40
芽夢から連れて行かれたのは街中から10キロほど離れた田園地帯だった。
目の前には大きなビニールハウスがいくつも立ち並んでいる。
どこからか牛の声も聞こえてくる。
「ここは?」
「そこに『長塚ファーム』という農園があります。百花のメンバーたちは昨年の秋からそこで暮らしていました」
「ここで? どうしてここに?」
「ここは旅行者たちが働くことを条件に無料で泊まることが出来るのです。一度、あなたも見ておいたほうがいいと思い連れてきました。ただ、何も残っていません」
「花守さんはいつここのことを知ったの?」
「どうしてそんなことを訊くんです?」
「もしかして、かなり前から知ってたんじゃないかって気がして」
「否定はしません」
「やっぱり。でも、どうして急に私に話す気になったの?」
「時々、百花のメンバーを訪ねて男が一人やってきていたそうです」
「男?」
「百花のメンバーからは『先生』と呼ばれていたそうです」
「先生?」
「あの田代という男、少し気になりましてね」
「田代さんが、その『先生』だっていうの?」
「わかりません。何の根拠もありませんからね。ただ、あなたも気にとめておいてください」
「わかった。ここ、中は見られるの?」
「たぶん。見てみたいですか?」
美空が頷くと、芽夢は美空を連れてビニールハウスの横の道を奥へと入っていった。
芽夢の言うとおり、農園では何人もの若者が働いているようだ。
経営しているのは長塚誠と言い、白髪がまじりはじめた初老の男だった。
「あんた、また来たのか」
ビニールハウスから出てきた長塚は少し渋い表情で芽夢を見た。それでも美空たちを家の中に入れてくれた。
居間には大きなテーブルとソファが置かれていた。複数の人たちが共同生活をしているわりに部屋はシンプルに片付けられている。その奥にあるキッチンでは料理を作る若い女性の姿があった。
「その後、何か思い出したことはありませんか?」
「ないよ。頻繁に新しい人たちが出たり入ったりしてるからね。そうそう記憶はしていないよ」
「皆、ずっとここで暮らしていたんですか?」
居間を見回しながら美空は訊いた。
「ずっとっていうか、一日置きっていうのかな。一日働いて一日休んでどっかにでかけてたよ」
思い出そうとするように首をひねりながら長塚は答えた。
「どこに?」
「それは知らないよ。皆、それぞれ事情がある。仕事以外で何をしようと口は出さないことにしてる」
「部屋は?」
「奥の広間を使ってる。見せてもいいけど、何も残っちゃいないよ」
長塚はそう言ってテーブルの上に置かれた新聞を手にした。
部屋の隅に置かれたカラーボックスの中に雑誌やマンガ本などが乱雑に並べられている。
「その雑誌は?」
美空は長塚に訊いた。
「雑誌? それが何?」
新聞を広げながら長塚が訊く。
「誰の趣味ですか?」
「ほとんどはここに泊まる子たちが置いていくんだよ」
「これは?」
その雑誌の中の一つを美空は取り出した。長塚は顔をあげ、記憶をたどろうとするように目を細めてその雑誌を見つめた。
「それは……ああ、そういえばあのグループの中の一人の女の子が読んでいたものだよ。買ってきてすぐに1ページだけ破って捨ててしまったんだ。もったいないから拾っておいた」
「女の子?」
「細っこい大人しい女の子だったな」
すぐに杉村美波の姿が思い出された。
「何の雑誌ですか?」
芽夢が横から美空の手元を覗き込む。
「音楽雑誌みたい」
それはクラシック音楽の専門雑誌のようだった。パラパラとめくっていくと一箇所だけ違う感触のする箇所があった。
「確かに1ページぶん破かれていますね」
根元から破られた痕跡がハッキリと見える。
「これ、もらってもいいですか?」
「いいよ」
興味なさそうに長塚は答えた。美空たちはその雑誌をもらって長塚ファームを後にした。
「たぶん美波さんのものだと思う」
「よく気づきましたね」
「これだけ少し変わって見えたから」
「杉村美波がクラシック好きなんて知りませんでした」
「でも、全然読まれた跡はないみたい」
「他に目的があったということですか。つまり破かれたページに意味がある。それ、私に預けてもらえますか?」
「どうするの?」
雑誌を芽夢に渡しながら美空は訊いた。
「破かれたところに何が書かれていたのかを調べます」
「お願い」
杉村美波が何のためにこの雑誌を買ったのかはわからないが、今のところ唯一の手がかりになるかもしれない。




