16. 奪われた審判のコイン
こんなに素晴らしいチャンスはもう二度とないだろう。
「いいぜ、カモン」
左目の事なんてすっかり忘れたかのように目をキリッとさせた。赤い唇の笑みが深くなっていくとエネゼナは右手の人差し指を自分の口元に当ててきた。
「んふふ、それじゃあ目を瞑って」
……胸が高鳴っていく。
目を閉じれば、こんなに綺麗な女性がキスをしてくると考えたら、一切の迷いもなく目を閉じた。そして何故か自然とタコ口になっていく。
「じゃあ、遠慮なく……」
──ブチッ
何か変な音が聞こえたような気がしたが……今、目を開けてしまっていいのか迷っていた。何故かエネゼナもキスをしてこないので、不審に思いゆっくりと目を開ける。
「んふふ、騙されちゃダメ。36のザンツィルさん、世界財産の一つ頂いちゃうよ」
エネゼナの右手には自分の首にかけていた審判のコインと似ている物がある。慌てて自分の首元を見た。
「な、無い⁉︎ おい、騙しやがったな! 返せ!」
何度も手を伸ばすが、エネゼナは軽く避けていく。まるで、自分がどこに手を伸ばしてくるのか分かっているような動きだ。
「チッ! やっぱり只者じゃねぇな。だったら……!」
番力は女神に選ばれた36人にしか使えない力。審判のコインを奪われても36人に選ばれていない者は番力を使えない。だが、36人に選ばれた者も、身体から審判のコインを離してしまうと再び持つまで番力は使えなくなってしまう。
「エネゼナって言ってたよな。どこの盗賊団の所属だ? スールイティ団か?」
「さぁ? どこかしら」
エネゼナが両手を広げた瞬間、ズボンのポケットに入れてあった金貨を、エネゼナの右手に向けて指ではじいた。
「きゃっ!」
右手に金貨が当たると、エネゼナは驚いて握っていた審判のコインを落としていた。
急いで落ちていた審判のコインを拾い上げる。
「あっぶねぇええ〜! ハハハ、残念だったな!」
エネゼナは右手を押さえたまま、こちらをジッと見ていた。
「36のザンツィル……とても良いじゃない」
口元に再び深い笑みを浮かべている。まだ審判のコインを狙うつもりなのだろうか。
「何だぁ? まだ盗るつもりか?」
──「ザン兄貴ーー‼︎ 待たせて申し訳ないっすーー‼︎」
入り口の方から、若葉色のソフトモヒカンの男性が手を振りながらこちらへ向かって走って来る。
そう、ダラメットである。
「嘘だろぉおお⁉︎ 来るの早過ぎだろ⁉︎」
エネゼナは右手を軽く叩くと、何故か再び自分の方へと近付いて来る。
「な、何だよ⁉︎ もう引っかか……」
突然、エネゼナは自分の左頬にキスをしてきた。
〈へ〉
左手で左頬に軽く触れる。目を大きく見開きながら、エネゼナを見ていた。
「ザンツィル、また何処かで会おうね。約束」
そう言うと、エネゼナは出口へと歩いて行ってしまった。




