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「ねえ、美空ちゃん、知ってる?」
と、クラスメイトの早乙女芳恵がおっとりとした口調で声をかけてきたのは月曜の朝のことだった。
よくある話しかけ方だがそんなふうに声をかけられて「知ってる」と答えられるはずもない。
「何のこと?」
「商店街のシャッターに絵が描かれたの」
芳恵が何を言いたいのか、まだ美空にはわからなかった。
「誰が描いたの?」
「それがわからないのよ」
「わからない?」
芳恵は美空のほうへ身を寄せると、これまでの経緯を話しだした。
それが最初に発見されたのは3月中旬のことだ。
朝になって、靴屋の主人が店を開けようとしてシャッターいっぱいにスプレーで絵が描かれているのを発見した。
多くの人たちが、それをただの若者のイタズラだと考えた。商店街の仲間たちでその絵を消すことになった。だが、それが実行される前に第2の事件が起きた。3日後、今度は文房具店の店先だった。そして、次は電気屋、米屋と続いた。
彼らは急ぎ監視ビデオを設置することにした。
しかし、それでも犯人は見つけられなかった。いつものように絵が描かれたにも関わらず、ビデオにはそれらしき犯人の姿はまったく映っていなかったのだ。
それから一週間、被害は未だに続いている。日が決まっているわけではない。不定期に深夜のうちにシャッターに描かれているのだ。
「いったい、誰が、どうやってそんなことをしてるのかわからないの」
困ったように芳恵は言った。
「でも、そんな話をどうして私に?」
それは素直な疑問だった。芳恵とはこれまで何度か言葉を交わした程度でそれほど接点は多くなかったからだ。
「だって、美空ちゃんはこの街の七不思議を解決する仕事をしているんでしょ?」
当然のように芳恵は言った。
「だ、誰がそんなことを?」
「皆、噂してるよ」
「皆? 皆って?」
「皆は皆。そんなことより解決してくれないの?」
そう言って芳恵は美空の顔を期待のこもった目でジッと見つめる。
「とりあえず話だけ」
渋々、美空は答えた。
* * *
放課後、芳恵に案内され美空は駅裏の商店街を訪れていた。
美空の住むマンションとは逆方向のため、来たことのない場所だ。
正直、あまり乗り気ではない。しかし、これが百花と関係ないとハッキリしない限りは調べておく必要はある……と芽夢に言われてしまったので仕方がない。
靴屋の主人は快くシャッターを下ろして、その絵を見せてくれた。
窓から紅葉が見える。それは何気ない秋の風景だった。
「これがその絵?」
それは不思議な印象を受けるものだった。どこの風景なのかはわからないが、どこかで見たような懐かしい感じがした。ずっと眺めていたいと思うような魅力のあるものだった。
「どう思う?」
「惹かれるね」
美空の言葉を聞いて芳恵は目を輝かせた。
「やっぱり? 良い絵だよね。規格外っていうか、想定外だよね」
「これ、消すの?」
「実は私も消したくないんだよね。でも、こういうのを放っておくと街がスラム化するんだって。問題は誰が描いたのかわからないってことなんだよ。誰が描いたかわからない限り、今後も続くかもしれない。だから、誰が犯人なのか突き止めなきゃいけないんだ」
不満そうに芳恵はため息をついた。
「大変だね。この辺にこういうものを描きそうな人はいないの? これだけの絵なんだから普通の人には描けないんじゃない?」
「それも調べた。でも、この辺りに絵を仕事にしてる人はいなかった。もちろん高校にも美術部はあるから先生に見てもらったんだけど、これだけの絵をそう簡単に描ける人はいないって」
「じゃあ、プロってこと?」
「少なくてもこの辺の学生の中にはいなさそう」
「有名な人の絵だったらテレビの取材とか集まってくるんだろうね」
「そうそう、私もそう思ったんだ。けど、無理だって」
「無理って誰が言ったの?」
「聞いてみたの。地元のテレビ局に知ってる人がいて電話してみたんだけど、その人もう辞めちゃっていて、他の人に話してみたんだけど取り上げられないって言われちゃった。実際に見れば印象も変わると思うんだけど」
おっとりしているように見えて、なかなか行動が素早い。
「積極的だね」
「商店街のプラスになるかなって思っただけよ。実際に見れば印象も変わると思うんだけど。ねえ、やっぱりこれって七不思議的なことだと思う?」
「そ、それはまだわからないかな」
美空は首を捻った。




