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妖かし探訪記  作者: けせらせら
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 高木文枝が目覚めたのは翌朝だった。

 いつものように栢野綾女からの連絡を受け、美空たちはすぐに入院中の高木文枝を訪ねた。

 病院の待合室で待っていると、そこに高木文枝が現れた。

 入院しているとはいえ、顔色は良さそうだ。

「こんなとこまで追いかけて来たの?」

 文枝は美空たちの向かいに座った。そう言いながらも、文枝は決して怒っているわけではないようだ。

「教えてほしいことがあります。私たちのことは?」

「学校から私たちを探しに来たんでしょ?」

「よく分かっているのですね」

「ねえ、あなたたちもウチの生徒なの?」

 少し疑うような表情で芽夢の顔を見る。

「ええ、私は普通科の生徒です」

「そっか。だから見たことがなかったのね」

「体はもう大丈夫なのですか?」

「ええ、すっかり。検査はしなきゃいけないけど、問題がなければ明日には退院出来るって」

「良かったですね。退院のお手伝いしましょうか?」

「いえ、結構。手伝ってもらうようなことは何もないわ。あなたたちには迷惑かけてしまったみたいね」

「これが私の仕事ですから」

「わりきってるのね」

「これからどうするつもりですか?」

「帰る。本当は私も残って手伝わなきゃいけないんだろうけど」

「いえ、その必要はありません。もちろん、優秀なあなたならば戦力には申し分ありません。霊符すら焼くほどの術の使い手などそうはいないのではありませんか」

「霊符を? 私がそんなことしたの?」

 文枝は不思議そうに首を捻った。

「それも忘れましたか。あなたは『逆読み』が使えるのでしょう?」

「『逆読み』? 確かに少し勉強はしていたけど……でも、そんなもの私は使えないわよ」

「おかしいですね」

 と、芽夢が横に座る美空を見る。それに答えるように美空は小さく肩をすぼめてみせた。芽夢はすぐに文枝のほうへ視線を戻しーー「昨日のことは憶えていないのですか?」

「ごめんなさい。ずっと夢を見ていたような気分なの」

「自分のやったことは憶えていないのですか?」

「全て忘れたわけじゃないけど。『妖かし化』することで実力以上の力を使えるようになるのかも。そのぶん人格や記憶が曖昧になるのかもしれない」

「私には霊力というものがよくわかりません」

「つまり今はそれほどの力はないってこと。でも、霊力なんて関係ないのかもしれないわよ。だから普通科のあなたたちがこの仕事を頼まれたのかもしれない」

「結構、サバサバしていますね」

 芽夢の意見に美空も同感だった。文枝の話し方を聞いていると、まるで第三者が客観的に答えているように感じられる。

「あの人にもそう言われた。こんなこと言うと無責任って思われそうだけど、長い夢からやっと目覚めることが出来た感じがしているの」

「あの人?」

「栢野さんって言ったかな」

 それを聞いて、芽夢はふぅと大きく息を吐いた。

「やはり、ここに来たのですか?」

「今朝早くにね。今度のことなかったものとして早く忘れてしまいなさいって言われた」

「なるほど。しかし、その前に記憶していることを教えてもらえますか? この街に来た理由は覚えていますか?」

「残念だけどあまり覚えていないの」

「やはり」

「他の人はどうなの? 私だけじゃないんでしょ?」

「同じですよ。何があったのかハッキリと記憶している人がいないのです。そもそもあなたは『妖かし化』した後、あそこで何をしていたのです?」

「あの子たちと暮らしていただけ」

「あの子たち? 白井澄子が飼っていた犬たちですか?」

「違うわよ。白井さんの子たちは皆、貰い手を見つけたもの」

「あなたがですか?」

「仕方ないでしょ。あのおばあさんじゃ出来なそうだったし、なんとかしなきゃ近所のオバサンたちも納得してくれなかっただろうから」

「では、あなたの言う『あの子』たちとは?」

 芽夢の問いかけに文枝は答えづらそうに横を向いた。それを見て美空が口を開く。

「昔、文枝さんが飼えなかった犬たちでしょ?」

 驚いたように文枝が美空へ視線を向けた。

「どうして?」

「そんな気がしたから。あれは文枝さんが作り出した幻覚のような存在でしょ」

「……幻覚か。そうだね……あれはただの私の夢。出来なかった夢」

「未練だったのですか」

「一番強く憶えてるのはルルのこと」

「ルル?」

「私が勝手につけた名前。小学生の時、団地の横に古い倉庫があって、そこで捨てられた犬を飼ってた。でも、病気になって……病院になんて連れて行けるわけもなくて。ある日、突然、いなくなっちゃった」

「見つからなかったのですか?」

「さんざん探し回ったんだけどね」

 寂しそうに文枝が呟く。どんなに昔のことであっても、そういう寂しさの記憶というものは消えるものではないのだろう。その気持は美空にもよくわかる。

「昔、似たような話を聞いたことがあります。その子のケースは野良猫でした。こっそりと飼っていた猫が突然いなくなりました。犯人はその子の母親でした。彼女はその猫のために貰い手を探していたんです。娘には内緒でした」

「どうして内緒に?」

「子供ですからね。もし飼い主が見つかったとしても、それはそれで悲しむものです。行方がわからなくなったほうが諦めがつくと思ったのでしょう」

「私の時もそうだったと言いたいの?」

「それは知りません。私はただ、こんな話があると言っただけです。では、百花の仲間たちについてはどうですか? 憶えていますか?」

 改めて芽夢が問いかけると文枝はゆっくり首を振った。

「ダメみたい。もともと彼らについて知らないのかもしれない」

「残念です。そもそもなぜあなたたちがこの街に来たのかもわからないのです」

 すると文枝は芽夢へと視線を向けた。

「それなら少しだけ憶えていることがあるの」

「何ですか?」

「私たちは……誰かを捜していた」

「誰か?」

「それは忘れた。でも、その人を見つけ出すことが私たちの仕事だった……気がする」

 それは以前、新堀智も言っていたことだ。

「それは何のためなんでしょう?」

「……だめね。そのあたりのことは思い出せない」

 ため息とともに文枝は言った。

「ダメですか」

「思い出そうとすると頭の中に霧がかかるの。記憶がなくなるってこういうことなんですね。想像もできなかった」

「どんなことでも体験しないとわからないものですよ」

「そうですね。私が『妖かし化』するなんて思いもしなかったし」

「それは栢野綾女に言われたのですか?」

「何が?」

「あなたが『妖かし化』したということですよ」

「……そうね……ううん、あの人は何も言わなかった」

「じゃあ、なぜ『妖かし化』したと思うのです? 自覚があったのですか?」

「それは……ああ、そうだ」

文枝はハッとしたように目を大きくした。「私たちが集まっていた理由がそれだったからよ」

「私たちとは? 百花のことですか?」

「そうよ。私たちは『妖かし化』の研究をしてた」

「それは本当ですか?」

「ええ」

「つまり、あなたたちはもともと『妖かし化』を知っていたということですか?」

「そう思うけど」

 そう言いながらも文枝は自信がなさそうだ。

「誰に教わったのですか?」

「……それはよくわからない」

 高木文枝は首を振った。

「それも忘れたのですか?」

「ごめんなさい。ほとんど覚えていない私の証言なんてどれほど役に立つかわからないけど」

「百花のメンバーで記憶している人はいますか?」

「そりゃ皆のことは憶えてるわよ」

「では、名前を言ってもらえますか?」

「いいわよ」

 そう言って文枝が口を開こうとする。だが、その顔が不安と驚きのものに変わっていく。

「どうしました?」

「ごめん……どうしだろう。憶えてない」

 その答えは芽夢にとって想定内のものだったようだ。

「では、私が言っていく名前に聞き覚えがあるかどうかを教えてください」

 そう言うと、芽夢はポケットからメモを取り出して、そこに書かれている名前をゆっくりと読み上げていく。だが、文枝は少し首を傾げたままで何の反応も示さない。

 その中で文枝が唯一反応を示したのが『深見茂』の名前だった。深見は1学年上の先輩で、美空も何度か目にしたことがあった。

「深見君って……もしかして彼も私と同じなの?」

「想像におまかせします」

「想像もなにも、違っていたら彼について訊くわけないじゃない」

「そうかもしれませんね。彼について記憶しているのですか?」

「幼馴染なの」

「仲が良かったのですか?」

「仲が良かったのはずいぶん昔のこと。でも、きっと彼は何も変わらないと思う」

「どういう人でした?」

「そうね」

 と文枝は少し考えてからーー「彼は善意の人」

「善意?」

「心から人の役に立ちたいって思い込むタイプ。勝手に親切の押し売りをするの。もちろん彼にとってはただの善意なんだけどね。それはそれで少し面倒なんだけどね」

「なるほど。覚えておきます」

「つまり、まだ見つかっていないってことね?」

「そうですね」

「そう……彼のこと、よろしくお願いします」

「やれることはやらせてもらいます」

 その答えを聞いて文枝は小さく笑った。

「正直なのね」

「出来ない約束はしないだけです」

 そう言って芽夢が席を立って背を向ける。それを見て美空もすぐに後を追った。

 突然、文枝が声をかけた。

「ねえ、さっきの話って作り話でしょ?」

 芽夢が足を止めて振り返る。

「さっきの話?」

「猫を飼っていた女の子の話。私のためにそんな話を作ったんでしょ?」

「私は嘘なんてつきませんよ」

「優しいのね」

「ああ、そうだ」

 ふと何かを思いついたように芽夢が声をあげる。「あなたは日ノ本美空をどう思いますか?」

 思いもしなかった芽夢の言葉に隣に立つ美空はギョッとした。だが、どうすることも出来るはずがない。

 しかし、文枝の口から出てきたのは少し意外なものだった。

「日ノ本美空さん? 私、その子のことあまりよく知らないんです」


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