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「どうして私が待たされなきゃいけないの?」
美空たちが喫茶店に着くと、御厨ミラノはふてくされたような声を出した。
約束の時間から15分が過ぎている。彼女が怒っているのは待たされたからではない。おそらう自分が軽く見られることが面白くないのだろう。
「ごめんなさい。あ、昨日はありがとう」
美空はその場を取り繕うかのように言った。
「昨日? は? 何の話をしているの?」
「何って、昨日の話……だけど」
先日、妖かし化した高木文枝に襲われた時、御厨ミラノに助けられたことについて礼を言った美空にとって、ミラノの反応は意外なものだった。
「昨日? あなたに会った記憶なんてないんだけど。夢でも見た?」
「じゃあ、あれは?」
横に座る芽夢が予想していたかのように小さく笑う。
「どうやら何者かに騙されたようですね」
「何者って……誰?」
「さあ、ハッキリとはわかりませんね」
「花守さん、あまり驚いていないみたいね」
「いえ、変な感じがしていたもので」
「わかっていたってこと?」
「わかっていたということではないです。まあ、いいですよ。気にしないでください」
「何の話をしてるの。無視しないでくれる」
仏頂面をしてミラノが口を出す。
「いえいえ、たいしたことじゃありませんよ。それよりも、あなたは双葉伽音という女を知っていますか?」
その名前が出た途端、ミラノの表情が強ばった。
「どうしてあの人のことを?」
「やはり知っているのですね。何者ですか?」
「クラスメイトよ」
仕方なさそうに、そして、それを口にするのも嫌そうにミラノが答える。
「それだけですか?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「質問に質問で返さないでください。今、質問しているのは私です」
その芽夢の言葉は相手に有無を言わせない強さがあった。
「……草薙君と一緒に一条家で暮らしてた」
「へえ、そういう仲でしたか」
フンと芽夢が鼻で笑う。
「違う!」
思わずミラノの声が大きくなる。「ただ一緒に住んでたってだけよ」
「クラスメイトと言いましたが、今も学校に?」
「……来てない」
「いつからですか?」
「……」
「大事なことです。答えてください」
「……草薙君がいなくなった時から」
「なるほど。じゃあ、やはり一緒に消えたということじゃありませんか」
その言葉にミラノは芽夢を睨む。
「変な言い方は止めて」
「私は事実を言っているだけですよ」
「一緒とは限らないわ」
「それなら、なぜ双葉伽音のことを話さなかったのですか?」
「話す必要なんてないでしょ。関係あるかどうかわからないじゃないの」
そう言ってミラノは唇を噛んだ。ミラノは明らかに双葉伽音に対して嫌悪の感情を持っているようだ。
「関係がないとも言えないでしょう。いや、むしろ関係ないと考えるほうが無理あるんじゃありませんか。そういうことはちゃんと話してくれないと困ります。草薙響を捜すための大きな手がかりではありませんか」
「あなたたちだって、まだ私に何の報告もしてないじゃないの」
「報告がほしいのですか? 私が頼まれていたのは、草薙響を捜すことだったと思いましたが。今の段階ではあなたが喜ぶ報告は出来ませんよ」
「屁理屈は止めて。私はあなたたちの協力をしているはずよ」
「そうですね。確かにあなたの情報のおかげでいくつか問題解決につながったのは事実です。感謝していますよ」
「なら、ちゃんと仕事して」
「仕事ですか。そう言われては黙っているわけにはいきませんね」
「何よ」
「そもそも、あなたは草薙響という人物が何者なのか知っているのですか?」
「何者って……」
ミラノの目が不安そうに怯む。
「ほお。やはり何も知らないようですね」
「花守さん、止めようよ」
美空は思わず止めに入った。少しミラノが可愛そうに思えてきたからだ。彼女は心から草薙響のことを心配している。それがひしひしと伝わってくる。芽夢が何を話そうとしているのかはわからないが、きっと彼女にとって良い話というわけではなさそうだ。
「どうしてですか? 彼女は知りたがっているのですよ」
「でもーー」
「話して。あなたたちは何を知っているの?」
ミラノにそう言われては、美空は黙るしかなかった。
「草薙響というのはね、かつて京都の陰陽師であった玄野響という人物の死体から作られた人物なのですよ」
芽夢はミラノの反応を見ようとするかのようにゆっくり言った。
「死体?」
ミラノの青みがかった大きな瞳が狼狽える。それを見ていられず思わず美空は目をそらした。
「そう、死体です」
「それって玄野響って人が生き返ったってこと?」
「それは違います。死んだ人間が生き返るということはありません。いえ、これに関して私はそう詳しいわけではありません。しかし、専門家からの話によるとそういうものらしいです」
もちろんその専門家は美空のことではない。きっとそれは月下薫流のことだろう。守護家と関係がある彼ならば、そういう事情にも詳しいはずだ。
「じゃあ、響くんの場合は?」
真剣な眼差しでミラノが訊く。
「ですから、彼は玄野響の身体に命を与えられ、新たな人間として生まれたのです」
「何のために?」
にわかには信じられない話だが、意外にもそれについてミラノは疑うことなく受け入れたようだ。
「それについての情報は得られていません」
「それも調べているの?」
「いいえ」
「どうして?」
「その詳しい情報と今回の私達の仕事とは直接関係ないものと思われます。もし、それを知りたいのならば、草薙響を捜し出してから聞いてください。もちろん草薙響がそれを知っているかどうかはわかりません。そして、あなたは双葉伽音を捜し出したらどうですか」
「知らないわよ」
ミラノは撥ね付けた。「そもそもその女の話はしたくないのよ。名前だって口にしたくないのに」
「だから、『その女』ですか」
芽夢が意地悪そうにニヤリと笑う。だが、何を思ったのか、急にその表情から突然笑みが消えた。
「どうしたの?」思わず美空が声をかける。
「いえ、なんでもありません」
ぶっきらぼうに芽夢が答えた。なんでもないようには見えないが、芽夢がこういう言い方をするということはどう聞いても答えることはないだろう。
しかし、ミラノはそんな芽夢の性格を知るはずもない。
「あの女のことで何か気づいたことでもあるの?」
ミラノが食い下がる。
「違うと言っているでしょう」
ぶっきらぼうに突き放すように言う。
「何よ。響くんを探すのが協力の条件のはずよ」
「探さないとは言っていません。しかし、順番というものがあります。もし私のことが信用出来ないというのなら、くだらない意地を捨てて双葉伽音を探しなさい。それが嫌ならば、私の言うことを聞いてもう少し待ちなさい」
「わ、わかったわよ」
ミラノは渋々といった様子で頷いた。
「では、新しい情報を聞きましょうか」




