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芽夢の言葉に促され、ミラノは一足先に帰っていった。
その姿が視界から消えたことを確認してから、美空は口を開いた。
「いいの? あんな約束して。本当に草薙響って人を探せると思っているの? そんな余裕、私たちにあると思っているの?」
「さあ、どうでしょうね」
芽夢はいかにも興味がなさそうな声を出した。
「どうでしょうって……どうするの?」
「私たちが約束したのは草薙響を探すことであり、探し出すことを約束したわけではありません。彼女がどれほどの情報を得られるかはわかりませんが、どこか嗅覚が鋭いように思えます」
「そんな騙すような言い方」
「騙すわけではありません。草薙響を探すことは事実です」
「本当に?」
「疑うのですか?」
「いえ、そういうわけじゃないけど、草薙響って人が百花と関わりがあると思っているの?」
「可能性は高いのではないかと考えています」
「どうして? 行方不明になったのが2月だから?」
「それもあります。しかし、草薙響という人物が一条家で暮らしていたというだけで十分に気になるじゃありませんか」
「それだけで? でも、栢野綾女さんは何も言ってなかったよ」
美空の言葉を聞いて、芽夢は鼻でフンと笑った。
「あの女がわざわざ聞かれもしないことを私たちに教えるはずがないじゃありませんか。いや、聞かれたとしても答えるとは思えません。しかし、やはり今回の件を一条家が何も知らないとは思えないのです。栢野綾女に対しても油断は出来ません」
芽夢はよほど栢野綾女のことが気に入らないようだ。
「綾女さんが敵だっていうの?」
「さあ、それはわかりません。しかし、信用する理由もありません」
「私、あの人を疑いたくないな」
「なぜ? 彼女は嘘をついていないと考えているのですか?」
「嘘をついているかどうかはわからない。でも、頭から人を疑うのが良いことだと思わない。綾女さんは決して悪い人じゃない……と思う」
「悪い人じゃない? その根拠は?」
「無い」
「言い切りましたね」
「私は自分の直感を信じる」
「なるほどご立派です。では、ご自由にどうぞ」
「そんな投げやりな言い方」
「こんなことで議論しても結論は出ませんからね。そのうち嫌でもわかります」
こういうところが芽夢を苦手だと感じるところだ。ちゃんと話し合ってお互いが理解しようという気持ちがまったく感じられない。
「百花の人たちって、どうしていなくなったんだろう?」
美空は独り言のようにつぶやいた。
「それを調べに来たんでしょう?」
「そもそもどうしてこんなところまで? 何の目的があったんだろう?」
「あなた、人の話を聞いてますか?」
「聞いてるよ」
フンと横を向いて美空は言った。
「あなたは意外と大胆なところがありますね?」
「私が?」
「私のことを怖がっているくせに、決して物怖じしないじゃありませんか」
「え? どうしてわかるの?」
「そのくらいわかりますよ。あなた、話をしていてもいつも私の目を見ようとしないじゃありませんか。それなのにいつもタメ口ですからね」
「それは花守さんがそうしろって言うからでしょ」
「言いましたね。しかし、大抵の人はいつの間にか敬語に戻るんですよ。あなたはまだタメ口を貫いている」
「敬語にしたほうがいいの?」
出来ることならそのほうが楽かもしれない。
「まさか。そんなことをしたら私が年上のように見えるでしょう。許しません」
「花守さん、大人っぽいから」
芽夢の反応を気にしながら美空は言った。
「実際、あなたより年上ですから」
意外な告白に美空は面食らった。
「え? 年上なの?」
「東京の高校に一年通った後、私立桔梗学園のことを知って改めて受験したんです」
初めて聞く話だった。
「本当に年上だったの? じゃあ、やっぱりタメ口は止めたほうがいいんじゃないかな? そもそも花守さんが私に敬語使ってるし」
「たかが一年です。私が敬語なのは、それが私にとっては自然だからです」
「本当に一年?」
「そう言っています。気にしないでください」
上から押し付けるように芽夢が言う。どんなに敬語を使っていても、それはタメ口よりも怖く感じる。
「……気になる」
美空は横を向いて小声でつぶやいた。さすがに芽夢に食い下がってまで本当の年齢を聞き出そうというほどの度胸はない。
「そんなことよりも、あなたは玄野響という人物のことを知っていますか?」
「誰?」
「かつて宮家陰陽寮にいた天才的な陰陽師です。名前くらい聞いたことはありませんか?」
「……なんとなくは」
確かにどこかで聞いたような気がしなくもない。だが、それもハッキリとは記憶していない。ただ、なぜかその名前を聞き気持ちがザワつく。
「今の宮家陰陽寮の混乱は彼がいなくなった頃から始まっているという人もいます」
「混乱?」
「知りませんか? ここ数年、宮家陰陽寮は混乱していると噂されています。いくつもの派閥に別れ、水面下で争い続けていたそうです。玄野響が生きてさえいれば、そんなことにはなっていなかったと言う人もいるくらいです」
もちろん宮家陰陽寮と桔梗学園の関係は知っている。だが、そんなことは美空にとっては雲の上の話でしかない。
「すごい人だったんだね。でも、それが何なの?……え? 今回のことと玄野響って人と関係が?」
「わかりません」
「なんだ、わからないの?」
あえて強めに言ってみる。
「ハッキリしたことはまだわからないと言っています。しかし、百花は玄野響を崇拝していたという噂があります。玄野響という存在が今回の事件のキッカケになっている可能性はあります」
「へぇ、でも、それと今回のこととどう関係しているの?」
芽夢は黙ったままジッと美空を見つめ、それからーー
「まあ、今はいいでしょう。あなたは行方不明者を捜すことに集中してください」
「どうやって?」
「少しは自分の頭で考えなさい」
「……はい。あ、そういえば月下薫流君については何かわかった?」
「いいえ、彼の正体についてはまだわかりません。昨日の今日でそんなにすぐにわかるはずがないでしょう」
ジロリと睨まれ、美空は思わず視線をそらす。
「ごめん。私に何か手伝えることがあればーー」
「ありません。それについては私のほうで調べると言ったはずです。強いてあなたが出来ることがあるとすれば、何もしないことです。わかりましたね」
「……はい」
「しっかりしてくださいよ」
芽夢はそう言うと、冷めてしまったであろうコーヒーを飲み干してから立ち上がった。