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美空と芽夢の二人は綾女の後をついて本堂のほうへ渡り廊下を歩いていった。
「美空さん、あなた、大丈夫ですか?」
横を歩く芽夢が美空を気遣うようにそっと声をかける。
「うん、ありがとう」
「昨日のことについて何か話す気になりませんか?」
「今は……ちょっと」
「つまり、あなたは今回のことについてもう全て知っているということですか」
「……全てってわけじゃないよ」
「でも、話したくはないと?」
「そうじゃないよ。ただ、ちょっと一言では言いにくい」
「ずいぶん意味深な言い方をしますね」
「そんなつもりじゃないよ。でも……あまり話したいことじゃない」
正直な気持ちだった。
芽夢は一瞬口をつぐんだ後、前を歩く綾女に声をかけた。
「草薙響はずっとここにいるのですか?」
綾女は足を止めて振り返った。
「いえ、そういうわけではありません。彼はそろそろこちらに来るはずです」
「つまり、はじめからこうなることを見越していたということですか」
「可能性はあると思っていました。話すのならば、ここがもっとも話をするのに都合が良い」
「都合がいい?」
「何かあった時のことを考えてのことです」
「何か? それは何のことですか?」
「いえ、ただの用心ですよ」
そう言って再び綾女は歩き出した。
* * *
本堂へ行くとすぐに美空たちは遠野八千流によって招き入れられた。
すでに話はついていたようだ。
芽夢はずっと厳しい眼差しを綾女へと向けている。綾女はまるで素知らぬふりをして座っている。
「ずいぶん楽しそうですね?」
我慢しきれなくなった様子で芽夢は綾女に声をかけた。
「そうですか?」
「何を企んでいるのですか?」
「人聞きの悪いことを言うんですね。企んでるわけではありませんよ。でも、こういうのって推理小説の謎解きの探偵役のようで面白いじゃありませんか」
「やっぱり面白がっているのですね。そもそも、あなたは犯人側では?」
「まさか」
綾女は小さく微笑んだ。その様子を見て芽夢は小さく舌打ちを打つ。
やがて襖が開いて一人の若者が顔を出した。
それは月下薫流だった。そのことに一番驚いたのは芽夢のようだった。
「どうしてあなたが?」
「呼ばれたんだ」
そう言いながら、飄々とした雰囲気で薫流は部屋の隅に腰を降ろした。その後ろから斑目克也が入ってきて、その反対の隅に座る。斑目克也が彼を連れてきたのだろうか。
それを受けて、芽夢が綾女へ疑問の視線を向ける。
「どういうことです?」
「彼も関係者ですから。彼にいてもらったほうが、話がしやすいと思って声をかけさせてもらいました」
「いつからですか?」
「何がです?」
「あなたが彼を怪しんでいたのは知っています。しかし、まさか接触していたとは思いませんでした」
「迷惑そうですね」
「予想していなかっただけです」
再び芽夢が薫流へ視線を向ける。「あなた、守護家の使いではないのですか? 一条家と接触していては任務にならないのではありませんか」
薫流は黙ったまま肩をすぼめてみせた。
「まあ、いいではありませんか」
と綾女が笑みを浮かべながら声をかける。「それよりも草薙響君に会いたいのではなかったですか?」
「まさか、その月下薫流が草薙響だというのではないでしょうね?」
「それは違います。少し微妙なところではありますが」
「微妙?」
「すぐにわかります」
「誤魔化すつもりではないでしょうね?」
「まさか。では、改めて紹介しましょう。彼が草薙響君です」
と、綾女が指差したのは斑目克也のほうだった。




