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社畜だった私シリーズ

社畜だった私、仕上がってしまったようです!!

作者: 工藤 奈央

「あ、あの……国王陛下。なにかやれることはありませんか?」


「ふぉっふぉっふぉっ。何を仰いますか、聖女様。このトアロ王国が救われたのは聖女様のおかげでございます。今は何も考えず、ゆっくりとお休みください。この平和は聖女様がもたらしたくださったものなのですよ!」


はじめてお会いしたとき、サンタクロースみたいだなと思った国王陛下は蓄えた白い髭を撫でながらそれはもう感謝と羨望たっぷりの眼差しで微笑んだ。


このやり取りを繰り返すことすでに数十回。


既視感満載の私はがっくりと肩を落とし、謁見の間を後にする。


ううう。国王陛下……。

違うの、そうじゃないの。どうしたら伝わるの。

このままじゃ死活問題に関わる。


閉じられた扉を背によろよろとしゃがみ込む。


だ、誰でもいい。なんでもいいわ。

どんなことでもやるわ!

だから、お願い!


誰か!誰か、私に仕事を頂戴!!!




私がトアロ王国に聖女として召喚され、早1年。

魔物がはびこり、災害で土地は荒れ、国民は飢えていた。崩壊寸前だったこの国のために、私は死ぬ気で働くことを決めた。聖女の魔力は奇跡を起こしまくり、ちょっと拍子抜けなくらいの速さで平和を取り戻した。

今や土地は癒され、常に豊作。災害はゼロになり、魔物は姿を消した。


平和だわ。ここに召喚されたときが嘘だったみたいに平和で穏やかな日々。

王宮も国民もトアロ王国のすべてが満たされて、ここに住まう人々に笑顔が溢れている。すごく良い事だと思う。そう思う気持ちは間違いないの。

ただ……。


召喚される前は毎日仕事に追われ、ほぼパワハラと言っていい上司に無理難題を押し付けられ、休む暇もない日々を送っていた。

こんなに休むのはいつぶりかしらと、平和になった直後はゆっくりしたい気持ちでいっぱいだった。

朝寝坊してもいいし、夜更かししてもいい。

美味しいものをたくさん食べて、お祝いしてはしゃいで、確かに楽しい日々だ。


だが!

このままではいけない!と、私の心と体が警報を鳴らすのだ。

ゆっくりしていいはずなのに。

だらだらしていいはずなのに。

働かなくていいと周りが言ってさえくれるのに!


なにかしなきゃ、なにかしなきゃと思ってしまう。


落ち着かない。

少しも休まらない。

充実感が得られない。

存在意義がわからないっ!


「やっぱり、なにか仕事がほしいっ!」


なんとか本でも読もうとロッキングチェアに座っていた私は、本を放り出して立ち上がった。

国王陛下にお願いしても駄目ならいっそ自ら取りに行こう。

そうだ。取りに行こう!

そうと決まれば、どんな仕事がいいだろう。

なるべくやることが多くて忙しい方がいい。

……メイド!メイドはどうかしら!

私は国王陛下から与えられている自室をぐるっと見回した。

私一人には広すぎる部屋。天井も高い。

なのに、どこを見てもピカピカに磨き上げられている。

家具も床も丁寧にお手入れされ、汚れどころか塵ひとつない。

こんなに広い王宮だもの。

やることは山のようにあるはずだわ。

うん!これなら人は何人いてもいいはずっ!


早速、私は廊下を歩いていたメイドを呼び止めてメイド長を紹介してもらうことにした。呼び止められた彼女は大きな目をさらに見開いて驚くけれど、よく躾けられているのか歯向かうことはしない。不思議そうにしながら、メイド長の部屋を案内してくれた。


「メイド長様!私をメイドとして働かせてくださいっ!」


そう言って私は思いっきり頭を下げた。

途端、メイド長は私よりもさらに頭を下げるため、なんと跪いた。


「聖女様に下働きのような仕事をさせることはできません。貴女はこの王国を救ってくださった聖女様なのです。今、私達がこうしていられるのは聖女様のおかげです。どうぞ、顔をあげてください」


メイド長は私の手を取って、優しく微笑んだ。


「お優しい聖女様はこの広い王宮での仕事の多さを憂いてくださったのかもしれません。お気持ちとても嬉しく思います。でも、大丈夫ですわ。聖女様のお世話をさせていただくことを私達は誇りに思っております。どうぞ、お身体を休めて、お好きなことを存分に楽しんでください」


なんて言われた私は、大人しくメイド長のお部屋を出るしかなかった……。


違う!違うの!

働きたいのよ!

お願い!好きなことを存分に!

存分にさせてえええええ!


溢れそうになる涙をぐっと堪えた私は顔を上げた。

ふと目に入った窓から、生い茂る緑が見える。

誘われるように窓際に寄った私は、広大な土地と美しく整えられた庭を見て思い立った。


諦めたりしないわ!まだ一社目!まだ一社目よ!

次は、次は庭師のところはどうかしら!

こんなに広大な庭だもの。

やることは山のようにあるはずだわ。

うん!これなら人は何人いてもいいはずっ!


思い立ったら即行動!

早速、私は王宮から出て庭師が仕事をしている小屋まで走った。

そこには優しそうな庭師のおじさまと二人の見習いらしき少年がいた。


「庭師様!私を見習いとして働かせてくださいっ!」


突然、現れた私に呆然としている三人に向かってがばりと頭を下げる。

その途端、三人は跪くどころか頭を床につけて土下座した。


「聖女様、どうか発言をお許しください!」


あああ。平民は目上の人間と話すらできないみたいなやつですか!

そういうことですか!

私だって召喚される前は平民なのに!

ただの平民なのに!いっそ社畜なのにぃ!


「ううう。許します……」


泣きたい気持ちを堪えて、そう答えると彼はゆっくりと話し始める。


「聖女様はこの国を救ってくださった恩人でございます。私は聖女様がいなければ間違いなく死んでいたでしょう。本日はこんなところまでお越しいただきありがとうございます。精一杯、貴女様が心休まる庭を整えますので、どうぞ王宮でゆっくりなさってください」


庭師の後に見習いの少年の声が重なる。


「ゆっくりなさってください!」


「ゆっくりなさってくださいっ!」


なんて言われた私は大人しく小屋を出るしかなかった……。

よろよろと美しく整えられた庭に向かって歩き始める。背中から小屋の中で庭師のほっとしたようなため息と見習いの少年の少しはしゃいだ声が聞こえる。


身分の違いがネックになるなんて……。

いえ!諦めたりしないわ!まだ二社目!まだ二社目よ!

あんなに恐縮されたら、仕事を教えてもらうなんてできないわよね!

もう少し身分が高いお仕事かそういう人たちに免疫のある職場なら。

そう考えていると、騎士の演習場が目に入った。

屈強な騎士が立派な馬に跨り、走り回っている。


厩!厩ならどうかしら!

あんなにたくさんの馬のお世話ならば

やることは山のようにあるはずだわ。

朝から晩まで忙しく働けるのではないかしら!


すぐさま、私は騎士の演習場に向かって走った。

演習場の裏手の裏手、あまり表からは見えない場所に厩はあった。

厩におそるおそる近づく。

重そうな鎧を着た一人の騎士と爽やかな雰囲気の厩番らしき青年が立って話をしていた。

私に気づいた騎士が振り返ると彼は即座に跪く。


「これは、聖女様。こんなところまでいかがされました。護衛も付けず褒められたことではありませんね」


そう言われた瞬間、私の心にほんの少しの充実感が芽生える。

え、なに、これ……?

今、諌められたわよね?イコール怒られたのよね?

なんで充実感?どうして充実感?


「あ、あの…私…」


頭が動揺に支配されようとするが、仕事を得るために動揺している場合ではない!

頭から振り払った私は、騎士を無視して、厩番らしき青年に向き直った。


「厩番様、私をここで働かせてくださいっ!」


離れた場所で隠れるように経緯を見守っていた青年は、突然の私の発言に、ぐらりと体を傾けると思わず尻餅をついた。


「聖女様、そんなことを言えば彼が驚愕するのは当たり前です。私が話を聞きましょう」


そう言って私の腕を引いた騎士。

彼に連れられ王宮に向かって歩き出す。

振り返ると厩番の青年は尻餅をついたまま呆然としていた。


三社目も駄目だったみたいいいい!

誰か私に仕事をさせてえええ!!




「お話をお伺いしましょうか」


騎士は、私を応接室の様な場所に通すと着替えてくるからと一旦席を外した。

再び現れた彼は、柔らかく美しい金髪に、吸い込まれてしまいそうな深い藍色の目をした男性だった。

すらりと伸びた長身にがっしりとした体つき。

端正な顔立ちに意志の強そうな瞳と表情が、男らしい印象を与える。


彼は私の向かいに座り、ゆっくりと足を組んだ。


「仕事がしたいのです。国王陛下にお願いしても、ゆっくりしての一点張りで……それで自分で探そうと……」


「なるほど」


彼は、私の頭の先から足の先までをじっくりと余すことなく見ると、顎に手をやり考える素ぶりを見せる。

じっと見られていることに落ち着かない気持ちになった私は、目を晒そうとして、晒せないことに気づいた。


え!なんで目が離せないの!?


彼の藍色の目が私を見ていると思うと落ち着かないのに、心にじわじわと喜びが湧いてくるような気がする。

意志の強そうな目、端正な顔立ち、美しい唇がどんな言葉を紡ぐのか、期待している。


私、期待しているんだわ!

彼が何を言うのか、どうするのか。

なんなのこの気持ち。

初めてお会いした方なのに!

どうしてこんな気持ちになるの!


「そんなに仕事がしたいのであれば、私が仕事を与えましょう」


そう言って彼はゆっくり立ち上がると私に向かって歩いてくる。

大きなソファー、空いている私の隣に腰かけた彼は、ぐっと体を寄せた。

私の全身に悪寒が走る。

体が震えてしまいそうになるのを必死で抑えていると、彼の指が私の顎を捉えた。

自分の方に引き寄せると同時に彼も顔を寄せ、至近距離で目線を合わせる。


む、無理。

無理無理無理。

だめだめだめ。だめ。


「聖女様の魔力を借りたい場所は幾らでもある」


言葉とともに彼の吐息が私の唇に届き……


そこで、私の意識は途切れた。


目が覚めると自室のベッドで横たわっていた。

私はがばりと起き上がり、体をぎゅうっと抱きしめる。

先程の記憶を追い出すよう頭を振ると大きくため息を吐いた。


私、一体どうしちゃったの!

落ち着かなくて仕事を探したはずよね?

騎士、あの騎士!

初対面のはずよね。

うん。……うんうん。初対面!

間違いないわ。

諌められたときの、あの充実感。

見られているときの気持ち……。

すごく変な気分だった。

なんだか、気持ちよく…いやいやいや。

気持ちよくならないでしょ!おかしいでしょ!

なんで気持ちよくなるのよ!?

……逃げられないって思った。

そう思ったわ。

それがなんだか、とても気持ちよく…いやいやいや。

だから気持ちよくならないでしょ!


……だめだ。頭がまとまらない。

やめよう。今日はもう寝よう。

よし!寝よう!


そう決めたものの、頭の中は騎士のことでいっぱい。

目を瞑っても、目を開けても。

右を向いても、左を向いても、仰向けになっても、うつ伏せになっても。

シーツを被っても、何をしても、頭の中は騎士に占領され落ち着いて眠れそうにない。

思わずうんうん唸りながら、目を瞑ってやり過ごした。

努力の甲斐あって、いつの間にか眠っていた私は、とんでもない夢を見た。


騎士の前に跪く私。

彼は私に向かって仕事を与えていく。

仕事は私の前にどんどん積み上がり、どんどん積み上がり、まったく終わりが見えない量になっていく。

真っ青になる私に近付いた彼は、あの時と同じように目を合わせる。

そして、彼は言う。

「できるだろう?」

彼の深い藍色の瞳に吸い込まれそうな私は、不安と緊張にかられながらイエスと返事をする。

「終わったらご褒美をあげよう」

彼の言葉に脳内から変な物質が溢れ出して、ピンク色のお花畑状態だ。

全身を甘い疼きが支配して、とんでもない充実感と満足感に満たされる。

ぶるぶると震えながら、夢の中の私は言った。

「頑張ります。ご主人様」


がばあっと起き上がった私はベッドから飛び降りて窓に向かって走った。

動揺をすべて吐き出すように叫ぶ。


「ごしゅじんさまってなんだー!!!」


だ、だめだ。

とんでもない夢をみた。

とんでもない夢をみた。とんでもない!

おかしいでしょ!おかしいよね?

おかしいって言って!


頭を抱えた私はしゃがみ込んでため息を吐いた。


ずっと仕事に追われる人生を送ってきた。

とうとうおかしくなっちゃったってこと?

自分で自分のことがわからない。

どうしよう!どうしたら!


部屋の中にコンコン、コンコンとノックの音が響く。

ばっと振り返った私は扉から聞こえてきた声に身を固くした。


「聖女様。お迎えにあがりました」


昨日の騎士!

昨日の騎士だよ!ど、どうしよう。

あんな夢をみて顔を合わせる精神力なんて持ち合わせていない!


頭を抱えたまま床をゴロゴロと転がっていると再びノックが四回。


「聖女様。……お前は返事もできないのか?」


――その言葉。

待っていましたとばかりに私の全身は甘い疼きに支配された。

正常な思考は消え去り、脳内は完全にピンク色だ。

ビクビクと震える身体をぎゅっと抱きしめ、砕けた腰で生まれたての小鹿のように立ち上がる。

よろよろと扉に向かい、裏返ってしまいそうな声をなんとか振り絞る。


「すぐに準備を致します。騎士様ぁ……♡」


そう返事をした私は、完全に仕上がってしまっていたのだった。




笑える話が書きたくて。

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