73. 旧五野八(ザンツィル編5)
「……」
動かないダラメットを見たまま、ライトフォンの設定を変えることすら忘れて無言で立ち尽くしていた。歯が見える程の笑みで、こちらを見たまま全く微動だにしない。相変わらず気味は悪いが、さすがにダラメットの事が少し心配になってきていた。
どこかで頭をぶつけたのでは……。
ズボンのポケットから車のキーを取り出し、ダラメットに差し出す。
「お前、先に車に戻ってろ。おかしいぞ、さっきから。オレが奥を見てくる」
このままダラメットと一緒に先へ進み、突然倒られてしまっても困る。先に車に戻ってもらって休んでもらおうと考えていた。
「まだ……まだなんすよ……あぁぁああ」
車のキーを受け取ることなく、ずっとこちらを見ている。ダラメットが先程から言っている"まだ"というのは、まだトンネルの奥に行っていないという意味なのだろうか。だが、やはり自分が話している内容に対しての返答がおかしい……。
「いい加減にしろよ。さっさと車に戻れって言ってるだろ! 聞こえないのか⁉︎ さっきから何だよ、まだって」
「ああああぁぁああああああ‼︎」
うるさい叫び声に思わず両手で両耳を塞いでしまう。
叫び終わると、ダラメットは急に力が抜けたかのように、直立したまま顔を俯かせ両手をだらんとさせて動かなくなってしまった。
「お、おい、大丈夫か⁉︎」
慌ててダラメットに駆け寄り話しかけるが、顔を俯かせ視線はジッと地面を見たまま何も喋らない。何故ダラメットがこんな状態になっているのか分からず焦り始めていた。
……一旦、このトンネルから一緒に出た方がいいのかもしれない。
もしかしたら、旧五野八トンネルに入った人は皆このような状態になってしまうのだろうか。慌ててハンディライトを地面に置き、ズボンのポケットからライトフォンを取り出した。ロキョウなら何か分かるのではないだろうか。
アネアに振られて元気がないだけかと思っていたが、何かおかしい。
世界財産を後回しにするのはとても嫌だが、今は仕方がない。
「あーー、世界財産がぁああ‼︎ おい、ダラ少し待ってろ!」
ライトフォンの電波を確認するが、まだ0のままだ。もしかしたら繋がるかもしれないと思いロキョウのライトフォンに電話をかける。
──ピーピー
「くそっ、やっぱりダメか!」
二回程再びかけてみるが、やはり繋がらない。先程から何も喋らないダラメットが気になり、ハンディライトを拾って振り返る。
「えっ……」
ダラメットの姿がない……。
「お、おい⁉︎ ダラメット⁉︎」
ライトを持っていないと真っ暗で何処かに行けるような状況ではない。
移動したとしても足音すら聞こえなかったが。




