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30分後、美空は上杉高校の第2グラウンドに立っていた。
そこが芽夢に美空が連れて行かれた場所だからだ。
第2グラウンドは畑や空き地に囲まれ、校舎からも住宅街からも離れているため周囲には人の姿はまったく見えない。
なぜこんなところにつれてこられたのか、その理由がまったくわからなかった。芽夢はここに来るまでずっと黙ったままだ。
「どうしてこんなところに?」
芽夢はそれには答えない。
「最後の一人の話をしましょう」
そう言った芽夢の顔はいつもよりも表情が硬いように見える。
「まだ6人目だよ」
「それが行方不明リストの最後です」
「でも、もうひとりいるって美波さんは言ってたでしょ。探さなくていいの?」
「そうですね。やはりその話を先にすべきでしょう。だからこそ、ここに来てもらったのです」
「話って?」
「浜本美波の言っていた『もう一人』ならば既にわかっているのです」
「わかってる? 誰?」
その問いかけに芽夢はまっすぐに美空を指差した。
「あなたのことですよ。美空さん」
それが何のことかわからず、美空はキョトンとして芽夢を見つめた。
「何のこと?」
「私たちは行方不明になった6人を探すためにこの街にやってきました。それ以外のことについては黙認するつもりでした。しかし、この件についてはやはりハッキリさせておいたほうがいいでしょう」
「何言ってるの?」
「以前も言いましたが、私はあなたがなぜこの仕事をやることになったのか、とても不思議だったのです。その後、あなたが『妖かし』に対して特殊な能力を持っているらしいことを知り、それについて理由付けは出来たつもりでいました。しかし、やはりそれだけでは十分に納得することが出来なかったのです。そこであなたについて調べさせてもらいました」
それを聞き、美空はすぐに父との関係がバレたのだと思った。
「ごめん」
咄嗟に美空は頭を下げた。
「は?」
途中で話を止められた芽夢はわずかに首を傾げた。
「黙っていてごめんなさい」
これ以上、余計な心配をかけないほうがいい。「お父さんのこと、バレたんでしょ?」
「どういうことか話してください」
「事務局長は私の父なの。私、お父さんの役にたつならと思って……」
「つまり、あなたがこの仕事に選ばれた理由がソレだというのですか?」
「父との関係は秘密にしてたから。だから花守さんに余計なことを考えさせちゃった」
芽夢は美空の言葉を遮るように、その左手をパッと目の前に広げた。その芽夢の目は冷たかった。
「あなたは勘違いをしています」
「勘違い?」
「あなたはやはり特別な存在なのです。そして、特別な力を持っている」
「私の力? 花守さんこそ勘違いしてるよ。私は特別な力なんてないよ。陰陽術だって教えてもらってないんだから」
「いいえ、私が言っている力とは陰陽術のことではありません。『妖かし化』した相手の心に繋がること。それがあなたの力なのです」
「どうしてそんなことが?」
「そもそも、あなた、どこで陰陽術について習いましたか?」
「そんなの学校に決まっているじゃないの。でも、術なんてものはまだ習ってないよ」
芽夢は静かに首を振った。
「いいえ、そもそもあなたが本当に日ノ本美空だというのなら、あなたは桔梗学園に通ったことなどありません」
「何言ってるの?」
答えた瞬間、ズキリと頭の芯に痛みが走る。
「日ノ本美空という生徒が私立桔梗学園に在籍しているのは確かです。しかし、彼女は席を置いているだけで一日も通ってなどいないのです。クラスメイトも一切、彼女のことを知りません。先日、高木文枝に『日ノ本美空』について訊いたことを覚えていますか? 彼女は『その人のことはよく知らない』と答えました。私はあなたのことを訊いたつもりだったのです。しかし、彼女は違っていた。彼女の言った『その人』とはあなたのことではなく日ノ本美空のことです」
「私はここにいるじゃないの」
美空は言葉を振り絞った。その声が震える。
「それでも、あなたは日ノ本美空ではないのです」
「そんな……じゃあ、私は誰だっていうの?」
頭が混乱している。いったい芽夢は突然何を言っているのだろう。
「あなたの名前は『木之本美園』、昨年まで桔梗学園の生徒でした。おそらくあなたも百花の一人なのでしょう」
「木之本美園? 誰なの? そんな名前、リストになかった」
「リストにあるのは現時点で私立桔梗学園に在籍していて行方不明となっている学生たちです。しかし、木之本美園は彼らとは違います。彼女は昨年、退学となっているのです。だからリストにはないのです」
「でも、どうしてそれが私だなんて」
芽夢はポケットから一枚の写真を取り出した。
「これが木之本美園です。つまり、あなたの写真です」
美空は思わず芽夢の手から写真を払い落とした。
「違う! 私は日ノ本美空よ」
「日ノ本美空は小学生の時、交通事故にあって意識不明の重体になりました。彼女はそれ以来、今も病院のベッドで眠ったままです」
「でも、学校に在籍してるってーー」
「あなたも知っているように日ノ本美空の父親は楠木事務局長です。娘が幼い頃、夫婦は離婚したため母親の姓となりました。それでも父親とはとても仲が良かったそうです。娘が事故で意識不明の状態になった後も、事務局長は頻繁に病院に通い続けていました。事務局長はそんな娘を不憫に思い、彼女が15歳になった年、私立桔梗学園に席を置くことに決めました。自分の立場を利用したあまり褒められない行為ではありますが、その心情は同情出来ます。これを知った時、私はあなたが嘘をついているのだと思いました。しかし、その様子では、あなたは本気でそう思い込んでいるのですね。なぜ、あなたが自分のことを日ノ本美空と思うようになったのか、それはわかりません。しかし、それでもあなたは木之本美園なのです。そして、百花の一人であったことを考えると、あなたもまた『妖かし化』した存在と考えるのが自然なのです」
「私が『妖かし化』? でも、どうして私が?」
「気になっていたのです。あなたはいつも彼らのことを身近な知り合いのように話していました。あなたは知っていたのです。彼らのことを。彼らがどのような人たちなのかを知っていたのです。私も迂闊でした。書類だけであなたたちのことを調べていたため、あなたの存在を疑うまでに時間がかかってしまいました」
「そんな……私は……」
混乱していた。心の中でザワザワとした感触が動き出すのを感じ、美空は思わず両手で胸を強く押さえた。
「落ち着きなさい」
「やめて」
触れないでほしい。何か得体の知れないものが自分から飛び出してくるような恐怖があった。
「怖がってはいけません」
「違う! 違う! 違う!」
これ以上何も聞きたくない。何も知りたくない。自分の心の中に逃げ込み、そのまま心を閉ざしてしまいたい。
どうすればこの場から逃れられるだろう。頭のなかで考えを巡らす。だが、答えなどあるはずがない。
ふと、声が聞こえた気がした。耳の奥に小さく聞こえてくる囁き声。
頭の芯がぼんやりとする。このままその声に身を任せれば逃げることが出来るだろうか。
その時――
「しっかりしなさい!」
鋭い声がピシャリと美空の心を打つ。「意識をハッキリ持ちなさい。あなたが何者であるかではなく、自分が自分であることがより大切なのです」
「自分が自分であること?」
美空は顔を上げ、芽夢を見た。
「まず、あなたはあなたである必要があるのです。それこそが大切なのです」
ずっとコートのポケットに入っていた芽夢の右手がわずかに動く。その意味が美空にはやっとわかった。もし『妖かし化』した自分が暴走すれば、彼女は自分を止めなければいけない。霊符もない今、恵夢が自分を止めるとするならば、その方法は一つしかない。だからこそ、人気のないこの場所にやってきたのだ。
「私を……どうするの?」
「どうもしません。あなたがあなたである以上」
不思議だ。芽夢の声を聞いていると心が落ち着いてくる。さっきまで感じていた不安からくる恐怖がわずかに振り払われていく。
それでも身体が震える。
「私……何もわからない。どうすればいいの?」
「木之本美園、つまりあなたについてまだ全てがわかったわけではありません。そして、私たちの仕事もまだ終わっていません。私たちの仕事はこのリストに載っている行方不明者を探し出すことです。リストにあなたの名前は載っていません。私にとって、あなたのことは今回の件とは別問題です」
「私のことはどうするの?」
芽夢が両手を伸ばし、美空の肩をぐいと掴む。不思議に身体の震えがピタリと止まる。
「あなたがあなたである限り今は何もしません。今はとにかく雛形静香を捜しましょう。全てが終われば何かが見えてくるかもしれません」
「何も見つからなかったら?」
「その時に改めて考えればいい。あなたにとって何が必要なのか、私も協力します」
それは力強い言葉だった。自分一人では何も出来なくても、芽夢ならば何か見つけ出してくれるかもしれない。
「でも、雛形さんの手がかりは?」
「それなら、御厨ミラノが言っていたではありませんか?」
「ミラノさん?」
「遠野火輪ですよ」
「遠野火輪さん? ああ、そういえば……でも、どうして? どうして雛形さんの行方と関係があるの?」
「どうしてかはわかりません。しかし、彼女がその話を持ってきたということは、そこの答えがあるということなのです」
そう言うと芽夢は美空の肩を掴んでいた手を離した。身体の震えは既に止まっている。
「じゃあ、火輪さんのところに?」
「行きましょう。あなたの答えも見つかるかもしれません」
「今から?」
「少しでも早いほうがいいでしょう。どうです?」
美空も覚悟を決めた。
「行く」
その答えに芽夢は頷き歩き出す。
その背を追って美空も足を動かした。そして、美空は考えていた。
さっき聞こえたあの声は何だったのだろう?
――私に代わる?
そう聞こえたような気がする。
もしあの声に身を任せていたらどうなってしまったのだろう。
あの声は誰だったのだろう?




