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階段を降り1階まで来ると、芽夢は足を止めて横に立つ美空の顔を見た。
「あなた、存在感がなかったのですね」
「わ、悪かったわね」
そう言いながらも、実は美空は少しホッとしていた。
誰でも自分への評価を目の前で聞く気にはならないものだ。何の印象もなかったことがむしろ良かったと思った。
「あなた、さっきもほとんどダンマリでしたね。アレで良かったのですか? クラスメイトとして話しはなかったのですか?」
「私、高木さんって苦手だったから」
「あなたに得意な相手っていたのですか?」
「……意地悪だね」
「そんな人がよくこの仕事を受けたものですね」
「いいでしょ、そんなこと。それよりこれからどうするの?」
芽夢の皮肉を無視して美空は訊いた。
「何についてですか? いつも漠然な質問はやめてくださいと言っているでしょう」
「高木さんのこと、すぐに帰ってしまうんでしょ?」
「そう言ってましたね。仕方ないでしょう。それに百花について記憶していないのだから、これ以上は協力してもらうことは出来ないでしょう。思い出したことがあれば、どこへでも話を聞きにいきますよ」
サバサバとした口ぶりで芽夢は答えた。
「あまりガッカリしてないんだね」
「予想はしていましたからね。それに少しずつではありますが、カケラのようなものは集まってきています」
「『妖かし化』のこと? 何かヒントになるの?」
「わかりません。しかし、どんなピースでも組みあわせれば何かの役に立つかもしれません」
「それがわかるまでは?」
「つまりは一人ひとり見つけ出していくしかないということでしょう。それでも既に3人見つけ出しました。残り3人だって見つけられないわけではないでしょう。あなた、何でもかんでも私に聞くのは止めてください。あなたがリーダーだといつも言っているでしょう」
「冷たいなぁ。そんな言い方しなくたっていいでしょ」
美空は思わず笑いながら言った。芽夢は突き放すような言い方をしても、決して心からそう思っていないことが伝わってくる。
芽夢はそんな美空を冷めた目で見つめた。
「それよりも、そろそろあなたがやったことを教えてくれませんか?」
「私がやったこと?」
「どうやって彼らの『妖かし化』を解いているのですか?」
「昨日のことはミラノさんがーー」
「あれは『妖かし化』を解いたのではなく、一時的に力を封じたようなものでしょう? 解いたのはあくまでもあなたです」
「そう……なのかな? 私にはよくわからないよ」
美空はどう答えていいかわからず背を向けた。芽夢には申し訳ないが、何度繰り返してもその時のことをどう説明すればいいかがわからない。
その途端、ゴツンと頭に鈍い衝撃が走る。
「痛い!」
思わず振り返ると、ゲンコツを握って構える芽夢の姿があった。「な、何するの?」
「衝撃で思い出すかと思いまして」
平然とした顔で芽夢が言う。その顔を見て、美空はなぜか心が軽くなるのを感じた。芽夢に初めて会った時のことを思い出す。誰よりも苦手に感じながらも、芽夢とならうまくやっていけるような気がした。やはりあれは間違っていなかった。
「そんなことで思い出さないよ。それはただの暴力!」
美空は口を尖らして言った。
「仏の顔も3度まで言いますからね」
「だったら少し早すぎない? 文枝さんでちょうど3人目だよ」
「だから? 言い返すよりも今後のことを考えなさい」
「今後?」
芽夢は美空を一睨みした後、軽く美空の頭を小突いてから言った。
「残るは深見茂、杉本美波、雛形静香の3人です。あなたが考えなければいけないのは、霊符なしでどうやってこの3人の妖かし化を解除するかということです。事務局に連絡を取って、新たな霊符を手に入れるか、これまでのように解明出来ないあなたの力に頼るか、それを考えてください」
すぐには答えることが出来なかった。
その時、スマホが鳴った。美空のものと芽夢のものと同時だった。
ゴングに救われたボクサーのような気分で美空はスマホを取り出した。
「ミラノさんから。会いたいって」
「ええ。そのようですね。いいでしょう。私も彼女に聞きたいことがあります」
「それって昨日のこと?」
「当然でしょう。私は彼女のことを見ていませんが、本当に御厨ミラノだったのですね?」
「うん」
「それはつまり御厨ミラノ自身が妖かしであることになります」
「ミラノさんは私たちを助けてくれたんだよ」
「別に彼女をどうこうするつもりはありませんよ。しかし、彼女が妖かしであるならば、今後の対応は変わってきます。では、明日」




