマンやったんだよ」

「そうか、良かったね宝は将来ハイパーマンになりたいんだもんね」

「うん!ハイパーマンになる!」

「そうか、ハイパーマンは宝の夢だね」

「ねぇ父ちゃん、父ちゃんの夢は何?」

「えっ?父ちゃんの夢?」

「うん!」

「父ちゃんはねぇ、宝と母ちゃんが元気で楽しんでくれてたらいいかな」

「えーわかんない!駄目ぇ!」

「んー駄目か……そうだね、父ちゃん海に行ったことがないから、みんなで海に行ってみたいかな」

「海?」

「そう海、そうだ、父ちゃんは海の見える家にいつかみんなで住む事が夢かな」

「僕も海に行きたい!」

「そうだね、いつか行こうね」

「うん!」


宝とはよくお風呂でこんな風に話をしていたが、まさか宝に俺の夢を聞かれるなんて、昔結衣に聞かれ時以来で感慨深い気持ちになったが、でも俺の夢はもう叶ってる。家族がいること、それでそれだけで俺は夢の中にいるのだから。


「カレーできたよ」

「やったー!カレーだカレーだ」

「よし、食べよう」

「せーのいただきますの御挨拶」

「いただきます」「いただきまーす!」

「おいしーい!」

「ありがとう」


あの部屋にいた頃に夢見てた、こんな光景、家族と楽しく食卓を囲む、今は毎日が楽しくてあの頃の俺に教えてやりたい、辛い事もあるけど今は、俺は幸せだと。


「ふぅ、ご馳走様でした……宝?眠いのか?」

「ううん……眠くない……」


宝はお腹が満たされて眠気がやってきた様だ、まだ遊びたいのかなかなか寝ずに頑張ろうとするがそんな姿も愛くるしかった。


「宝、もう寝ようか?父ちゃん布団敷いておくから」

「嫌だ……まだ寝ない……」

「そう?敷いておいたからいつでも寝なよ、じゃあ父ちゃん片付けするからね」

「うん……」


いつもよりも早い時間だが楽しみにしてくれていたのだろうか、宝はもう眠ってしまいそうだ。


ピンポーン


こんな時間に誰だろうか、呼び鈴が鳴り響いた。


「はい」

「よっ」

「あ、木村さん、お疲れ様ですどうしたんですか?」

「いやよ嫁さん遅せぇんだろ?つまみの差し入れと美味い酒が手に入ったからよ」

「ありがとうございます、どうぞ上がってください」

「わりぃな、宝ちゃんは?」

「宝は今飯食い終わって……あれ?」


振り向くと宝の姿はなかった。


「多分奥の部屋で遊んでるんじゃないですかね」

「そうか、そんじゃあ飲もうぜ」

「あっはい、カレーあるんですけど食べますか?」

「おっ!後でもらうかな、まぁ座れよ」

「どうも」


成人を迎えたばかりで酒の味なんて分からない俺にとってはこういう誘いは苦手だが気に掛けてくれている事には悪い気はしなかった。


「そんじゃ乾杯」

「あ、乾杯」

「くぅー……うめぇな」

「ぐふ…ごほっ、そうですね」

「だははは、まだまだわけぇな」

「すみません…」

「まぁ、これからだ」


木村さんとしばらくたわいもない話をしていると、あっという間に酒はなくなり気がつけばそろそろ結衣が帰ってくる時効になっていた。


「あっ、もうねぇじゃん」

「そうですね」

「そう言えば宝ちゃん、随分と静かだな」

「ああ、多分寝てるんじゃないですかね眠そうにしてたんで」

「そうか、どれどれちょっと様子でも見てみるかな」


そう言うと木村さんは奥の部屋の襖を開けて見ていた。


やはり宝は眠っていた、遊び疲れたのかペットゲージの中で電池が切れた様にぐったりとしていた。はじめはゲージの中で遊ぶ事を注意していたのだが宝は秘密基地のようにして楽しんでいたので次第にろくにおもちゃも買ってあげられない後ろめたさもあり容認する様になってしまっていた。


「あーあ、また宝は」

「おい、これはどういうことだ?」

「えっ?これですか?」

「おめぇ!これはどういうことなんだよ!」

「えっ?どうしたんですか?」


木村さんは突然激高しだし俺は力強く胸ぐらを掴まれたが、俺は木村さんが怒っている理由がその時は分からなかった。


「どうしたじゃねぇぞこら!」


バコ!


鈍い音と共に鉛の塊の様な木村さんの拳が俺の頬と顎に鋭くぶつかった。


俺は目の前が薄白くなり体中から力が抜けていくのが分かった、そして気がつけば天井を見上げていたが目の前はチカチカとフラッシュを当てられている様な感覚に襲われ体にも力が戻ってこなかった。


「うぅぅぅ」

「宝ちゃん!もう大丈夫だ!おじさんと行こう!」

「んんん……父ちゃんは?」


頭がクラクラし意識がハッキリとしない、こんな時に限って走馬灯の様にあの父親の事を思い出す。鬼のような形相で殴ったかと思えば下品に笑いだし俺を殴る時のあの顔が永遠のようにフラッシュバックされる。


「はっ!」


まだ頭が少し痛いが何とか意識がはっきりし始めると痛烈な頬の痛みがやってきてようやく俺は気付く。


「宝?……宝!」


宝が家に居ない事に気がつくと俺は頭が真っ白になり、外に駆け出す。


「たからぁー!そんな……」


辺りを見回しながら俺は考えがまとまらない中あてもなく走り宝を捜した。


「たから……たから……たからー!くそぉ……どこに……」


俺は何とか混乱した頭を落ち着かせ考えた。


「木村さん……」


ようやく木村さんのことを思い出し俺は木村さんの家に向け走りだすと足の裏に激しい痛みを感じた。焦っていて靴を履き忘れていたせいで何かを踏んだのだろうか血が出ていたがそれどころではなかった。


宝を捜さなくてはと。宝は不安で泣いているかもしれない、怖い想いをしているかもしれないとそう考えただけで痛みをかまっている暇などなかった。


「はぁはぁはぁ……たからー!」


木村さんの家が見えてくると俺は力を振り絞り足を更に速めた。足には激痛が走るが奥歯を噛み締め考えないようにした。


「ちょっとすみません、青山蒼太さんですね?」

「なんですか?」

「警察の者です、ちょっとよろしいですか?」

「待ってください!今宝が、子供を捜しているんです!」

「ええ、分かってます」

「どういう事ですか?」

「とりあえず、署の方でお話を聴きたいので御協力お願いします」

「すみません、子供を捜してますので」

「まぁ、お待ちください」

「離してください!たからー!たからー!」

「はいはい、待ってください」

「離してくれ!」

「はいやった、公妨ね、行くよぉ!」

「待ってくれ!たからー!たからー!」


どうしてこんな事になったのか俺には分からなかった。突然現れた警察に無理やり両肩を固められ連れて行かれそうになると遠目で木村さんの家から宝が飛び出してくるのが見えた。


「たからー!離してくれ!たからー!」

「父ちゃん!父ちゃん!父ちゃん!」

「行くぞ!」

「離せ!宝がいるんだ!離してくれ!たからー!」

「うぇーん!父ちゃん!」


宝がいるのにそばに行ってやれない、大泣きする宝を慰めることも抱きしめてやることもできない。


どうしてこんなにも辛く悲しいのか。


「行くぞ!さっさと乗せろ!」

「たから……」


無情にも俺はパトカーに乗せられ、パトカーは走りだすとバックミラーに宝が追いかけて来るのが見える。その姿を最後まで目で追うと俺は自然と涙が頬をつたるのが分かった。


俺は宝に対する傷害罪で逮捕されたのだった。





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