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空を眺めて   作者: あかば かり
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第1章 〜秋の日に 5〜(仮)

 暴行にあって怪我をした青年、桐山アオイ君。彼がうちに来て二日程は、部屋で横になって過ごしていたが、そのうちリハビリがてら体を動かすようになり、朝、僕と同じ5時半に起きて来て、店の周辺を散歩するようになった。

 今日も彼は散歩に出かけて行き、僕は祖父と開店準備をしていると、いつものように祖母が朝食ができたと店まで呼びに来てくれた。

「晶、朝メシ」そう、祖父に呼ばれて厨房へ戻り、散歩から帰ってきているであろう、アオイ君を呼びに行こうとすると

「あ、アイツは千恵子さんの朝食の手伝いをしているそうだ」と、言われた。

「あ、そうなんだ」

「行くぞ」

「はい」

 開店準備は一旦休止して、朝食をとりに隣の祖母宅へ向かった。

 祖父母宅の食卓には、人数分のお茶碗や箸が並べられ、昨夜の残り物の煮物や漬け物が置かれていた。

 そして、アオイ君は取皿を食器棚から持ってくるところだった。

「はい、今日は玉子焼きね。私達のは別であるから、これは晶君とアオイ君二人で分けてね」そう言って、祖母が焼きたてでつやつやの玉子焼きをテーブルに置いた。

「アオイ君、こっちはもういいわよ。ありがとう。さあ、食べましょう」

「はい」小さな声で返事をして、僕の左隣の席に座った。

 彼がうちに来て初めての、この四人での食事だ。今までは店の二階の、僕らの居間へ祖母の作った朝食を運んで、食べていたから。

 祖父が、少し目を通した新聞を畳んで、テーブルに置き、朝食を食べ始めた。僕らも食べ始めた時に、祖母が話しだした。

「さっきね、お花の水やりをしていたらちょうどアオイ君がお散歩から帰ってきたのを見かけてね、声をかけたのよ。そうしたら、アオイ君が何か手伝うことありませんか、と言ってくれてね。それじゃあと思って、朝ご飯の用意のお手伝いをお願いしたのよ」なるほど、そういう流れだったのかと理解した。

 僕は、まだ包帯をしている彼の腕を見て

「全快じゃないのに、ありがとう」とお礼を言った。すると彼は、いえと首を振り、器用に左手で箸を使って玉子焼きを口に入れた。

「二人で色々と、話をしたのだけどね、アオイ君のご実家は林檎園をなさってるそうなの。私、林檎大好きだから、今度買いに行こうかしらと思って」

「へえ、そうなんだ。何種類ぐらい作っているの?」と僕が聞くと、彼は三種類です、と答えた。

「林檎は今が最盛期だな」と話を聞いていた祖父がポツリと言った。その言葉に、アオイ君は一瞬固まった。おそらく、家を出てきたことのうしろめたさがあるのだろう。

 その後、少し静かになってしまった食卓は、30分ほど続き、僕と祖父は店に戻った。

 この日を境に、アオイ君は祖母の手伝いをするようになり、一緒に夕飯の買い物に出たり、家事全般に、花の世話をしたりしていた。そしてニ週間後にはギプスも取れ、身体の具合もほぼ良くなり、店の食器洗いや掃除等も手伝うようになった。彼の働きぶりを見て、バイト代必要だな、と祖父は考えたようだ。

 

 それからさらに一週間を迎えたある日、閉店間際にあるお客さんが入ってきた。

「すみません、もう閉店なのですが」

「いえ、注文はいたしません。こちらのマスターに用があって参りました」と、入ってきた縁無しの眼鏡をかけた、ダークグレーの細身のスーツを着た長身の男性が答えた。

「祖父に何か」

すると、もう一人入ってきて

「久しぶりだな、晶。勲夫を呼んでもらえるか」

「龍野さん、お久しぶりです。ご無沙汰してます。こちらに掛けて待っていてください」

 挨拶もそこそこに、キッチンにいる祖父を呼びに行った。

 龍野さんは、商店街の裏路地に事務所を構える、表向きは不動産、裏では高利貸もしている組織のボス。そして祖父母の幼なじみだ。祖父とは、祖母を巡っての恋敵でもあったそうだ。

 厨房に入ると、祖父はこ気味良い音をたてながら包丁を研いでいた。

「じいちゃん、龍野さんが来たよ」そう言うと、包丁を研ぐ手を止め、こちらを一瞥してわかったと返事をした。

「晶、アオイ君の治療費の領収書は、この前預かったので全部か?」と聞いてきた。

「そうだよ、あれで全部」

「わかった。

ああ、アオイ君を呼んでくれるかな。さっき2階へ上がって行ったんだ」

「了解。じいちゃん、もしかして……」そう言いかけた僕の言葉を途中で切るように、祖父はうんうんと頷いた。それ以上は聞くなと言った具合の威圧感があった。

「それが終わったら、隣へ行ってばあさんと一緒に、先に夕飯を食べていてくれ」

 切られた言葉の続きを話したかったが、仕方なく、アオイ君を呼びに行こうとすると、タンタンタンタンと軽快に階段を降りてくる足音が聞こえ、アオイ君が2階から降りてきた。

「アオイ君、じいちゃんが呼んでる」

「え、あ、はい」少し驚いた表情で答えた彼に「アオイ君、ちょっと付き合ってくれるか」と祖父は言って、店のホールへ向かった。アオイ君は戸惑いながら、その姿を追った。

 僕が聞いては、まずい内容の話なのだろうが、ちょっと気になり、子どもじみたことだが、店のカウンター席の裏に隠れて、龍野さんとのやり取りを盗み聞きをした。


「久しぶりだな、勲夫。千恵ちゃんは元気かい?」

「元気だよ。ケガをして以来、杖が必要になっちまったがな。このところ、彼を連れて買い物に出てるから、商店街じゃちょっとした名物になってるらしい」

「彼って?」

「この子だよ。アオイ君」

「お前さんかい」

「……はい」

「まぁいい。話を進めてくれるか。うちの近況を探りに来たんじゃないだろ」

「ああ。みの、あれを」

 ガチャッと何かの音がした。

「今回は、うちの若いのが迷惑かけたな。これは、治療費と慰謝料だ。納めてくれ」

「アオイ君」

「え……は、はい…………。

 こ、こんなに!う、受け取れません。多いです、多過ぎます」

「暴行事件の示談の相場が、おおよそ50万円ほど。それを今回は、単純に加害人数の5を掛けて。あとは治療費ということで、そちらの額になりました」

 落ち着いたトーンで説明しているのは、多分あの眼鏡の男。

「勲夫さん、治療費や僕の生活費をここから抜いてください。僕、何も支払ってないから」

「そんなことは気にせんでいい。もらっとけ」

「しかし……」

「ああ見えて、誰かを騙して作った金じゃあない。まあ、法のギリギリなところはあるがな。

 それじゃ、以上だ」

「おいおい、久しぶりに会ったってのに、ツレナイねぇ」

「こっちはこれから晩飯だ。一日働いて腹減ってんだよ。

 アオイ君、それ部屋へ置いたら、隣行って夕飯食べてろ。俺もすぐ行く」

「わかりました」

 僕は盗み聞きがバレないよう、慌てて厨房の出入り口から外へ出た。


 喫茶はからめから走り去る車の中。運転席には縁無し眼鏡の男。バックミラー越しに後部座席の年配の男をチラと見て話しかけた。

「組長。なぜ、千恵子さんに会ったことをお話しにならなかったんですか」

「ん、正直な男をからかうのは楽しいからな。今頃、『あの野郎』と言って、怒っているかと思うと……」ニッと口角を上げる年配の男。

「お人が悪い……」


 夕食後、食後のデザートよと言ってシュークリームを出してくれた。

「さっき、龍君から頂いてね」

 にこやかな祖母に反し、祖父は、みるみる眉間にシワを寄せて、拳を震わせながら「あんの野郎」と、声を押し殺して吐き捨てた。

「ふん」と言った祖父は、拳位の大きさのシュークリームを一口で食べ、なぜかドヤ顔でお茶をすすった。

「あの……色々していただき、ありがとうございました」 

少し思い詰めたような表情で立ち上がり、深々と頭を下げて、アオイ君はお礼を言った。

「急にどうしたの」と聞くと、さっき僕が盗み聞きをしていた内容を、全て話しだした。

「勲夫さんが、掛け合ってくださってんですか?」

「……まあな。この辺のチンピラの事は、だいたい龍野に聞けばわかるからな。警察に行きづらいとはいえ、お前さんに暴行した奴ら、何もお咎め無しというわけにはいかんだろう」

「あの頂いたお金から、今までの住居費、食費、治療費、入院費その他色々支払って頂いた費用、全てお支払いします」

「さっきも言ったが、要らんよ。色々手伝ってもらってるし。バイト代出さなけりゃいけないぐらいにな。

 あれは、お前さんが大事に使いなさい。怪我も良くなったし、この先必要だろう」

「そうよ、アオイ君。気持ちだけいただくわ。ありがとうね」

 彼の申し出を断った二人に、アオイ君は新たな要望を口にした。

「僕を、ここで働かせてください」再び深々と頭を下げた彼に、3人の驚きの視線が注がれた。

「こんなにお世話になっていて、あっさり、サヨナラと出ていくことはできません。商店街の人が言ってました。千恵子さんが怪我をする前はランチ等の配達をしていたと。人が増えれば、再び配達できますよね」

 祖父が、優しくも厳しい口調で話し始めた。

「ふん……アオイ君、お前さん家出してきてるんだよな。ここで暮らすようになって、一度でもご両親へ連絡したかい?」

アオイ君はうつむいたまま、「いえ」と首を横に振った。

「昔から、親は、子供からの便りがないのは良い便りなんて言っているが、それは何処にいて、何をしているか分かっているから言えるんだよ。お前さんみたいに、どこにいるのか、何をしているのか分からない状況では、そんなことは言えん。一本電話を入れるだけで安心するだろうから、そこの電話でも、店の電話でも使っていいから、ここに居ると、家に連絡しなさい。仕事の話はその後だ」

 気まずい表情のアオイ君の背中を押したのは、祖母だった。コードレスの受話器を彼に渡し、廊下で連絡しておいでと、キッチン側の扉を開けた。

 僕は、キッチンで食事の済んだ食器を洗いながら、その様子を見ていた。

 しばらくして、少し開いたままの扉の向こうから、話し声が聞こえてきた。心なしか、彼の声は震えていた。

「あの、母がお店の人と話がしたいと……」そう言いながら彼が戻ってくると、手にしていた受話器を祖父が受け取って、話し始めた。

「はい、『はからめ』店主の生田です」

 

 明日、アオイ君の両親が来ることになった。店は午前中を臨時休業にして、アオイ君は高速バスで来るという両親を、新宿まで迎えに行くことになった。

 「緊張してる?」

一言も喋らず僕の後ろを歩く彼に、そう話しかけた。

「なんか、色々が一気に動いたから、頭が追いつけていなくて」

そう言うと、空を見上げた。つられて僕も見上げると、よく晴れた夜空には星が幾つも輝いていた。

「あ、シリウスだ」

「ん?何それ」そう聞いた僕に、アオイ君は説明してくれた。

「あの、一番明るく輝く星です。僕の、好きな星」

彼が指さした先に、確かにひときわ明るく青白く輝く星があった。もしかして、この前の夜に見た星と同じかな。

 「僕、ピアノ弾いていくから、アオイ君は先に風呂入ってなよ」

厨房の出入り口を入ると、そう彼に伝えた。

「ピアノ……あの、僕聞いていてもいいですか」

「構わないけど、ここのところ弾いてなかったから、指を慣らすぐらいだよ」

それでも構わないと言って、一緒にピアノの前までやってきた。彼にはピアノの後ろにあるソファ席を勧めて、僕はピアノの蓋を開け、鍵盤の上のフェルト地のカバーを畳んでピアノの上に置いた。

 指の状態やピアノの鍵盤の感じを確かめるように音を鳴らし、そして……大好きで、大切な曲を弾いた。一音一音丁寧に。弾き進めていくうちに、自然と笑顔になっていくこの時間が、癒やしであり、大好きだ。

 弾き終えて振り返ると、アオイ君は、ソファ席ヘ座ったまま、両手で顔を覆い、肩を震わせていた。

「どうしたの、具合悪い?」

「いえ……大丈夫です。

 あの、晶さんは本格的にピアノを習っているんですか?掃除した時に、ヘンレ版やペータース版等の楽譜を見つけて。ああいう楽譜は本格的に習っている人が使いますよね」

「え、あ、うん。習っているというか、習っていたんだ。大学もそっち方面でね。まぁ、卒業するには2年余分に掛かってしまったけど。ほら前に話したでしょう、学生時代荒れた事があったと」少し自嘲気味に笑ってみせた。

 涙で眼を赤くした彼が、顔を上げてこちらを見た。

「今弾いた、ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビー』という曲なんだけど、これは中学生の時に、その当時習っていたピアノの先生が教えてくれたんだ。

 その当時、毎年1つ2つコンクールに出場していたんだ。結果はどれも2位か3位もしくは入賞。それでも良くやったと思うんだけど、やはり出るからには優勝したくてね。優勝は、いつも、同じピアノ教室に通う幼馴染が、持っていってた。

 悔しくてね。中3の時、幼馴染には黙って、いつもは出場しないコンクールにエントリーしたの。彼女が居なければ、僕が優勝できると考えたんだ。

 でもね、会場に行くと、なぜか幼馴染の子が居てね。またしても優勝を、持っていかれたよ。僕はというと、何故あいつがいるんだと、怒ってね。メンタル崩壊しちゃって、演奏に集中できず、もう散々な出来で、入賞すらできなかった。

 競うピアノを弾くのに疲れちゃってね、ぽっかりと心に穴が空いちゃった感じで、しばらくレッスンを休んでいたの。そしたら先生が心配して、遊びにおいでと連絡くれたんだ。ピアノは好きだったから、渋々だったけど、先生の家に行ってね。そしたらこんなジャンルの曲もあるんだよと言って、ワルツ・フォー・デビーを弾いてくれて。

 音数は少ないけどきれいな曲じゃない。なんだか救われた気がしたの。それから再び毎週レッスンに通うようになって、この曲をマスターしたんだ。

 そして今は、とても大切な曲になった」

 その当時の苦い出来事を思い出しながら、長々と、話していた。

 すると、

 「僕は……僕は、音大受験に失敗して」アオイ君が語り始めた。

「田舎って、良くも悪くも近所付き合いが濃くて。誰がどうしたとか、どうなったとか、みんな知っているんですよ。だから、僕が音大受験したことも、落ちたことも知ってて。うちの林檎の世話を手伝いに、近所の人が来てくれるんだけど、その時も今年も音大受けるのかとか、音大以外の大学へ変更したらとか、等色々と言われて……親からのプレッシャーもあって……疲れちゃって。それで、自分のことを知らない所へ行こうと思って、出てきたんです」

 彼が、家出をした理由だった。

「あの、少しだけピアノを弾いてもいいですか?」

「もちろん」と言って、アオイ君へ席を譲った。

両手をグーパー、グーパーしてから鍵盤へ指を落とし、弾き始めたのは、モーツァルトの『きらきら星変奏曲』のテーマだった。

「さっき、綺麗なシリウスが見れたから、この曲を弾きたくなって」と、照れながら言う姿が、可愛いかった。


 秋の晴天に出会ってから、早一ヶ月以上が過ぎた12月半ばの夜。互いに心のモヤモヤを見せ合った形になった。店で働き始めても、今の部屋に居続けたいと、アオイ君は言ってきた。四畳半の空間が気に入ったそうだ。気に入ったなら、断る理由は無い。後日、足りないものの買い出しに行こうということになった。


 翌日、アオイ君の両親がやってきた。祖父母と一緒に出迎えた。

 穏やかに話が進む中、なぜ、この場で暮らすことになったのか理由を聞かれた。暴行事件の事は余計に心配させてしまうから黙っていようと、皆で申し合わせていたので、返答をアオイ君が戸惑っているのを見て、僕が怖い人に絡まれて怪我をしたところを、息子さんが助けてくれたんですよと、嘘の説明をした。一応、納得はしていたようだった。

 話が一通り終わると、二階の住居部分を見学して、早めのランチ(じいちゃん特製ランチ)を食べて、帰って行った。


      * * * * *


 新たな年が明けて……

 タタン、タタン、タタン、タタン

 もやもやした意識の中で、誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきた。そして……

タタタタタタタタタ

おや、もしかして……

 ガラガラガラと、勢いよく部屋の扉が開かれ

「あきちゃん、おはよう!おめでとう!」姪の桃音だ。ここは寝たふりを。

「あれ、、あきちゃんおきない。ママ、あきちゃんねてるよ」

「あら、本当ね。桃音、起こそうか」

「うん」

すると、腹部に衝撃がきた。

 ボスンッ!

 うぐっ……

 目を開けると、布団の上から桃音が僕の身体にまたがっていた。

「あ、おきた。あきちゃん、おはよう。おめでとう」

「桃ちゃん、おはよう。明けましておめでとう」そして、痛い、重い……。

「いい加減起きなさいよ、もうお昼よ。何時まで飲んでたの」姉が僕を見下ろしながら、立っていた。

「オールナイトです……その後初詣に行って、帰ってきたの4時かな」

「父さん達来てるわよ。まあ、すでに父さんは潰れてるけど」

 毎年、正月は祖父母の家に家族が集まる。そして祖父と父さんの、飲みの勝負が始まる。これは母さんと結婚する時の条件だったらしい。酒に強くない父は、毎年早めにダウンする。そんなことを30年近く続けているのだ。

「恒例だね。よく続くよ」

桃音は、まだ僕に乗っかったままだ。しかも身体の上で跳ね出した。

「ちょっ、ちょっと桃音さん。苦しいです」

「あー、れでぃいにたいじゅうのことをきくなんて、なんせんすよ」と首を傾げて、右の人差し指を立てた。

「……はい?」

 僕は驚いてポカンとしていたが、姉はお腹を抱えるようにして笑っていた。姉の話によると、よく一緒に遊ぶ子にお兄ちゃんがいて、今放送されている戦隊番組の影響らしいと、教えてくれた。

「桃音、もう下りようね。あきちゃん壊れちゃう」

「はーい」と返事をして、降りてくれた。これで置きあげれる。

 布団から出ながら「義兄さんも来てるの?」と聞くと、仕事に行っているという返事がきた。

「秋に婦人部へ異動になってね、明日初売りだから、少しだけ準備に行ってるの。そろそろ来るんじゃないかな」

 姉の旦那さん(よう)さん、は百貨店勤務。正月早々仕事とは、大変だ。

「着替えて降りるから、先に行っててよ」

「……ねえ、晶。新しい人が入ったんだって?」と、隣の部屋の方へ視線を向けて聞いてきた。

「大丈夫なの?男の子でしょ。また……」

「大丈夫だよ。恋愛云々で一緒に暮らすわけじゃないから。仮に何かあったとしても、昔のようなことはしないから、安心して」

 それでも、あの自暴自棄になっていた頃の僕を知る姉は、心配気な表情をしていた。

「本当に、大丈夫だから。心配してくれてありがとね。

 着替えたら降りてくから、先に行ってて」と、姉を部屋から出した。

「桃音、おばあちゃんのところへ戻るよ。

 あれ、桃音。あ、そこはだめ」

 そんな声を聞いて、気になってリビングへ出ると、桃音がアオイ君の部屋の戸を開けて、中へ入ろうとしているところだった。

 僕は桃音の側へ行き、彼女の目線までしゃがんで、アオイ君の事を話した。

「このお部屋はね、今度あきちゃんと一緒にお仕事をする、お兄さんのお部屋なの。勝手に入ってはいけないよ。

 今は、お兄さんはお家に帰っていていないけど、お正月休みが明けたら戻ってくるから、その時にお部屋に入らせてもらおう、ね」

「お約束できるかな?」姉も、娘の顔を覗き込んで言うと、はーいとトーンの低い返事をしながら、桃音は姉の足に頭をこすりつけるようにしがみついた。

 二人を見送り、部屋へ戻って着替えを済ますと、枕元に置いていたスマホを手に取った。アオイ君から家族写真と共にメッセージがきていた。


『明けましておめでとございます

 今年も(今年から)よろしくお願いします

 おみくじを引いたら、なんと凶でした

 どうなっちゃうんだろ、今年の僕(T_T)


 お土産買って帰りますね

 ではまた』


 凶って、本当に入っているんだなと思った。

 メッセージの内容とは違い、写真の彼は笑顔だった。実家を満喫しているのだろう。


『明けましておめでとうございます

 こちらこそよろしくね

 おみくじ凶だったそうだけど、今が底でこれから上がっていくから大丈夫

 実家でゆっくりしてきてね

 お土産、楽しみにしてます』


 雲ひとつない快晴の元日。

 僕とアオイ君の関係が、静かに動き出した。




 

『空を眺めて 〜秋の日編』は、今回で終わりです。

次回からは春の日編になります。

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