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川北隼人の姿に気づいたものの、美空はどうしていいかわからずすぐには動くことが出来なかった。
躊躇する美空を横目で見て、芽夢が真っ直ぐに集人に向かって歩いていく。それを見て、美空も慌ててそれを追いかけた。
隼人が美空たちに気づいて足を止めた。
「川北集人君ですか?」
隼人の前で立ち止まり、芽夢が声をかける。
「なんですか?」
少し警戒するような目を隼人は美空たちに向けた。
「私たちは桔梗学園の者です。あなたたち百花の行方を探していたんです」
「何のことですか?」
不思議そうな顔で問い返す。その様子を見て、今度は美空が声をかけた。
「何って……あなたたちが行方不明になったって」
「僕が? 訳わかんないこと言わないでくれよ」
それを聞いて、芽夢が詰め寄るように前に出る。
「今の話のどのへんがわかりませんか?」
「な、何もかもだよ。桔梗学園って?」
「自分が通っていた学校を忘れましたか?」
「僕が通っているのは陸奥中里高校だよ」
「昨年は違っていました」
「それは今年入学したから。去年は中里中だよ」
「違います」
「変なこと言わないでくれ。僕はあなたたちのことなんて知らない」
「別に私達と知り合いというわけではありません。私たちは依頼されてあなたの行方を探していたのです。何があったのですか? なぜ連絡が途絶えたのですか? 他の者たちはどこです?」
「他の人?」
隼人は目をキョロキョロと動かした。
「だから、百花のメンバーですよ」
「百花? そんなもの僕は知らない」
「知らないわけがないでしょう」
「しつこいな。知らないって言ってるだろ」
無視して歩き出そうとする隼人の肩を、手を伸ばして芽夢が掴む。
「待ちなさい。話してください」
「うるさいな。知らないものは知らないんだ!」
芽夢の手を払い除け、集人は美空たちに背を向け足早に去っていった。そのまま赤い屋根の家の玄関のドアを開け、振り返ることもなく中へと消えていく。
その後ろ姿を見送りながら、美空たちは顔を見合わせた。
「あれはどういうことでしょうね?」
芽夢が不思議そうに首をひねる。
「嘘をついているようにも見えなかった」
「そうは言っても、彼は川北隼人に間違いありません。百花に所属していたことも事実です。まさか同姓同名の別人だとでも言うのですか」
「それはそうだけど……じゃあ、あれは?」
「百花のことを忘れてしまったんでしょうか」
「忘れて?」
「モノノ怪のなかには記憶操作が出来るものもいると聞きます」
「じゃあ、あれはモノノ怪の仕業?」
「その可能性も考えられるというだけの話です。モノノ怪については私よりもあなたのほうが詳しいのではありませんか?」
芽夢は少し皮肉っぽく言った。
「もしモノノ怪の仕業だったとしたら、それをなんとかしなきゃいけないわよね?」
「そうなるでしょうね。これからどうしますか?」
「あの様子じゃ話を聞いてもらえそうじゃないよね。じゃあ、ご両親と話が出来るかな? ダメかな?」
「出来るかどうかというより、してみなきゃいけないでしょう。父親の会社は東京ですし、母親はこの街の老人介護施設で働いています。今日は私たちも残業になりそうですね」
そう言って、芽夢はため息まじりに腕時計に視線を向けた。