39. ザンベール?
真っ青な顔色のダラメットが慌ててこちらに駆け寄って来た。
小声でボソボソと話しかけてくる。
「ア、兄貴! 何やってるんすか⁉︎ なにも割ることはないっす!」
「んー」
右手の人差し指を頬に当てて惚けてみる。確かに割る必要はなかったが、胸倉を掴まれていたことが更に怒りを湧かせていた。すぐに謝れば許そうと思っていたのだが、客の男性の態度からして自分に喧嘩を売るつもりだったのだろう。
落ち込んでいる客の男性の元へと近寄る。
「ちょ、ちょっとぉ⁉︎ ザン兄貴ー⁉︎」
何故自分が鷹のガラス細工を割るほどの怒りが湧いていたか伝えるべきだろう。
「あんた、"欠けている"って最初言ってたよな?」
女性のホテルスタッフが慌てて自分を止めようと客の男性の前に立った。また喧嘩をするのではと心配したのだろう。
「ああ、違う違う。何もしないから」
軽く右手を振りながらそう言うと、女性のホテルスタッフは怯えていたのか安心して小さなため息をついていた。本当に手を出すつもりは全くないのだが……。
「でも、本当は欠けてないから後から"キズがついている"に変わってたな。つまり、嘘吐いてたってバレてんのお分かり?」
客の男性は血だらけの両手で箱にガラスの破片を全て入れ終わると険しい表情でこちらを睨んできた。辺りの白い大理石の床は男性の血で赤く染まっている。
「お、お客様! 手が……!」
「触るな! こんなホテルさっさと出ていってやる!」
怒鳴りながら再びこちらを睨んできたので、とびっきりの笑顔で下手くそなウィンクをおくった。
まるで"お前が壊した"と言わんばかりの表情でこちらを睨んでいるが……。
36番力を使ったことは分からないだろう。
「待ってくれよ。オレは何もしてないだろ? あんたが早く退けばこんな事にならなかったんじゃない?」
「クソ野郎……名前は?」
名前を聞いてくるとは思っていた。
「そ、そんなに怒るなよぅ。"ザンベール"でーす! 何にもしてないんだから睨むのやめよ? ねっ!」
「へっ?」
ダラメットの目が点になる。
本名を言ってしまうと弁償しろと言われた際に面倒だ。今回の依頼の報酬金はただでさえ多額な支払いをしなければならないので新たな面倒事は避けたかった。
「ザンベール……覚えておけよ」
「はーい! 覚えておきまーす!」
右手を挙げて返事をすると、男性は両手から血が出たまま箱とビジネスバッグを持ってホテルを出て行ってしまった。
床に座り込んだ。
「ア、兄貴⁉︎ まさか、奴が怖かったんじゃ……⁉︎ 大丈夫っすか⁉︎」
ダラメットは心配そうに床に座り込んでいる自分を見ている。
──グー
「お、お腹空いた……」
お腹が空きすぎて身体の力が抜けただけだった。
女性のホテルスタッフは慌ててこちらに駆け寄り深々と頭を下げてきた。
「あ、ありがとうございます。お客様にご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません……」
「そ、そんな事より……早くチェックインを……」
感謝よりも早く豪華な料理が食べたい。
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その頃、客の男性は海沿いでライトフォンを持って通話をしていた。
「ああ、ザンベールって奴を抹殺してほしい。審判のコインに選ばれた34番のあんたにならできるだろ」




