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妖かし探訪記  作者: けせらせら
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 杉村美波のことを美空は微かに記憶している。

 美波は美空より2年上の先輩で、さして目立つような存在ではなかった。成績の面でもクラブ活動などで有名なわけでもなかったし、クラスメイトの中で話題になるようなことはなかった。ただ、彼女はいつも窓から外を眺めていた。

 どこを眺めているのかはわからないが、どこか儚げな表情でぼんやりとと遠くを見つめている。その姿がやけに印象的で、いつしか美空は校舎の外に出るとついもつい彼女の姿を探すようになっていた。

「どうしましたか?」

 芽夢から声をかけられ、美空はハッとして視線を戻した。

「聞いていましたか?」

 目の前に厳しい視線を向けた芽夢の顔があった。

「あ……ごめんなさい。何だっけ?」

 美空たちはミラノと別れてから、今後のことを話すためファミレスに立ち寄っていた。

「あなたは何を考えていたのですか?」

「美波さんのことを考えていた」

「杉村美波のことを知っているんですか?」

「顔くらいは」

「それは知っているうちには入りませんね。では、杉村美波について改めて説明しましょう」

 そう言って芽夢は手元の書類に視線を落とす。

「ずいぶん素直に受け入れたんだね」

「何がですか?」

「ミラノさんからの情報。本当にあれが美波さんのことだと思っているの?」

「あなたは疑っているのですか?」

「だって、神社に頻繁に通う人がいたってだけの話でしょ。どうしてそれが百花の誰かなんて言えるの?」

「これまで御厨ミラノが持ってきた情報に誤りはありませんでした」

「だから今回も? ずいぶん信用しているんだね」

「信用? 私が彼女をですか?」

 驚いたように芽夢は切れ長の目を見開いた。

「違うの?」

「違うに決まっているでしょう。私があの女を信用するはずがありません」

 芽夢は口元に笑みを浮かべながらキッパリと言い切った。

「じゃあ、どうして?」

「御厨ミラノが持ってきた話、誰から聞いたと言ってました?」

「友達だって」

「御厨ミラノが社交的な人物に見えますか?」

「それは……ちょっと微妙かな」

美空はミラノのことを思い出しながら言った。「私も人のことは言えないけど」

「ええ、私も社交的な人間ではありません。だからこそ、御厨ミラノにそう友達が多いとは思えないのです。その御厨ミラノが重要な情報を何度ももたらしてくれています」

「それがおかしいってこと?」

「おかしいでしょう。情報というものは人がもたらすもの。人の繋がりこそが情報なのです」

「じゃあ、どうして?」

「誰かが彼女を利用して、私たちに情報を与えているのではないか……とは考えられませんか?」

「誰かってーー」

「そんなことをするのは一条家しか考えられないのではないですか?」

「一条家? それって栢野綾女さん? 何のために?」

「さあ、わかりません。もしかしたら一条家も百花について情報を持っていて、私達を利用しているのかもしれません」

「どうするつもり? 調べるの止める?」

「なぜですか? どんなルートで情報を得ているのかはわかりませんが、彼女の情報が百花につながっていることは間違いありません。彼らが何をしたいのかはわかりませんが、情報が嘘でない限り気にする必要はありません。私たちも彼らを利用すればいいのです。もちろん彼らの狙いがわからない限り、警戒はしなければいけませんが」

「それならいっそお願いしてみたら?」

「何を?」

「協力を」

 芽夢はフンと鼻で笑った。

「そんなに素直に協力してくれるなら、最初からしてくれているでしょう。やはり一条家は信頼出来ません」

「だから草薙君のことも黙っていたの?」

「は?」

「草薙響君のこと、花守さんは最初から知っていたんじゃないの?」

「まあ、そうですね。事前にこの街のこと、一条家のことを調査していた時、彼のことを知りました。草薙響は今回の件の元凶かもしれません」

「どうして黙っていたの?」

「私たちが依頼されたこととは違うからです。ですから個人的に調べていました。今後もそのやり方に変わりはありません。一条家が草薙響のことを正直に話してくれるなら別ですが。それはあり得ないでしょう。ですから私達は自力で杉村美波を探すことに力を尽くすべきでしょう」

「どうやって?」

 途端に芽夢から額を軽く小突かれる。

「相変わらず人任せな言い方ですね。これまで見つけた3人は、『妖かし化』したことで歪んだ形ではありますが、そえぞれの願望が叶えられていました。では、杉村美波の場合はどうなのでしょう?」

「杉村さんの願いって何?」

「わかりません」

 フンと鼻から息を吐き不愉快そうに芽夢は言った。

「そうだよね」

「だからこそ、今、彼女の情報を話していました。少しは聞く気になりましたか?」

「あ……はい。どんな情報?」

「何が聞きたいですか?」

 少し面倒くさそうに芽夢が訊く。どうやらもう一度同じことを説明する気にはならなかったようだ。

「えっと……杉村さんってどんな人だったんだろう?」

「質問が漠然過ぎです」

「じゃあ、家はどこ? ご両親は?」

 訊いてからバカな質問だったと反省する。しかし、芽夢は怒ることもなく真面目な顔で答えた。

「彼女に家はありません」

「家がない?」

「彼女は生まれて間もなく、親に捨てられたのです。彼女は『ムクドリの巣』という孤児院で育ち、中学生になった後、園長の知り合いであった杉村家に引き取られました。杉村家は古くから宮家陰陽寮で働いており、その関係から桔梗学園に通うことになりました」

「彼女の夢は?」

「ありません。いや、わからないと言ったほうがいいですね」

「趣味は?」

「ハッキリと言えるものはありません」

「趣味がない?」

「杉村家の養女になった後、養父母は彼女にさまざまなものを与えようとしました。彼女はそれを一通りこなしましたが、彼女が本気に夢中になったものはなかったようです」

「それじゃ、どんな人なのかわからないじゃない」

「そうです。そもそも彼女には自我が感じられません。ないのかもしれません」

「自我がない?」

「夢もなく、生きがいもない。自分というものがなく、生きながら死んでいるようなものです」

「そんな人……いるの?」

「そう珍しいことではありませんよ。誰もが夢や希望を持って生きているわけではないです」

「それはそうかもしれないけど」

「ただ、そういうのはある程度経験を重ねた人であり、彼女のような若さでそんな精神状態というのは問題でしょう」

 芽夢の話を聞いていると、どんどん不安がわいてくる。

「今も生きてるんだよね?」

 思わずそう口にした。

「自殺しているのではないかということですか? それは心配いらないと思います」

「どうしてそう言えるの?」

「先日、彼女が育った施設に行ってきました」

「いつの間に?」

「ですから先日です。そこで彼女が子供の頃に書いた作文を読みました」

「そんなものまで調べたの?」

「当然です。彼女のこの世の中に対する嫌悪というのは実に強烈なものでした。大人も、子供も周囲の人たちの誰のことも信用していませんでした」

「何が書いてあったの?」

「何も」

「何も?」

「それなりの文章は書かれていました。しかし、どれも短い上っ面の文章だけでしたよ。自分のことを何も書きたくない人間のやることです」

 芽夢の言い方を聞いていると、きっと芽夢も同じような作文を書いたことがあるのではないかと思えてくる。

 だが、今は芽夢のことよりも杉村美波のことが心配だ。

「だったら、なおさら心配でしょ?」

「いいえ。それでも彼女は死を選ぶことはしないでしょう」

「どうして?」

「それが彼女の信念だからです。なぜ、そのような信念を持つようになったのか、それはわかりません」

「信念って……そんなことが作文に?」

「いいえ、さっきも言ったように彼女の作文には彼女を表現するものは何も書かれていませんでした」

「なら、どうしてそんなことが言えるの?」

「彼女は誰も信じていないのです。誰にも期待していないのです。子供の頃からずっとそうやって生きてきたのです。そんな人が今になって『妖かし化』した結果として死を選ぶことはしません」

「どうしてそんなにハッキリと言えるの?」

「言えますね。私がそういう人間ですから」

 あまりにハッキリとした物言いにさすがにどう返していいかわからなくなる。

「えっと……それで、杉村さんの願いは?」

「それがわかりません。彼女は自分の未来……いや、将来にたいして何の夢も希望も持っていなかったようです。当然、願いもありません。杉村美波はそういう子供でした」

 ふと、校舎の窓から外を眺めていた杉村美波の姿を思い出す。彼女はどんな思いで外を眺めていたのだろう。

「なんか……寂しいね」

「寂しい? 何がですか?」

「美波さんがそんなことを思っていたなんて……寂しいでしょ」

「まるでよく知った相手のように言うのですね」

「そんなつもりはないけど……でも、美波さんのことを思うと寂しくなる」

「では、杉村美波になったつもりで答えてください。彼女はどこへ消えたと思いますか?」

 少し考えてから美空は答えた。

「やっぱり大事な人のところじゃないかな」

「大事な人?」

「川北君はご両親のところ。文枝さんは昔飼っていた犬たちのところ。美波さんだって大切な存在に関係するところにいるんじゃないかな」

「では、どうすれば彼女を見つけることが出来ますか?」

「それは……わからない」

「結局、そこにいきつくわけですね」

 その時――

「その話、ボクにも聞かせてもらえないかな」

 隣のテーブル席に座っていた男が振り返っている。

 それは田代進次郎だった。


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