42. あの言葉
「おい」
声をかけてみるが、蹲って泣いたままこちらを見ようとしない。どうやら、自分の姿は見えておらず声も聞こえていないようだ。泣き続ける幼い頃の自分を、ただ見ているだけの悪夢。
だが、自分にはこの先がどうなるのかは分かっていた。
この夢は、自分の過去。
トラウマがあると、夢でよく見ると言われているらしいがどうやら本当のようだ。
──『怖い……まだ……まだかな』
イラっとしていた。この夢をよく見る所為か、寝起きも悪く、疲れが全く取れない時もある。魘されながら変な時間に起きてしまうことも多々あった。睡眠不足のままで車を運転するのはとても危険だ……だが、今は重要な依頼を受けているので運転しないわけにもいかない。もしも、この夢の所為で何か支障をきたしてしまったらと不安になっていた最中のこの夢だった。
幼い頃の自分の近くに詰め寄り、鋭い目つきで睨んだ。
「いい加減にしろよ。何回この夢を見させるつもりだ? オレが"あの言葉"を言うとお前は逃げるんだろ?」
蹲ったまま返事は無い。
幼い頃の自分だろうと容赦はしない。もう二度とこんな夢を見ないようにしなければ……。
自分を落ち着かせてから話し始めた。
「せっかく五つ星ホテルに来ているのにこれだよ。お前の夢なんかじゃなくて美女達の夢の方がよっぽどよかったんだけど」
トラウマは左目だけではない。気付いてはいたが、気にしないように無視をしていたのかもしれない。
何度言っても言っても、また夢に出てくる。
だが、言わなければいけない言葉。
「現実を受け入れろ、お前は捨てられた」
この言葉を言うと、悪夢はいつも終わる。だが……。
「お前……」
幼い頃の自分は一瞬だけ顔を上げて、憐れむようにこちらを見ていた。
─────
「ザン兄貴ーーーー‼︎ 大丈夫っすかぁああ⁉︎ 風邪ひくっすよぉおお‼︎」
「うるせぇえええ‼︎」
耳元でうるさい声が聞こえたので驚いて起き上がってしまった。かなり心臓に悪い……まだ心臓がバクバクしている。風呂を終えたダラメットがいつの間にか部屋に戻って来ていたようだ。
「兄貴、魘されてたっすよ? 変な夢でも見たんすか?」
「ああ、ミリちゃんに振られる夢だったな」
「あー……それは超どんまいっす」
幼い頃の夢を見ていたなんて言いたくはなかった。同情されるのはあまり好きではない。
「んじゃ、オーシャンビューも見れたしそろそろ自分は寝るっすよ! 兄貴も運転するんすから早めに寝たほうがいいっす! 毛布置いときましたから!」
床に毛布が置かれていた。どうやらベッドを替わるつもりはないようだ。
……ダラメットだけがふかふかなベッドだなんて許さない。
「番力で布団を飛ばしてやる……」
小さく呟くと不気味な笑みを浮かべた。




