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翌朝、深見茂が目を覚ますとすぐに栢野綾女から美空に連絡があった。
深見茂が美空たちに会いたいと言ってくれたそうだ。
美空たちは急ぎ陸奥中里病院へと向かった。
深見はちょうど検査を受けているところで、待合室で待っていると間もなく深見は現れた。これまで入院した者たちと同じように薄い青いパジャマを着ている。
「わざわざ来てくれてありがとう」
深見は丁寧に頭を下げた。
「自分から会いたいと言ってきたのはあなたが初めてですよ」
「責任を取らなきゃいけないから」
「あなたがですか?」
「一応、一番年上だから」
「他の人たちのことを記憶しているんですね?」
「なんとなくは。でも……なんかずっと夢の中をさまよっていた気がするんだ。何が夢で何が現実かもよくわからない。まだ整理がつかないっていうのかな」
「昨夜のことは覚えているのですね?」
「キミたちのことは覚えている。夢のなかに救いの神が現れた感じ。なんか自分の夢のなかを覗かれたようで恥ずかしいね」
深見は照れくさそうに頭を書いた。
「どんな夢でしたか?」
「具体的には憶えてない。でも、良い夢を見ていた気がするよ。でも、それが夢だってわかる夢は変な感じがするものだ。どんな良い夢でもそれが現実じゃないのがわかることが怖いんだ」
「良い夢ですか? 自分が何をしたかは自覚があるのですか?」
「それはわかってる」
「絵を描いたのはどうしてですか? それがやっぱりあなたの願いだったからですか?」
「あれは……どうしてだろうな」
深見は困ったように少し頭を振った。
「憶えてないんですか?」
「う、うん」
深見は曖昧に頷いた。
「描いたことも忘れましたか?」
「それは憶えてる。いや、でも正確にはあれは俺が描いたわけじゃないよ」
「昨夜も言いましたが、昨夜のは私が描きました。でも他のはーー」
「そういう意味じゃないよ。俺が言っているのは他の絵のことだ」
「やっぱり憶えていないんですか?」
「いや、そうじゃなくて、確かにあれは俺が描いたのには違いないんだ……でも、違うんだ。誰か俺の体を通して描いてたような気がするんだ」
「誰って……誰が?」
「わかんないよ」
「絵を描いたのは深見さんの意思じゃないってことですか?」
「それも違う。昔、俺は絵描きになりたかった。でも、それは諦めたんだ。それなのに急にまた描きたくなった。きっと諦めきれてなかったんだろうな。でも、やっと自分には才能がないってハッキリわかった」
「どうして? あれだけの絵を描いたじゃありませんか」
「だから、あれは俺が描いたわけじゃないんだ。俺の中に別の誰かがいたんだ。ああ、そうだ。キミはその人と一緒にいたじゃないか」
深見はそう言って美空の顔を見た。
「私?」
「そうだ。キミとその人が会話しているのを俺は遠くから眺めていたような……そんな気がするんだ」
「それはたぶん夢だと思います」
「そうか。夢か……でも、あの絵はその人が描いたものだ。あれが才能のある奴の絵だ。自分の無力さを痛感したよ」
そう言って俯く深見に芽夢が声をかける。
「あなたにとっては辛い体験だったようですね」
「いや、スッキリしたよ」
「スッキリした?」
「俺はずっと諦めきれなかった。才能なんてものは人が勝手に決めるもので、努力によってあとからついてくるものだと思っていた。でも、そうじゃなかった。やっぱり才能っていうものはあるんだ。俺が絵を諦めたことが正しかったってわかったよ」
深見はニッコリと微笑んだ。
「ところで、あなたはどうして私たちを呼んだのですか? 結局、ほとんどのことは憶えていないようですが」
「ごめん。あ、そうだ……憶えていることが一つだけあるんだ」
「なんです?」
「草薙響」
「草薙響?」
芽夢の表情が固くなる。
「もしかしてもう知っていた?」
「どうしてあなたがその名前を?」
「それはわからない。さっきも言ったろ。理由はわからないけどその名前を憶えているんだ。それは誰なんだ?」
不思議そうに話す深見茂の様子を眺め、美空と芽夢は顔を見合わせた。




