157. 不思議な女性
「……け……け……」
「な、何だって? もうちょっと大きい声で言ってもらえると助かるんだが」
物凄く小さな声で同じ言葉を呟いているように聞こえる。自分が出れなくて困っていると言っているのに聞こえていないのだろうか。だが、大きな声で叫んだ筈だ……聞こえないわけがないのだが。
ふと、もう一度顔を上げて窓に映る顔部分の影を見てみる。顔はモザイクガラスによってボヤけているが、やはりこちらを向いているように見えていた。
……一つ気になるのは、影は全く動いていない。
〈人だよな? 人じゃなかったら……いやいや、人だよ。ウルフ達が人形を置いていったなんてあり得ないもんな。でも、何か……〉
この廃墟は何の建物だったのだろうか。旧五野八トンネルの件もあったので、怖い方向に考えてしまうが敢えて触れない事にしていた。だが、外に出れるまたとないチャンスなので、何が何でもドアの補助錠を開けてもらうしかない。
無視出来ない程話しかけて、不審者じゃないと安心させれば開けてくれるかもしれない。
「オレはザンツィルっていう名前で、えー……サングラスが似合う男と呼ばれている。で、その、決して変態でも何でもない。だから君に変な事は絶対にしない、絶対だ」
「……け……け……」
ドアに再び耳を近付けるが、やはり先程と同じような言葉ばかり呟いている。
「んじゃ、こうしよう。このドアを開けてくれたら君の欲しい物をプレゼントする。この、ドアを! 開けるだけで、だ! どうかな?」
「……」
「?」
何故か女性は呟くのをやめて無言になってしまったようだ。何か欲しい物があるのだろうか? 仕方がないなぁと思いながら、財布があるか確認しようとズボンの後ろポケットに指先で触れた。
〈あれ?〉
……財布が無い。
〈オレ、車の中に置いたっけ?〉
最後に自分が財布を置いた場所は車の中だったような気がする。ウルフ達が部屋から出て行った時、自分の財布なんて持っていなかった。それに、大金が入っていない財布をウルフ達が盗むとは思えない。
〈あー、やっばいなぁ。一旦、車に戻らないといけないから待っててもらうか〉
「あの、悪いけどオレがこの部屋から出たら建物の外で少し待っててくれないか? 財布を……」
──クスクス
「?」
笑っている? 自分は笑うような事は言っていないが……。もしかしたら、欲しい物が手に入ると思うと嬉しいのだろうか。それならば、自分も奮発してでも欲しい物を買ってあげるべきだろう。この部屋から出してくれる恩人になるかもしれないのだから。
「そういえば、君の欲しい物って何だ?」
きちんと聞こえるようにドアに耳を付けた。
「……ア……ナタ……」




