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美空たちは次の情報を求め、また御厨ミラノと会うことになっていた。美空は駅裏にある公園で芽夢がやってくるのを待っていた。
芽夢は事務局に提出するための報告書をまとめてからくる事になっていたからだ。先に行ってくれと言われていたが、ミラノと二人きりで会うのは抵抗があった。
芽夢は先日のことをミラノに説明を求めるだろう。一方、ミラノは草薙響についての情報を聞きたがるはずだ。だが、ミラノに伝えられるような情報は未だに手にしていない。
ベンチに座ってぼんやりと空を見上げる。
考えているのは、昨日、芽夢から言われたことだ。持っていた霊符は『妖かし化』した文枝によって燃やされてしまった。
運良く、これまでは『妖かし化』から救ってきたが、今後も同じことが出来るかどうかはわからない。
事務局に連絡をして、霊符を新たに送ってもらうよう頼むほうが良いのかもしれない。だが、以前に綾女に言われたことも気になっている。
霊符は『妖かし化』を解く以上に危険なものだ。
(どうしよう)
美空は足元を見つめ、大きくため息をついた。
「深いため息ですね。幸せが逃げますよ」
その声に、ふと横を無くとすぐ隣に一人の少女が座っていた。いったいいつ現れたのか、まったく美空は気づいていなかった。
黒いワンピースを着た美空と同じ年頃の少女は、その深い漆黒の瞳を美空へ向けた。
「誰?」
「何されているんですか? 誰かをお待ちですか?」
丁寧な口調で少女は言った。
「ええ……あの……友達と」
「あなたが日ノ本美空さんですね」
「そうだけど……私のことを知っているの? あなたは?」
「双葉伽音と言います。ご存知ですよね?」
「いえ、ごめんなさい」
美空は首を振った。その名前には聞き覚えがなかった。「前に会いましたか?」
「いいえ」
「そうですか。前に会ったような気がして」
「古い記憶でも呼び覚まされましたか?」
「古い記憶?」
「輪廻転生。知らないと思っている相手でもどこかで出会っているかもしれないということですよ」
「それって前世のこと?」
この少女と会ったことなどありはしない。それなのにどこか懐かしい気がするのはどうしてだろう。
「私のこと、聞いていませんか? なぜ教えないのでしょうね」
「誰がですか?」
「御厨ミラノですよ。彼女、草薙響さんを探したがっているのでしょう?」
「知っているの? 草薙さんって人はどこにいるの?」
「さあ、どこでしょうね。きっと御厨ミラノは彼が私と一緒にいると思っているのでしょうね」
伽音はそう言って口元に笑みを浮かべた。
「違うんですか?」
「さあ、どうでしょうね。そんなことより、あなたはなぜここに、この街にやって来たのです?」
「なぜって……」
「あなたも何か捜し物ですか?」
伽音の深い黒い瞳が美空の心のなかまで見透かそうとするように見つめる。
「……まあ」
「おや、何を捜しているかわかっているのですね?」
「え? それは……一応」
「本当ですか?」
「どういう意味?」
「人は自分が何を捜しているのか、理解していないものだということですよ」
「私が何を?」
「さあ、なんでしょうね。でも、そう気にすることなどありませんよ。捜し物なんて、本当に必要な時にはいつかは見つかるものです。見つからないとすれば、それはあなたにその必要がないからです」
そう言って伽音は立ち上がった。そして、ぴょんと飛び上がってベンチの背もたれに、まるで軽業師のようにつま先で立つ。
「必要があれば?」
「そう、探しものというものは、本当に自分に必要になった時に自然に見つかるものです」
伽音は美空を見下ろしながら言った。
この少女は何を言っているのだろう?
どこか意味深で、自分の知らない何かをいろいろ知っていると言っているように感じる。そして、それはきっとそのとおりに違いないと思わせる力がある。
「何の話をしているの?」
「あなたの捜し物の話ですよ」
「じゃあ、草薙響君がどこにいるのか教えてくれますか?」
「どうして?」
伽音はしゃがみこむようにして美空に顔を近づける。
「探しているからです。知っているんですよね?」
「あなたにそんなものは必要じゃないでしょう?」
「必要です」
「何のために?」
「そ……それは……」
「御厨ミラノのため? それはあなたにとってということにはなりません。あなたにとって必要なのはもっと違うものでしょう?」
そう言った途端、ふわりと伽音の身体が浮かび美空を飛び越えて再びベンチの背もたれに立つ。
「私の何を知っているの?」
「人は自分の姿を見ることが難しい。あなただってそうでしょう? 自分が何者か、自分がどんな姿なのかわかっていますか?」
ゾクリと背筋が寒くなる。彼女に危険性を感じているからだろうか。それとももっと違う理由だろうか。
「変なこと言わないでください」
「本当の自分を知るのは怖いものです。見えているものが全てではありません。その内側にこそ本当の姿があるのです。例えば、ほら、あそこ」
少女が前方を指差す。
公園の端に一匹の白と黒のハチワレ猫の姿があった。
「あの猫が何?」
「猫? あれが猫に見えますか? 本当に?」
意味深な言葉に、美空はさらに目を凝らしてその猫を見つめた。猫がゆっくりと堂々と公園を横切っていく。ふと、その足をピタリと止めると美空のほうへ顔を向けた。その口元がニヤリと笑ったように見えた。そして、その輪郭が影で崩れ、みるみるうちに黒い霧になって飛散していく。
その様子に美空はギョッとした。
「あ、あれは何なの?」
振り返った時、双葉伽音の姿は見えなくなっていた。
(消えた? 今のは妖かし?)
あの少女が何者なのかはわからない。だが、彼女は草薙響を知っている。そして、彼がどこにいるのかも知っている。いや、それ以上のことも知っているかもしれない。
美空は立ち上がると双葉伽音を探そうと走り回った。彼女を見つけ出せば、彼女の話を聞くことが出来れば全てが解決するように思えた。しかし、どこにも彼女の姿を見つけることは出来なかった。
30分後、美空は諦めて元の公園のベンチへと戻ってきた。
そこに人影が見えた。しかし、その人影は双葉伽音とは違っていた。
それは芽夢の姿だった。
「何をしていたのですか?」
美空が近づいていくと、チクリと棘のある口調で芽夢は言った。
「ちょっと人を探していて?」
「人?」
「いなくなっちゃったの。どこ行ったんだろう?」
そう言って美空はもう一度周囲を見回した。だが、当然のようにどこにも双葉伽音の姿を見つけることは出来なかった。
「誰かと一緒だったのですか?」
「うん、双葉伽音って名乗ったわ」
「双葉伽音? 何者ですか?」
どうやら芽夢も知らない名前のようだ。
「草薙響さんを知ってるみたいだった」
「なんですって?」
一瞬で芽夢の表情が変わった。「どこへ行きました?」
「さあ、気づいたらいなくなっていたの」
「何を言っていたのですか?」
「何って……」
美空はどう説明していいか迷った。「そんなたいした話は出来なかった」
「その女は草薙響を知っていたのですね?」
「そう……みたい」
「それは人間でしたか?」
その問いかけに美空はギョッとした。
「何言ってるの?」
「あなた、忘れているわけじゃありませんよね。ここは妖かしが住まう街です。人の姿をしていようともそれが人間とは限りません。その女、人間ではなかったのではありませんか?」
「それは……よくわからない」
「しっかりしてください。あなたは自覚が足りないのです」
芽夢の言葉はいつも以上に厳しい感じがした。いつもと違って冷静さを失っているようにも見える。そして、その言葉にさっきの猫の姿を思い出す。あの少女は本当に人間だったのだあろうか。
だが、それ以上に気になったのは目の前の芽夢の言動だった。なぜ芽夢はこれほどまでに慌てているのだろう。ミラノとの取引で草薙響を探す必要があることは理解出来る。しかし、芽夢はさほど草薙響を探すことを重要視していなかったように見えた。普段の冷静な芽夢と比較すれば、取り乱していると言ってもいい気がする。
「草薙響さんのこと」
「ねえ、花守さん、何か隠してる?」
「急にどうしましたか?」
ジロリと美空に鋭い視線を向ける。
「前からちょっと気になっていたんだけど……花守さんは私に何か隠しているんじゃないかって気がして」
美空は思い切って以前から気になっていることを口にした。そして、芽夢がどんな反応をみせるかを緊張しながら伺う。
だが、芽夢の表情は何も変わらなかった。いや、むしろさっきよりも落ち着きを取り戻しているかのように見える。
そしてーー
「隠していますよ」
堂々と芽夢は答えた。
「え? 隠してることがあるの?」
「そう言っているじゃありませんか」
「何を隠しているの?」
「いろいろありすぎて、どれを話していいかわかりません」
「そんなに?」
「当然でしょう。私が何からなにまであなたに話す理由がないではありませんか。しかし、あなたがどうしても気になるというのなら教えてもかまいません。それで? 何について教えてほしいですか? 他には?」
ここまでハッキリ言われると、むしろ疑っていた自分のほうが悪かったのではないかと思ってしまう。
だが、これはチャンスだ。
「じゃあ……月下薫流君って何者なの?」
「ほう。彼のことを聞きたいのですか。それはつまり、私が彼と話しているところを見たということですか?」
「見た」
「そうですか。やはりそうですか。そんなことを気にしていたのですか」
「だって、彼のことを調べるって言ったくせに話してくれなかったじゃないの」
「話す必要がないと考えたからです。しかし、いいでしょう。教えましょう。彼は守護家に仕える者です」
「守護家? 宮家陰陽寮の?」
「そうですよ。他に守護家などと私達が呼ぶ存在があるのですか?」
「どうして守護家に仕える人がここに?」
「私たちの動きを監視するのが彼の仕事だからです」
「監視?」
「守護家は今回の私たちの任務について気づいています。それで月下薫流を送ってきたのです」
「本当なの?」
「本当です。本人から聞きましたから」
「いつ?」
「こちらに引っ越してきてすぐです。そういえば私のほうがあなたよりも2日ほど早かったですね。じゃあ、あなたが引っ越してきた前日です」
美空は唖然とした。
つまり一条家で栢野綾女からその名前を聞いた時には、芽夢は月下薫流とコンタクトを取っていたということになる。
「ど、ど、ど、どうして?」
「彼のほうから接触してきたのですよ」
「早く言ってくれればいいのに」
「その必要はないと判断しました。私たちが接触していることは事務局にも守護家にも伝える黄はありませんからね。そもそもあなたのような人は秘密を持つのは決して得意なほうではないでしょう?」
「……まあ」
「これでいいですか」
「……うん、あ、いやいや、薫流君が私達を見張っているとしたら、私達の行動は全て守護家に筒抜けになってるってことでしょ? 大丈夫なの?」
「それは大丈夫です。彼には口止めしてあります」
「口止め? そんなことして薫流君は大丈夫なの?」
「今度は彼の心配ですか?」
「そういうわけじゃないけど」
「少なくても私達の仕事の邪魔はしないということになっています。その後ならばいくらでも報告すればいいだけです。彼にとって不利なことはありません。他に質問はありますか? 御厨ミラノを待たせているので、そろそろ行きたいのですが」
「……はい」
その口止めのための見返りが何なのかは気になったが、あまり深く聞きたくもない気がして、それ以上質問することは出来なかった。




