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美空が目覚めたのは矢塚神社の横にある屋敷だった。
外から漏れてくる日差しが既に一夜を経過していることがわかる。
ぼんやりと昨日のことを思い出していると障子が開いて着物姿の女性が顔を出した。
女性は自らを一条家で働いている者だと名乗り、浴衣姿の美空に着替えを渡した。栢野綾女が美空のことを待っているそうだ。
着替えを済ませ案内されていくとそこに芽夢の姿があった。正面に座った栢野綾女と向き合い、険しい表情をしている。
「花守さん、来てたんだね」
「当然でしょう。まさか昨日のことを憶えていないわけじゃないでしょうね」
「……一応」
渋々、美空は答えた。他の百花のメンバーのように事件について忘れてしまっているほうが気が楽だったかもしれない。
「何か話を聞いた?」
「いいえ、あなたが来てからと言われていましたから」
そう言ってムッとしたような強張った表情で美空を見る。
(怒ってる?)
いや、それとは少し違っているかもしれない。芽夢は本気で美空を心配してくれているのだろう。
「ごめん」
美空が素直に頭を下げると芽夢は少し困ったように視線をそらした。
「いえ、一条家には報告しないといけないこともあります」
「日ノ本さん、体は大丈夫ですか?」
綾女が美空に声をかける。
「はい、おかげさまで」
答えながら美空は芽夢の隣に腰をおろした。
「それで? 報告というのは、あなたたちの仕事のことですか?」
再び綾女が視線を芽夢へと向ける。
「そのとおりです。しかし、報告するまでもないかもしれませんね。あなたは私たちがやっていた全てを知っているのでしょうから」
いつもの挑戦的な物言いで恵夢が答える。
「つまり、あなたたちの捜している人たちも全て見つかったということでしょうか?」
「行方不明者は全員発見することが出来ました」
「そうですか。良かったですね。では、あなたたちの仕事も終わりですね。無事に終わって良かったですね」
「いいえ。まだわかっていないことがあります」
真っ直ぐに綾女に視線を向けながら恵夢は言った。
「行方不明者は皆、見つかったのでしょう?」
「ええ、当初の目的は達成しました。しかし、これでは完璧とは言えません。彼らに何があったのか、なぜこんなことになったのか、その根本的な理由を知らなければなりません」
「それはお二人の意見ですか?」
「違います」
芽夢は一度、チラリと美空に視線を向けた。「残念ながら、日ノ本さんとは昨日からほとんど話が出来ていません」
「じゃあ、あなただけが納得していないってことですか?」
「話が出来ていないと言っただけです。しかし、美空さんがどう考えているかは別として、私はこのまま帰るわけにはいきません」
「何を知りたいのですか?」
「私が知りたいのはその核心です」
「核心?」
「草薙響はどこですか?」
その恵夢の言葉に美空はドキリとした。
「なぜ、彼のことを? それはあなたたちの仕事とは関係ないでしょう?」
澄ました顔で綾女が訊く。
「関係あります」
「なぜ?」
「彼ら百花のメンバーが行方不明になった経緯がわかっていません。私はそれに草薙響が関わっていると考えています」
「どうしてそんなふうに?」
「彼ら百花たちがなぜこんなところにやってきたのか、私なりに調べました。彼らは草薙響を捕らえることが目的だったと考えています」
「誰からそんな話を聞いたのですか?」
「実は彼らには草薙響の写真を見せて、それが誰なのか知っているかを聞きました」
「知っていましたか?」
「いいえ、もちろん彼らは『そんな人は知らない』と答えました」
「それならーー」
「しかし、彼らが知らないはずがないのです」
「知らないはずがない?」
「私が彼らに見せたのは玄野響の写真だからです」
「玄野響?」
「あなたもその名前はご存知でしょう? かつて宮家陰陽寮に存在した天才的な陰陽師です。そして、百花たちは皆、玄野響を崇拝していました。つまり、皆、玄野響という人物を知っていたのです。それなのに彼らの記憶に玄野響は消えている。それは誰かが意図的にその記憶を消したのだと思われます。そして、同時に草薙響の記憶が消されたということです。なぜ、そんなことになったのでしょう? それは草薙響が今回の件に関係していると考えられるのではありませんか」
「草薙響君がこの件に関係しているとして、それを知ってどうするんですか?」
「彼には聞きたいことがあります」
「何を聞くつもりですか?」
「それは直接会ってから言います」
「それは本当に仕事のためですか? それともあなた自身のためにということですか?」
「両方です」
いつものように自信をもった声。だが、その一方でいつも以上にやけに張り詰めたような声。芽夢の真剣さが伝わってくる。
綾女は美空のほうへ視線を向けた。
「美空さんはどう思いますか?」
それに対して美空は小さく頷いた。
「花守さんの願いを叶えてあげてもらえませんか? 花守さんには知る権利があると思います」
「そうですか。わかりました。いいでしょう。草薙響君に引き合わせましょう」
「どこで?」
「ここです」
そう言って綾女は立ち上がった。「場所を変えましょう。二人ともついてきてください」




