92. 壁を(旧五野八編10)
「嘘だろ……何も無いじゃねぇか」
急足で慌ててトンネルの奥へ向かう。
行き止まりの奥に着き、急いで辺りを見回すがやはり何も落ちていない。もしかしたら、ダラメット達が先に来て持って行ってしまったのだろうか。だが、もし二人が世界財産を手に入れて入り口に戻ったのならばトンネル内のどこかで会える筈なのだが……。
〈一度も会ってないよなぁ。どうなってるんだ〉
疲れからか身体が重く感じ、地面に座り込んでしまった。
「いってー……」
黒い布の人物に殴られた右の頭部の痛みが増してきたので右手で押さえる。まだ少し手のひらに血は付くが、先程よりも出血は止まってきているようだった。
「右の頭部から血が出てるじゃないか⁉︎ 大丈夫?」
慌ててシュサヌがこちらに駆け寄る。
「大丈夫だ。さっきの念って奴に殴られた」
トンネルの奥に着くまでに他の念達が襲ってこなくてよかったと安堵していた。襲われていたらシュサヌを助けながら逃げるのは難しかったかもしれない。
「……っ」
目の前の壁が左右に何度も傾いているように見える。
目を瞑って首を横に振った。
〈やっべ。急いで入り口に戻れば、まだアネアはいるかもしれない。世界財産を取り返せば、小切手はオレの物だ!〉
ゆっくりと座り込んでいた地面から立ち上がる。
〈そういえば……〉
シュサヌが36番力を貸してほしいと言っていたことを思い出す。
「さっき言っていた……ここで36番力を使って何をすればいいんだ?」
「番力を使える状態には見えないけど? 無理はしないで」
不敵な笑みを浮かべながら自分の胸を軽く拳で叩いた。
「オレを誰だと思ってるんだ? ぜんっぜん余裕だよ! 何の頼みか知らねぇけど、三分で終わらせてやるよ」
不安げな顔でこちらを見ているシュサヌにしっかり瞑れていないウィンクをした。
「……ありがとう、ザンツィル」
そう言うと、シュサヌはコンクリートの壁の左側にある小さな亀裂に右手の人差し指を差した。光が漏れているようだが、外が見えるのだろうか。
「この壁を……壊してほしいんだ」
ゆっくりと顔をコンクリートの壁の方に向け、口を開けたまま鼻の穴を広げていた。
そして、心の中で思った事がある。
〈誰だ? 三分で終わらせるって言った奴〉
拳で軽く叩くと、大きさはあるが薄いコンクリートのようだった。だが、どうやって壊せばいいのだろう? それに壊す理由が分からない。
「待てよ、壊してどうする⁉︎ 使われなくなったから出口を塞いだんだろ? 勝手に壊してしまったら……」
コンクリートの壁を見つめたまま、シュサヌは無言で立っていた。
まるで、時が止まっているかのように。
「シュ、シュサヌ?」