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マンションに帰ったのは午後6時を過ぎた頃だった。
部屋のドアに鍵を刺した途端、隣の部屋のドアが開いた。そこからヌッと芽夢が顔を出す。
「今、帰りですか?」
「うん、ただいま」
「それで? どうでしたか?」
「まだよくわからない。今まで描かれたものの写真も印刷してもらってきた。あと、こっちが今まで絵が描かれた場所の地図」
美空はバッグから、芳恵に書いてもらった地図を取り出して芽夢に差し出した。芽夢はそれに少しだけ視線を落としただけで、すぐに美空に返してよこした。さほど興味を持ったわけではなさそうだった。
「それでこの時間に帰られたのですか」
「何かあったの?」
「杉村美波のことです」
「美波さん?」
「杉村美波が持っていた雑誌についてわかりました」
「え?」
「まさか忘れていましたか?」
「ち、違うよ。ずいぶん早いなって思って」
「そう難しいものではありませんからね。バックナンバーを探して破かれたページを確認するだけです。破かれていたのは若手ピアニストについての記事でした」
「若手ピアニスト?」
「記事に載っていたのは3人。若松美幸、井之頭祐介、井上達也の3人。しかし、その3人の中で杉村美波と関係があるのかがわかりません」
「知り合いなのかな?」
「それはまだわかりません。これからその3人の素性を調べます。どこかで杉村美波との関わりがあるかもしれませんからね」
「私も手伝おうか?」
「手伝う?」
ジロリと美空を見下ろす。
「あ……」
芽夢の仕事を自分が手伝えるはずがない。
「それで? あなたはその絵を描いた犯人を捜すつもりなのですか?」
「捜すっていうか……ちょっと興味があるっていうか」
美空はどう言い訳したらいいか言葉を探した。だが、実際のところ芳恵の頼みを断りきれなかっただけだ。
そんな美空に芽夢が厳しい視線を向ける。
「興味がある?」
「ちょっとだけ。そんなに時間はかけないから大丈夫」
美空は慌てて取り繕うとした。
しかし、芽夢は少し考えてからーー
「いえ、こちらのことは気にしないでください」
「え?」
「その絵のこと、気になるのでしょう? 杉村美波の手がかりは私が捜します。あなたはそのイタズラ書きについて思う存分関わってください」
「どういうこと? まさかこれが百花につながっているっていうの?」
「わかりません。しかし、あなたが気になるのならその可能性はあると思います。では、おやすみなさい」
芽夢はそれだけ言うと美空の反応を待たずに部屋のドアを閉めた。
その閉まったドアを思わず見つめる。
「ぉーい」
とドアに向かって小さく声をかけてみる。もちろん反応はない。
(……そんな)
期待されているのだろうか。それともアテにされていないのだろうか。どちらにしても不安になる。
これで百花と関係がなかったら、芽夢に何を言われるだろう。そんな新しい心配が生まれていた。




