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この近所には白井澄子という老婆が暮らしていた。
澄子はかなり前から犬を飼っていたが、この数年、その犬の数が増えてきていた。皆、捨てられたり迷ったりした犬たちだ。彼女は処分される可能性のある犬たちを目にすると、すぐに引き取ってきていた。
しかし、年老いた彼女一人でその全てをちゃんと飼うことは不可能だった。ある時、彼女が足をケガしてからは、なおさら犬たちの世話は大変になっていった。やがて、匂いや騒音が現糸なり近所の人たちとトラブルになるようになっていった。
隣近所の住人たちは頻繁に彼女の家を訪ね、犬たちをどうにかするように求めた。しかし、彼女は決してそれに従おうとはしなかった。
そんな時、高木文枝は現れた。
彼女は、白井澄子の家の前に集まっている人たちに事情を聞くと、すぐに白井澄子のドアを叩いた。
3時間後、白井澄子の家から出てきた文枝は一ヶ月の間に全てが解決すると伝えた。皆、その言葉を疑いながらも、文枝の言った一ヶ月後を待つことにした。
一ヶ月後、文枝の言ったとおり、白井澄子は飼っていた犬たちと共に突如姿を消した。誰にも何の挨拶もないままに。
高木文枝がどう説得したのか、白井澄子がどこへ行ったのかは誰もわからない。もちろん飼っていた犬たちがどうなったのかもわからない。いずれにせよこの近隣の住民たちは、騒音や異臭に悩まされることは無くなった。
その後、さまざまな噂が流れた。
犬たちは全て処分されたとか、街の外に捨てられたとか、白井澄子は親戚が住む隣町へ引っ越していったとか。
真実は誰もわからない。
それでも内心、住民たちは自分たちが追い出したようで気になっていたのだろう。
* * *
美空たちはさっきのマンション前から少し離れた場所にいた。
そこはかつて白井澄子が住んでいた家があった場所だ。既に家は取り壊され、そこはただの空き地となっている。
それはさっき会った女性から聞かされ知っていた。それでも一度、その場所を確認しておいたほうがいいというのが芽夢の意見だった。
何もない空き地をぼんやりと眺める。わずか数ヶ月前までここに家があって、人が住んでいた形跡などまったく見受けられない。
ここで何があったのだろう。
高木文枝は何をしたのだろう。
「聞こえてますか?」
その声にハッとして顔をあげると、美空を睨む芽夢の顔が目の前にあった。
「え? 何?」
「何をボーッとしているんですか」
「あ、ごめん。ちょっと考え事を」
「するなとは言いませんが、ちゃんと目の前のことに集中してください」
「ごめん」
「ここで待っていればその亡霊は出るんでしょうかね?」
芽夢はそう言って周囲を見回した。
「でも、本当かな? お化けの犬なんて」
「おや? あなたは信じないのですか?
「……信じないってわけじゃないけど、その亡霊と百花って関係あるのかな?」
「さっきの話を忘れたのですか?」
「覚えてるよ。でも、高木さんが関わってるってだけで、犬の声と関係あるかどうかなんてわからないでしょ」
「わかりませんね。しかし、関係ないという根拠もないじゃありませんか」
「それは……ないけど」
「それなら高木文枝が関わっているという前提で調べるしかないでしょう。それともあなたはこの件と高木文枝が関わっていないと思いたいのですか?」
「……そんなことはないけど」
「それで? 感じませんか?」
「え? 何が?」
「誰かに見られているような感じがしませんか?」
「よくわからないけど」
そう言いながら美空は周囲を見回した。
その時、一つの影が美空の視界に飛び込んできた。




